463話 猛攻
全長百メートル余。
白い鱗が光を反射し、神々しいまでの輝き。
ミラージュリヴァイアスの巨体が、地を泳ぐ。
しかし、その瞳には狂気が宿っていた。
「さぁ~、お相手しましょうか~」
マリエラが軽やかに宙を舞った。
蝶のように優雅な動き。
ロングソードを振るい、ミラージュリヴァイアスの鱗に斬撃を叩き込む。
「竜薙ぎ!」
衝撃波が広がるが、鱗に傷一つつかない。
「はぁ~硬いわね~」
マリエラが呑気に呟く。
ヘスティアも魔刃術で連撃を繰り出す。
透明な刃が、無数の軌跡を描いた。
手、足、肘、膝——あらゆる関節から斬撃が放たれ、千の刃が舞い踊る。
金属音が響くが、やはり鱗を貫けない。
「くっ……神獣の防御力……流石ね」
ヘスティアが歯噛みする。
パァン!とエレナの魔力銃も火を噴いた。
弾丸が正確にミラージュリヴァイアスの目を狙う。
しかし、直撃しても瞬きすらしない。
眼球すらも鋼鉄のように硬い。
「貫通弾ならどう?」
エレナが弾を入れ替え、再び発砲。
今度は口内を狙う。
唯一の柔らかい部分。
それすらも効果はなく、弾丸を、ただのみ込んだだけ。
「グオオオオオ!」
咆哮。
ガルモが苛立ちを露わにする。
巨体が加速した。
体当たりをするつもりだ。
質量をそのまま武器にした、単純だが防ぎようのない攻撃。
「マリ!左へ避けて!」
「もちろん~お任せ~」
二人が左右に跳ぶ。
ドゴォォォン!!
ミラージュリヴァイアスが通り過ぎた場所は、深いクレーターと化していた。
地面が抉れ、建物が倒壊する。
「あぶないわ~」
マリエラが着地しながら呟く。
しかし、すぐに次の攻撃。
ミラージュリヴァイアスが体を捻り、尾を振るう。
あまりにも巨大な鞭が、ヘスティアを薙ぎ払おうとする。
「っ……大きすぎる!」
ヘスティアが地を蹴り、跳躍。
回避すにはあまりにも巨大すぎた。
直撃ではないものの、掠った勢いで地面に飛ばされる。
そのまま叩きつけられ、土埃が舞うが、それを逆手に取った。
尾の下を潜り抜け、至近距離まで接近。
そして魔刃術を腹部に叩き込んだ。
僅かに傷跡を残すが……浅い。
魔力で強化されたためか、硬度が上がり、ダメージを軽減しているようだ。
次の瞬間、ミラージュリヴァイアスが体を仰け反らせた。
押しつぶす気だ。
下敷き、逃げ場がない。
「ヘス~!」
マリエラが走る。
それは風よりも疾かった。
ギリギリでヘスティアを抱えて横っ飛び。
何とか回避した。
ドスンと地面が揺れる。
ヘスティアは息を荒げながら立ち上がる。
「このままじゃ……押し切られるわ……」
マリエラも同じことを考えていた。
神獣の防御力は想定以上。
接近戦しかできない今、大技を使う隙がない。
敵が大きすぎて、通常攻撃では的が絞れない。
体ひとつで暴れられるだけで、こちらは防戦一方。
時間を稼ぐので精一杯だった。
「双皇覇を使いたいけど……」
「タイミングがないわね~」
長年の親友だからこそ、言葉にせずとも分かる。
その隙は訪れないことを。
その時、チャンスの女神は微笑んだ。
「自分らも加勢するっす!」
空から、シエルの声が降ってきた。
風に乗り、宙を舞う。
グランディスも地上を駆ける。
「母さんたちを助けるっち!」
走る勢いを利用して、グランディスがデスペアを投げる。
黒いチャクラムが回転しながら、ミラージュリヴァイアスの鱗に向かう。
カァン!
軽い音がして弾かれた。
傷一つつかない。
「戻れ、デスペア!」
チャクラムは手元に戻るがオカートは発動しない。
傷を与えていないためだ。
「エアロツイスター!」
シエルの風が螺旋を描く。
ドリル化した魔力が、ミラージュリヴァイアスを襲う。
しかし、やはり鱗に弾かれる。
「うそっ!効かないっす!」
グランディスもディスチャージャーを発射。
電撃が放たれる。
が、神獣の体表を滑るように流れ、地面に逃げていった。
ダメージなし。
「くそっ!全然駄目だっち!デカすぎんだよ!」
グランディスが悔しげに叫ぶ。
「グランディス!シエル!そこから離れて!」
エレナが叫んだ。
魔力銃を構え、連射する。
4発の「業火の弾丸」
爆炎がミラージュリヴァイアスを包む。
これは、あくまでも目くらまし。
その間に、二人は距離を取る。
しかし、ガルモの意識がエレナに向いた。
「グオオオオ……」
低い唸り声。
ミラージュリヴァイアスの巨大な瞳が、エレナを捉える。
明確な、敵意。
「今!」
ヘスティアが叫ぶ。
「準備出来てるわ~」
二人が同時に構えを取る。
空気が変わった。
魔力が、凝縮されていく。
双皇覇——
あの大技を放つ隙が、ついに訪れた。
しかし、ガルモは気づいていた。
神獣よりも遥かに高い知能と洞察力。
そして残虐性。
地面が、波打ち始める。
固体の液状化能力。
ミラージュリヴァイアスが移動時に使うスキルを、攻撃に転用している。
ヘスティアとマリエラの足元が、突如として土の沼と化した。
「え……!」
「あら~」
二人の体が、地中に沈み始める。
腰まで。
抜け出せない。
「くっ……!」
ヘスティアが何とかしようとするが、地面に囚われて動けない。
双皇覇は失敗した。
その僅かな間に、シエルはずっと魔力を練り上げていた。
両手を合わせ、呪文を紡ぐ。
「天地を集いし裂空よ、渦巻きて相克せよ。怒りの咆哮を以て、全てを薙げ!」
風が、渦を巻く。
炎と雷が、纏わりつく。
「ボルテクス・ファイアドラゴン!」
炎と雷を纏った風の竜が、顕現した。
「行けぇぇぇ!」
シエルの叫びと共に、竜が突進する。
それに呼応するかの如く、ミラージュリヴァイアスの額の角が真紅に輝いた。
膨大な魔力が、圧縮される。
「グオオオオオオオ!」
クリムゾン・ホーンレイ。
紅き破壊光線が、放たれた。
風の竜と、死の光線が激突する。
ドゴォォォォン!!
爆発。
風の竜は、かき消された。
それだけに留まらない。
紅い光はシエルに直撃する。
完全に押し負けてしまった。
「きゃあああああ!」
シエルの悲鳴。
直撃寸前、咄嗟に風魔法で防御したため致命傷は避けられた。
だが、ダメージは深刻。
体が紙切れのように吹き飛ばされ、地面に墜落する。
ドサッ!
「シエルちゃん!!!」
グランディスが叫ぶ。
エレナも、すぐにポーションを取り出し駆けつけようとした。
しかし、それは許されない。
ミラージュリヴァイアスが、大きく口を開ける。
空気を吸い込む轟音。
音速の咆哮が、放たれようとしていた。
狙いは——
エレナとシエル。
二人とも、動けない。
避けられない。
「やめろおおおおおおお!」
グランディスが叫ぶ。
しかし、声は届いたとしても何も出来ない。
目の前で、ふたりが殺されるのを見ること以外は。
その時——
デスペアが、激しく振動した。
グランディスの手から離れ、頭上に浮く。
そして高速回転を始めた。
黒い刃が超回転し、摩擦熱で色を変える。
黒から赤へ。
赤から白へ。
純白の光。
それは、頭上で輝く太陽のように。
「父さん!」
グランディスが、呟く。
ディスチャージャーから、温かい感覚が流れ込んでくる。
父の魂。
グランディスの意識が、父、デュランディスと共鳴した。
『マリエラを……仲間を……守れ……グランディス!』
グランディスの瞳が、深い金色に変わった。
全身から、紫電のオーラが立ち上る。
雷光が迸る。
しかし、それは暴走ではない。
完全に、制御された雷。
頭上に、白く輝く天使の輪が現れた。
背中から、電撃を纏った巨大な翼が展開された。
グランディスの姿が、光に包まれる。
雷を纏った戦士が、そこに立っていた。
「お前は……許さん!」
声が変わっている。
もう、グランディスの声ではない。
雷の翼が羽ばたく。
体が浮き上がり飛翔する。
「雷鳴よ!」
両手を天に掲げる。
その掌に雷が集まる。
「轟け!」
グランディスが腕を振り下ろす。
巨大な雷撃が放たれた。
ミラージュリヴァイアスを直撃する。
「グギャアアアアア!」
神獣の、いやミラージュリヴァイアスの、いやガルモの絶叫が戦場に響く。
ソニック・ロアを放つこともなく、地面に倒れ込み、巨大な体を痙攣させた。
ミラージュリヴァイアスの鱗が、焦げて剥がれ落ちている。
初めて——ダメージを負わせた。
グランディスが雷の翼を静かに羽ばたかせ、ゆっくりと下降してくる。
「これで終わりではない。その命……もらい受ける!」
雷を纏った戦士は神獣を見下ろしていた。




