第8話:卒業祝い
「あ、お帰り。どう体調は?」
俺とリリーは魔界に帰ってきた。
そして出迎えてくれたのは若干のにやけ顔をしたドクターピアだった。
「もう本当に、びっくりするくらい元気になりました……」
それは先ほどの行為が現実だったことを表す。
いや、行為じゃない、うん、あれは食事なのだ、お腹が空けば飯を食う、生き物なら当然の道理だろう?
「私が入る隙もないくらいに激しくヤっていましたよ」
「リリーさん! 余計なこと言わないでください!」
覚えているからこそ嫌なのだ。
もう穴があったらそこで暮らしたい、一生。
「はは、元気なら結構。よかったじゃないか」
「うぅ……」
誰か、記憶を消すことの出来る悪魔とかいないだろうか。
もう本当に嫌だ!
「リリーさん、早くおいしいもの食べさせてくださいよ」
もう今日はダメだ。
早くなんか食べて寝たい、そして忘れよう。
「え、おいしいもの? なに、どんな男?」
もうこの人やだ!
俺はニヤニヤするリリーを睨みつけた。
「あはは、ごめんごめん。そんな怒んないでよ」
そんな可愛らしく舌を出しても俺は許さないからな。
「ふふ、じゃあ行こうか。ドクターピアさんもどうですか? アリアの処女卒業祝いって事で。御馳走しますよ」
誰が処女だ!
なんでなんだよ、先に捨てるべきものあっただろうが……。
「気持ちは有り難いがお断りさせていただくよ。私はこれから出かけなければいけないのでな。また今度頼むよ」
「そうですか、わかりました。じゃあ色々ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて病室から出ていく。
病室を出るとすぐ外に出た。
「ここは……」
「あ、そっか。アリアはずっと気絶してたから初めてか」
この病院だけではない、辺りには見渡す限りの様々な施設があった。
酒場をはじめ、八百屋や宿屋などの小規模なお店が一帯にずらっと並んでいる。
そして道を歩くのは様々な種族の悪魔たち。
俺らみたいな人型の者もいれば、四足歩行の獣やケンタウロスもいる。
顔がブタだったり、腕が四本生えていたり、見ているとキリがない。
そしてどの種族の者も仲良く会話をしている。
「……」
顔が違う者、腕の数が違う者、指の数が違う者、髪の色が違う者、肌の色が違う者が、皆それぞれ同じように過ごしている。
ここでは全員同じ悪魔なのだ。
「どう? 凄いでしょ」
うん、すごい。
この多様性、そしてそれを受け入れていること。
みんな違って、みんな良い。
肌の色が違うだけで騒ぐ人間とは全く違っていた。
「へぇ……」
俺は少し感動した。
「ここはね、魔王城の城下町なの。だから色々な種族が集まるのね」
「魔王城!? あのマンションの屋上で見せてくれた!?」
え!? 相当な距離だぞ!?
どうやって俺を運んでくれたんだ!?
「そうそう、あの魔王城があれよ」
リリーが指した左側には巨大な建物が禍々しきオーラとともに存在していた。
「ど、どうやってここまで来たんですか!?」
「え、そんなの魔術を使ってささっと」
けろっとリリーは答えた。
「ま、魔力は大事なんじゃないんですか!?」
たしか言ってたよね!?
するとリリーは俺に接近してきた。
そしてそのまま俺のほっぺたを両側から引っ張った。
「痛い痛い、何するんですか!」
「あのね! あれが緊急事態じゃなかったら何が緊急事態なの! 無駄遣いはダメって言ったけど、あれは無駄遣いじゃないでしょ? それとも、助けたのが余計なお世話だったって言いたいの?」
ずいずいとリリーの顔が迫ってくる、怖い顔だ。
俺はぶんぶん首を振った。
「いえいえ、全く思ってません。助けていただき、感謝してます」
ぱちん。
「いたぁ……」
両頬が熱い。
「はぁ、まあいいわ。とりあえず私もお腹が空いたからどこか行くわよ」
「はぁい」
ほっぺをなでながらリリーに付いていく。
リリーは慣れた動作であるお店に入っていった。
俺も慌ててついていく。
「あ、りりーさん。今日はお二人ですか」
「私の弟子のアリアです、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
弟子なのか?
「はじめましてアリアさん、ではこちらにどうぞ。あ、リリーさん、今日もあれですか」
「ああお願いします。いつもので」
ドヤァと振り返るリリー。
俺は反応に困ったのでとりあえず拍手した。
さあリリーの推すおいしいものとは何なのか、非常に楽しみだ!
♂→♀
「おまたせしましたー」
ドン!
「うわぁ、おいしそう!」
「……!?」
なんだ、この、ゲテモノは……?
目の前にあるのは食べ物なのか……?
真っ黒のこれが……?
それは最早原型らしきものもなかった。
黒い液体の中にドロドロの色々の物が入っている。
「いっただきまーす」
リリーがフォークで巻いたのは、黒い液体がまとわりついた薄ピンク色の腸……?
そしてそれを土に入れるなりもぐもぐと味わい始めた。
「うわぁ……」
こんなに引いたのは久々かもしれない。
いや、うん、はじめてかも。
「ほら、アリアも食べな」
「い、いえ! な、なんか食欲なくて、あはは……」
うっ、そんなまっすぐな目で見ないでくれ。
嘘ついてるのがばれそうだ。
「もしもーし、アリアさーん。目を合わせてくださーい」
「……な、なんですか」
軽く目を合わせる、辛い。
てかもう、ばれてると思う。
「一口、一口食べてみなって。おいしいからさ、ね?」
「……」
ま、まあ見た目がだめなだけかもしれないし、いや中身もダメだったろ。
なんだよあの気持ち悪い腸みたいなやつ。
「ほらほらー、食え食えー」
フォークがこちらに近づいてくる。
先には黒塗りのゲテモノが、
「うあぁー!」
ばく。
勢い、勢いが大事。
ああいう見た目がダメなのは見すぎると逆効果だ。
もっと食欲が失せるからな。
舌先で感じてしまったぬめっとした触感が気持ち悪い。
そして、肝心の味は、
「まっず!」
「えぇっ!?」
ぺっと紙ナプキンにナニカを吐き出し、口の中を水できれいにする。
ああ、水って旨いな、水サイコー!
はたして俺がこの世界の生き方になれる日は訪れるのか。
ちなみに俺はそんな日は一生来ないと思っている。
とりあえず違うものを頼むとしよう……。




