東京九龍デーヴィー 9
「良いですが、人が住む場所であるのでなるべくお静かに見ていただきたいです。」
「それはもちろんです。」
石川はにこやかに答えた。
東京九龍の話を聞いてからずっと引っかかっていた。なぜ中華のコミュニティの中にインド人が多数住んでいるのか。
遠田もきっとそのことについては引っかかっただろうが、肝心な核心をつけないボンクラなところがある。どうせ廟の写真を撮って満足してしまったに違いない。
「それでは、居住区へご案内いたします。奥まったところにあるので少し歩きますが…」
「かまいません。」
羅志と石川は湿った空気が満ちた薄暗い廊下へと足を踏み出した。
石川は壁を見た。視線を上へとじっくりずらしていく。
配線などは規則正しく並んでいる。
羅志の言った「限りなく九龍城に近い建物」という表現はこういうことなのであろう。
無秩序を模倣した完璧な秩序。
羅志は頻繁に現れる分岐点にも迷うことなく足を運ぶ。
「王副会長はインド人とのダブルなんですか?」
石川は羅志に尋ねた。
金色に光る瞳が、石川の脳裏にちらついた。
「ええ。母がインド人です。」
「他にご家族は?」
「台湾からの移民の父と、妹が1人。妹は亡くなっていますが。」
ふっと羅志が鼻を鳴らした。
「随分と私のプライベートが気になるようだ。」
「東京九龍にインド人がこれほど住んでいるのは、あなたの親類なのだろうか。と思いまして。」
「あながち間違いではありませんね。母の故郷で蝗害が起こった時に母、もとい東京九龍を頼って日本に移り住んだ人が多いので。」
香辛料の香りが強くなってきた。
ほのかにエキゾチックな香が混ざっている。
インド人の居住区に近づいているのだろうか。石川は道の先に目を凝らした。