〈四四話〉最後の大規模演習(二)
ブックマーク・感想・評価は執筆の励みになります(248 10 85 5)。
ベースを出発するときは見えなかった太陽が姿を現し高く上がっている。
「ゴーストタウンから十キロ地点、停車するぞ」
「了解」
二七式戦闘車はゴーストタウンから二キロ手前で停車した。絶対に知的大陸種がいない保証がないため、そのまま乗りつかずに徒歩で向かう。外に出る前に光成はそれぞれの役割をいう。
「雪欄とアルベルトは左翼、笹村と浅海は右翼に展開。村内部に入る残りを援護。マガジンはブルーを使用。質問は?」
「AMTはどうします」
「置いていってもいいぞ」
「了解」
「他に質問は――――よし、行くぞ」
外へ出た雪欄とアルベルト、田中、浅海の四人は左右に別れ、速足で援護ポイントに向かう。ブルーマガジンは空包のことで、レッドマガジンが実弾だ。隊員は空包と実弾の二種類を所持している。青と赤のビニールテープで空包か実弾かを判断する。
実弾を所持している理由は択捉島には大きな熊がよく出没するからだ。森の近くで訓練をしていた部隊が偶然にも熊と遭遇した。その場にいた隊員が空包で驚かせば逃げると思い発砲したが、逆に逃げるどころか襲い掛かってきた。隊員たちは近くの装甲車に逃げ込み助かったがそれ以来、度々熊が出現したため実弾入りのマガジンが一つずつ持たされるようになった。
「お二人はどうしますか」
光成は飛び入り参加の川本と興子に聞いた。二人の役割などが特に決まっていないためだ。
「んー、そうですねー。付いていってもいいのなら一緒に行きたいのですけど?」
「分かりました、BC装備は必ず持って下さい」
「はい」
自然豊かな草原を進むこと二時間。光成たち五人は少し盛り上がった丘に到着した。丘からは廃村を見下ろせた。廃村は木材で出来た小屋のような家が十数建、ポツンと草原の真ん中にある。ARGを通して見なければ実際はパイプとベニヤで作られている掘っ立て小屋だ。光成は先行した四人が位置に到着したかを確かめる。
「位置に着いたか?」
『そちらがハッキリ見えます。興子さん、疲れていないの、意外ですね』
『ああ、それ自分も思いました』
「了解。行きますよ」
「はーい」
光成の言葉に愛花と伊平と何かを話していた興子は子供のように返事をする。雪欄が無線でいう通り光成たちより軽装とはいえ、息切れもしてなければ疲れた素振りもない。光成たちの二八式銃は古川と同様に接近戦を考え、ストックを短くしている。
興子を除いて銃を持っている四人は構えずに斜めからかけて腰にぶら下げ、両手をフリーハンドにして歩き出した。本来な不測の事態に備えて銃を構えながら向かいたいが、接触を考えてなるべく敵対行為に取られるような行動は控えるようにと命令されているためだ。丘から歩いて二十分、廃村の入り口に到着した。
「大陸種が出てくることはあるの?」
「ええ、出てきます。最初相手にしたときは幽霊と戦っているようでしたよ、何せ音がないから」
警戒しながら進む光成たちとは真逆に、興子は笑顔を浮かべながら飄々と後に続く。左右にある家の窓や扉は完全に締め切られている、進むと少し開けた場所に出た。中央には井戸らしきものがある。中を覗き込むと暗くてよく見えないが、底に水が溜まっているように見える。
「じゃ、一軒一軒ノックしてお宅訪問して周りますか」
「映画みたいに足で蹴破らないのですか?」
「味方か敵と分かっていないのにそんなことはできませんよ」
興子の言葉に愛花は苦笑いしながらいう。伊平が近くにあった家のドアに近づき軽く三回ノックする、全員の目には分厚い木製の扉に見えるが実際はベニヤ製のため安っぽい音がした。
数分待つも住人が出てくる気配がなく隣の家に移り同じことをするが、結果も同じだった。最後の一軒になり伊平がノックした時、家の中から何かが動く音が聞こえた。田中はビックリしながら少し後ろにいる光成たちに声を押さえ伝える。
「住人がいるみたいですよ!」
「は? どうして分かる」
「中から音が聞こえたからですよ」
伊平の言葉に光成は接触となれば規定通り後は興子に任せようと思った瞬間、あることに気付き怒鳴る。
「バカ!音は出ないぞ!?」
「え――――」
光成が怒鳴るのと同時に扉が勢いよく壊せれ、中から黒い巨体が飛び出してきた。扉の前にいた伊平は黒い巨体にもろにぶつかり横の方へ大きく飛ばされる。熊だ、しかも優に二メートルはある巨漢の真っ黒な毛をした熊が、数メートルしか離れていなかった光成たちに突進してきた。
「避けろ!」
光成がそういう前に愛花、川本、興子は横へプールに飛び込むようによける。立ち上がりながら光成は「援護は!」と怒鳴るが、ちょうど四人の死角だった。舌打ちしながら熊の次の行動を見る。熊は少し進んだところで停止、体の方向を光成たちに向ける。
明らかに光成たち四人に狙いを定めている、空包で脅かしても意味がない。倒れていた伊平を川本が手を貸し立たせる。熊はジッと光成たちの様子を見つめている。全員の銃の銃口には空砲を撃つ際に取り付ける空砲発射補助具がしてあり、これは一種の栓のようなもので実弾の発射を防ぐものだ。
これを外さない限り実弾は撃てない。拳銃にはついていないので、川本が腰から拳銃を取り出そうと手を伸ばした時「拳銃じゃあ致命傷を与えるどころか逆に怒らせちゃいますよ?」と興子が先程と変わらない声音で注意する。二メートル近い熊に拳銃の九mm弾が効くわけがない。
「・・・ではどうしろと」
「広場に戻り援護を受ける方が早いと思いますよ」
二八式銃に装着しているブランクアダプターを取りはずすには、どんなに急いでも十数秒かかってしまう。かと言って拳銃では熊を倒すのはかなりの賭けだ。広場までの距離は八十メートルちょっと。
グルルルル―――――。
熊が牙をむき出し口の端からよだれを垂らしながら四人に向かって唸る。「それが正解のようだな」と興子の提案に光成は賛成する。
「どれくらいで援護できる?」
『外すまで二、三十秒、移動も含めて二分』
『同じく』
「二分も待てないようだぞ、熊さんは」黒い熊はゆっくり五人との距離を詰めてくる。
「広場に熊を誘き出す。三つ数えて一斉に走るぞ」
光成の言葉に四人が頷く。「一・・・・二・・・・三!」光成の合図と共に四人は走り出す、熊は遅れてその巨体を動かし後を追う。
「ありがとう雪欄ちゃん・・・・・」
「えっと、ごめんなさい」
「ハハハハハハ!」
愛花が雪欄にお礼を言うが雪欄は少し気まずそうに謝り、傍にいるアルベルトは愛花を指さしながら腹を抱えゲラゲラ笑っている。広場に入ってすぐに愛花は転んでしまい、もう少しで熊に噛みつかれそうになった。その瞬間、雪欄が放った銃弾が愛花を救った。
一発目は肩に当たり痛みで熊の動きが止まったところに二、三発と心臓に命中し熊は絶命した。だが不運なことに愛花は熊の下敷きになってしまい、それもちょうど雪欄が弾丸を命中させたところに。すぐさま愛花は救助されたが、血のシャワーを浴びてしまった。
「血まみれキャリーみたいだな」息を乱しながらアルベルトがいう。冬季迷彩と言うことも相まって血が余計に目立っている。
「まあ、向こうの方が女ぽっいがな」
「むぎゃー!!」
その言葉に愛花がついにキレてアルベルトに突進いや、しがみ付く。「シット!! 離れろ!?」その悲鳴とは裏腹に愛花は全身を駆使し、アルベルトの身体にベタベタと血を塗りたくっていく。まるで大型犬と子犬がじゃれ合っているような風景に、仲間たちは巻き込まれないようにと少し離れた位置で苦笑いしながら見守る。
光成は苦笑いしながらクスクスと笑っている興子を見た。最初は少し抜けたところがある天才学者と思っていた。だが熊と対峙した時に川本が動くのを静止した時や自分たちが緊張している中、興子だけが平常心を保ち、走っている時も同じように緊張しているのを感じ取れなかった。
不思議な人、そう光成は思った。ちょうど愛花とアルベルトのじゃれ合いが終わったのと同時に、ニ七式戦闘車が到着した。予想通りと言うべきか、アルベルトも愛花と似たり寄ったりの姿へなった。愛花をアルベルトが刺殺し返り血が付いた、と言う風に見えなくもない。
その時ピーピーピーと電子音が鳴り、川本が太股のポーチから衛星電話を取り出して短く話した後「博士、お電話です」と興子に差し出した。「はい、はい」としばらく受け答えをしてから電話を切り「予定が変更になりました」と光成に言う。
「変更?」
「私がどうしても必要な仕事ができたらしく戻って来て下さい、と懇願されていまって。今からヘリで迎えに来るそうです」
十分も経たない内にゴーストタウンの上空にオスプレイが飛来。一回通り過ぎてからエンジン・ナセルを垂直に、ヘリモードで戻って来た。ゴーストタウンから少し離れた場所に着陸する。プロップローターは止まらずに回転し続け、後部ハッチから顔を出した乗員が早く乗れ、とジェスチャーで訴える。
「ではまたどこかで」
「はい、分かりました!」
興子はプロペラの出す爆音に声がかき消されないように大声いい、会った時のように一人ずつ挨拶を交わす。川本も光成に大声で「健闘を祈る」といい興子と一緒にオスプレイへ向かう。乗り込むかと思いきや興子が一人で光成たちの元に戻ってきた。手には例のバスケットを持って。
「そうそう、これみなさんで食べてください」
「ありがとうございます」
「では」
光成にバスケットを渡すと興子は小さく全員に手を振って、オスプレイに向かって走る。後部ハッチから乗り込みハッチが閉じられ、間を置かずにフワッとオスプレイが浮き上がる。速度と高度を上げて行きゆっくりとエンジン・ナセルを徐々に傾けていき、固定翼モードに変え海岸の方へ飛び去った。
音が遠ざかった頃、正義がポツリとバスケットを見ながら「結局、何をしに来たのでしょうね?」といった。さあな、と生返事をしながら光成は乗車するように指示を出す。「おい、おい冗談だろ」と乗り込んできた愛花とアルベルトの姿を見て車長が渋面しているであろう声が聞こえた。光成は持っているバスケットを見ながら考える。
どこで食べようか?
ザッ、ザッと真っ白なキャンバスに一本の線を書くように白い蟻、第一普通科中隊が一列になり雪の中を行軍している。列の中央にいた隊員が後ろを振り向き「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「・・・・大丈夫では、ない、です」
恵美は荒い息をしながら答えた。隊員たちと同じように起床ラッパで起きた後、一緒に朝食を取りその後は昨日中断した講義、応急処置の仕方を受けた。これまで応急処置の講習を数回受けたことがあった。その時は寝かされているマネキン相手に、怪我を想定して止血や包帯を巻くものだった。
最初は一般的な応急処置を受けたが次第に銃弾による負傷や剣で切りつけられた箇所、完全に切断された腕や足の止血などと変わっていった。手や足が正常ではない方向に向いており、一部から骨が付き出して血と骨が露出している状態を力ずくで元に戻し添え木をする。
切断された腕や足から血がピューピッーと噴き出している箇所を手で押さえながら、止血剤や包帯を巻くなどの応急処置。腹の切れ目から腸がデロンと飛び出とても体内に収まっていたとは思えない程の量を素手で腹に戻す応急処置。
しかも全てARGをかけて行ったため、昨日より吐く人間が続出した。しかも負傷者に見立てたマネキンはジッとしておらず、時折ビクッと小さく動くならならまだ良い方で。殆どの人間が暴れたりや痙攣しながら悲鳴を上げるのだ。
マネキンは昔の安っぽい人形のように動いているだけだが、ARGを通して見ると叫びながら血を辺りにまき散らしているのだ。マネキンにはトロミと鉄分臭の付いた水が入っており、負傷具合によって飛び出る仕組みになっている。叫び声は部屋の四ケ所についているスピーカーから流れている。
本来なら徐々にリアリティーを上げて、慣れさせていくが今回は時間がないため最初から最高リアリティーだった。恵美たちはARGをかけ、自分に噴き出したドロッとした血が当たる中、手で出血箇所を押さえたりしたのだ。両手はてらてらと危険な真っ赤に染まり、服や顔にも血が付着するのだから。男よりかは血を見慣れている女の恵美でも五分と立たずに同じように吐いた。
ARGとちょっとした工夫により、五感はこれらを現実として認識した。作られた臭いと音、感覚により最初の一時間は吐くのと血に見慣れるのに取られた。周りから見ればバタバタとまな板の鯉のように動いているマネキンを記者たちが囲み、青い顔をし脂汗をかきながら出てくる水を止めよと四苦八苦してように見える。
だがARGをかけている本人たちからすれば、血を噴き出しながらバタバタと暴れる人間を押さえ応急処置を施していた。これらを出発するまでの三時間タップリ、応急処置講習を受けた。講習が終わった頃には恵美たちは全身血だらけだった。講習の間、全員が吐くことはもちろんのこと気絶する記者もいた。
そんなかなり精神にくる講習が終わってすぐに出発することになり、恵美も第二分隊と一緒にトラックに乗り込みベースを出発した。トラックに乗っている間、恵美は気絶するように停車するまで眠っていた。しかし途中で雪が深くなり車両では移動できなくなったため、目標であるゴーストタウンまで行軍しているところだ。
朝慌ただしかったため間違って、本来持ってこなくてもよかった予備のカメラやバッテリーが入っている五十キロはあるリュックも持ってきてしまった。そのため隊員たちと同じ位の重量のリュックを背負っている。
寒いのに暑い重い・・・・、ということだけが頭の中を支配していた時、バタバタというヘリコプターの音が聞こえてきた。思わず上を見上げ音源を見つけようと探すと、徐々に音が大きくなり恵美は音源を見つけた。恵美が中学生くらいの時に何かと騒がれたオスプレイが飛んできた。
オスプレイは着陸することなく恵美たちの上空を高速で飛び去った。オスプレイの姿が消えた時「あと十分でゴーストタウンですよ」と声をかけられる。ようやく本来の仕事ができる! と喜んだが、同時にまだまだ歩かなければならい事実にうんざりした。
八日後、択捉島での訓練が終了。第二地球に来て十年、二〇二九一月一五日午後、調査隊が新大陸に向けて出発。
小修正 4/19 4/26
中修正 1/4 2/27 3/5 3/26 3/31 4/4 4/5 4/24 5/25 6/3 7/14 7/17
大修正 3/24




