薄氷村殺人事件5
「ここが儀式を受けてもらう洞窟です」
棚菊家の反対側の、村の隅にある洞窟はとても暗く、深い闇が続いていた。
「俺たちここで儀式を受けるのか…」
「大丈夫ですよ。懐中電灯を持って進みますし、奥には蝋燭もあって少し明るくなっていますから」
「鏡花さん、とても不気味ですね」小春は鏡花の袖を掴んでいる。
「大丈夫ですよ、小春さん。何も出ないですから」
「うん。鏡花さんの言う通りだよ。ちょっと奥は深いけどみんなで行くから大丈夫だよ」
「本当?」
「本当だよ」
「なぁ、彩香ちゃん。儀式っていつやるんだ?」
「今夜八時からです。雪嶺祭の当日参加はできない決まりになっているので、前日のうちに儀式を済ませなければならないんです」
「そうだったんだ」
「儀式以外の目的でこの洞窟には入ってはいけないので、今はここまでです。あと数時間したら入れるので、またあとで来ましょう」
棚菊家へ戻ることとなり村を歩いていると、二人組みの若い男に声をかけられた。
「ねぇ、君たち、ここの村の子かい?」男たちはカメラを首から提げている。
「あの、あなたたちは?」
「俺は金井だ。こいつは竹原。ここに取材に来たんだよ。謎多き雪嶺祭を見にね」
「祖母に許可は取られたんですか?」
「何?君のおばあちゃん、偉い人なの?じゃあ、ちょうどよかった。許可とってよ」
「で、でも、遊び半分で来られては困ります…」
「仕事だよ、仕事!馬鹿にしてんの?」
「ご、ごめんなさい」
「じゃあ、早く案内してくれよ」
「やめていただいてもよろしいですか?」
「何?文句でもあんの?」
「いえ、無意味に高圧的な態度をするのを止めていただきたい、と申し上げたのです」
「あのね、君たちにはわからないかもしれないけど…」一人の男が言いかけたところで、もう一人の男が止める。
「あれ?よく見たら君かわいいね。よかったら案内してよ。どうしても、この村を取材したいんだ」
「お断りします。それにあなた方のような人たちは、この村にいてもいいことがないように思えますから」
「そんなこと言わないで、行こうよ」男の一人が鏡花の腕を掴む。
「や、止めてください」
「鏡花さんから手を離してください」小春は精一杯の声を絞り出す。
「君もまぁまぁ、可愛いじゃん。一緒に回ろうよ」
「ちょっと、あんたら止めろよ。鏡花から手を離せ」
「あ?何お前、彼氏?」
「ちげーよ。今すぐにその汚い手を離せって言ってんだろ」
「お前、あんまり舐めたことぬかすとぶっ飛ばすぞ!」鏡花の腕を掴んでいた男が乃木の胸倉を掴む。
「これは正当防衛になるよな?鏡花」
「へ?」
次の瞬間、男は中を舞った。
ドン!
「いってー!」
「お前、何を!」もう一人の男が言う。
その時、遠くから村役場の須藤が村人を連れてやって来た。
「何をしているんですか!」
「ちっ!」
「あなたたちは誰なんですか?ここで何を?」
「いや、俺たちはこの村の取材をしたくて来たんですよ。何も悪さなんてしてないすっよ」
「取材!?この村で勝手なことをされては困ります。すみませんが帰っていただけますか」そこにいる全員が二人組みの男を睨む。
「は、ははは。そんな目で見るなよ。まだ何もしてないだろ?」
「何かするおつもりなんですか?」鏡花が聞く。
「誰もそんなこと言ってないさ」
「とにかく、この村で取材など止めてください。まして、明日は十年に一度の雪嶺祭なんです。このままだと、あなた方の身に何かが起こるかもしれませんよ。帰ることをお勧めします」
須藤がそう言うと、
「また来ますよ」そう言い残して、二人組みの男は村の外へ出て行った。
「君たち、大丈夫だったかい?」
「はい。なんとか…」
「それにしても、彼らは何だったんだ?」
「取材に来たって言っていましたけど…」
「明日は雪嶺祭だ。何も起こらなければいいんだが…」
「はい。須藤さん有難うございました」
「いや、大丈夫だよ。役人として村に土足で入られるのも嫌だからね。それと、彩香ちゃん、村長が呼んでたよ。儀式についてだろうから君たちも一緒に行くといいよ」
「わかりました。これから戻ります」
「私もあとで村長を尋ねるから、また後でね」
「はい」
鏡花たちは棚菊家に戻った。
「おばぁ、戻ったよ」
「あら、おかえり彩香」
「お母さん、おばぁは?」
「二階のお父さんの部屋にいるはずよ」
「わかった。皆さんはそちらの居間で待ってて下さい、祖母を呼びに言って来ますから」彩香は二階に上がっていった。鏡花たちは居間で彩香たちが来るのを待つ。
「乃木さん、先ほどは本当にありがとうございました」
「え?ああ、いやさっきは咄嗟だったんだよ…」
「さっきの乃木さんは本当にカッコ良かったです」
「小春ちゃんまで、照れるからやめろよ」
「乃木さんは鏡花さんのことになると、いつもよりカッコよく見えますよ」
「そうなんですか?」鏡花はキョトンとしている。
「はぁ…」
「乃木さんってもしかして、柔道経験者ですか?」小春が質問する。
「一応ね。週に何回か部活してるんだ。試合にはあんま勝てないけど、流石に一般人には負けないよ」
「私、背負い投げしか知らないんですけど、どうやって投げたんですか?」
「さっきの技は払い腰っていう技だよ。俺の背じゃ、背負い投げはやりづらいからね」
「でも、私、本当は怖かったですよ。あんな感じで絡まれたことなんてないですし…」
「私も鏡花さんの陰からしか言えませんでした…」
「当たり前だろ。普通の女の子なんだから。多分、まだあいつらはこの村に留まるつもりだろうから、一人で歩き回るなよ」
「はい。ありがとうございます」鏡花は笑顔で答える。
すると、居間の襖が開き、彩香と村長が入って来た。
「お前さんたち、これから儀式の手順などを教えるから重要な部分は覚えておいておくれ。細かい部分は向こうでも教える」




