鏡花の過去2
三十分程経ち、鏡花から連絡が入った。
『もう、大丈夫です。すみませんでした』
乃木が 部屋へ戻るといつもの鏡花がいた。
「乃木さん、先ほどはありがとうございます。相談に乗ってもらえて嬉しかったです」
「本当に大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ただ、私は真相知りたいです」
「真相?」
「はい。本当に母は誰もいないデパートに戻って行ったのかどうかです」
「この真実を確かめるまでは私は進めない気がするんです。手伝って頂けませんか?一緒に居てくれるだけで心強いんです」
「わかった。手伝うよ」
「ありがとうございます」
「でも、真相を確かめるって言ってもどうするんだ?8年前の話だろ?」
「あの火災を担当した消防署へ行きましょう。あの事故について覚えている人がいるかもしれません。確か、あの火災を担当したのは母が昔勤めていた消防署だったはずです。何度か遊びに行ったこともあるので、覚えてます」
「それじゃあ、行くか」
「はい!」
消防署の前をうろついていると、消防署の人が話しかけてきた。
「何か用かな?」六十歳くらいの人だ。
「あ、あの、私は橋爪鏡花といいます。そのお聞きしたいことがありまして…」
「もしや、麗子君の」
「はい。橋爪麗子は私の母です」
「大きくなったんだね。君がまだ小さい頃、よく麗子君が君のことを連れてきてたよ。覚えているか?」
「はい。ここに来ていたことは覚えています」
「すまなかった。君のお母さんを助けられなくて」
「いえ、消防士の人たちが一生懸命火を消そうとしていたことは知っています。それに最後に母の勇姿が見れたので。今日は、八年前のことについて聞きたいことがあって参りました。まだ、覚えていますか?」
「忘れるわけがない。仲間が死んだんだ。八年前に出動した消防士はみな、あの日のことを忘れやしない」
「それを聞けて嬉しいです。母はまだみなさんの中で生きているんですね」
「ああ、勿論だ。我々は仲間のことを忘れたりはしない」
「母も喜んでいると思います。それで、その八年前についてお聞きしたいことがあるのですが」
「何かな?」
「母は、どこで倒れていたんですか?」
「ああ、あれは2階のおもちゃ売り場だったかな?他の隊員が麗子君を見つけ、私は急いで麗子君の元へ向かった。しかし、その時既に麗子君は息をしていなかった。急いで麗子君の遺体を担ぎ、外へ出たんだ」
「何故、母はおもちゃ売り場なんかに?」
「それはわからん」
「他に誰か居ませんでした?子供とか」
「いや、居なかったよ。居たとしてもあの火では生存も叶わなかっただろうが。しかし、遺体は麗子君だけだったから他の人は逃げ延びたはずだ。麗子君のお陰でたくさんの命が救われた。彼女は消防士の鑑だよ」
「あの、当時の資料とかって残ってたりしませんか?」
「ああ、見せられるのには限界があるがちょっと待っててくれ。直ぐに取ってくるよ」
「乃木さん」
「どうした?」
「希望が見えてきたかもしれません。母の死が無駄ではなかったかもしれないんです」
「ああ」
消防士が戻ってきた。
「すまんね。デパートのマップのコピーくらいしか見せられるものはないね」
「いえ、ありがとうございます」
「そういえば、おもちゃ売り場の近くに非常階段があったが、その防災シャッターが無理やり開けられた形跡があったな。役に立つかわからんが…」
「とても、重要な情報です」
「鏡花ちゃんは今になって何を調べているんだ?」
「はい。これは新しい私になるために知らなければならないことなんです。私はこのことに今まで悩まされていました。自分なりに真実を導き出すことで、今までの自分と決別するために調べています」
「大人になったんだね」
「はい。私も前へ進みます!」鏡花は一点の曇りもない顔で言い切る。
「資料ありがとうございました」
「また、いつでも来なさい」
「はい。また、いつか」
二人は消防署を後にした。その帰り道、
「乃木さん、寄りたいところがあるのですがいいですか?」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます」
鏡花が向かったのは、母親のお墓だった。二人は手を合わせ、目を閉じる。
「お母さん、私にも大切なお友達ができました。私のことを心から気にかけてくれる、素晴らしい友達です。それと、さっきお母さんが勤めてた消防署に行って、八年前のこと聞きました。ずっと、解けなかった心のわだかまりも解消され、わたしは前に進みます。お母さんの勇姿をわたしは一生忘れません。大好きです」
少しの沈黙が流れた。
「乃木さん、今日はありがとうございました。私はこれで帰りたいと思います」
「そうだな。俺も今日は帰るよ。その代わり、次会った時に聞かせてくれよ?」
「わかりました。では、帰りましょうか」
数日後、乃木は鏡花が出した結論について質問した。
「この前のことだけど、お前なりの答えってなんだったんだ?」
「あ、そうですね。お話ししますね。結論から言いますと、母はある子供の命を救ったと考えています」
「じゃあ、お母さんが最後に助けた若い男性の言葉は…」
「ええ、事実であったと思います。母はその言葉を信じ、探したのです。恐らくですが、子供のいそうな場所、ということでおもちゃ売り場に向かったのではないかと思われます。そして、そこで子供が取り残されているのを見つけたんです。ですがその時防災シャッターが閉まりました。つまり、おもちゃ売り場は封鎖されたのです。その時、母はなんとかその子供だけでも助けようと考えていたはずです。非常ドアのシャッターをこじ開け、そのドアから子供だけを逃したんだと思います。私がたどり着いた真相はこれです」
「…………乃木さん?」
「鏡花って本当にすごい奴だよな。辛い経験を乗り越えて、真実を導き出しちゃうんだもんな。俺だったら真相なんて知りたくないって思って、自分の殻に閉じこもってるかもな…」
「いえ、乃木さんはそんなに弱い人ではありません。事件を通してわかります。乃木さんはみんなのことを考えています。何より、私のことを考えてくれています!」
「鏡花…恥ずかしいからやめろよ」笑いながら誤魔化す。
「そうです。乃木さんは笑っていてください。これからもずっと」




