鏡花の過去
ある日、いつも通り教室で鏡花と話をしていると、物憂げな表情で唐突に鏡花がこんな事を言ってきた。
「乃木さんは前に、どうして関係ないのに協力してくれるのか、って私に聞かれたことがありましたよね?」
「そんなこともあったな。でも、あの時はこれ以上詮索するなって言ったじゃんか」
「ええ、ですが人助けをする仲間である乃木さんには話してもよい気がしてきました。寧ろ、知って欲しいのかもしれません」
「そこまで言うなら聞かせてくれよ、何があったのか、何がお前をそうさせるのかを」
「はい、わかりました。あれは私が中学生の時でした。母と一緒に近くのデパートに出かけた時の話です。その日は私の誕生日で、母がなんでも買ってくれるというのでそのデパートに買いに行ったんです。そこで、ある事故が起こったんです。覚えてませんか?8年前にデパートで大火事があった事を」
「そう言えば、なんかあったな。ここらじゃ珍しいほどの火災だったしな。にも関わらず、死者は一名だったよな」
「ええ。その一名って私の母なんです」
「え、そうだったのか…ごめんな」
「いえ、私が話し始めたので気にしないでください」
「ああ…」
「話を続けますね。私は嬉しさのあまり、デパートの中をいろいろ見て回りました。あの時は本当に楽しかったです。しかし、あの火事が起きてしまったんです。3階の飲食店から出火し、一気に燃え広がりました。その日は特に乾燥していましたし、服屋などもたくさん入っていましたからすぐに火は建物の全体に及びました。多くの高齢者もいましたし、子供も居ました。にも関わらず、死者が母だけであったのは母のお陰なんです」
「何故お母さんのお陰なんだ?」
「母は、若い時は数少ない女性の消防士だったんです。その経験を生かしてそのデパートにいた全員を迅速に誘導しました。お陰で火が完全に広がる前に脱出できたんです。私は先に出てきて母が出てくるのを待っていました。しばらくして、母は最後の一人だった若い男性を連れて出てきました。しかし、私が母の生きてる姿を見たのはこれが最後でした。その若い男性が、まだ中に子供がいる、と言ったんです。元消防士の母には絶対にほっとけるはずがありませんでした。それで、母はゴールを目の前にして火の海へと戻って行ってしまったのです。私は必死に叫びました。行かないで、と。完全に鎮火するのには丸二日かかりました。しかし、私はおかしいことに気づいたんです。ニュースでは死者は一名だと言われているのです。その一名とは間違いなく私の母です。でば、母は誰を助けに行ったのでしょうか?」
「確かに…お母さんが戻って行った後、誰か出てきたりしなかったのか?」
「ええ、ですから母はいるはずのない人を助けるために火の海に飛び込んだのだと、私は思っています。最後に母が助けた若い男性が嘘を付いていたのか、それとも単に勘違いしていただけなのか、その真相は知る由もありませんが、どちらにせよ許せません。あの時、その男性がそんな事を言わなければ母は死なずに済んだのです」
「なぁ、鏡花。お母さんが無駄死にしたって本当に思っているか?」
「はい。亡くならなくていい命が亡くなってしまったのですから、無駄死に以外のなにものでもありません」
「違うと思うな。親を亡くした気持ちは本人にしかわからないと思う。でも、その時のお母さんの気持ちは何となくわかる気がするんだよな。本心からの行動だったんだよ。お母さんは根っからの消防士だったんだ」
「根っからの消防士、ですか?」
「ああ、その情報が本当か嘘かなんて、その火事の中で考えている余裕なんて無かったんだ。多分、お母さんは考えるよりも先に行動してたんだと思う。取り返しがつかなくならないように。お母さんは最後にお前に見せたかったのかもな。自分の勇姿を」
「お母さん…すみません、乃木さん。少し一人にしてもらえませんか?」
「わかった。よくなったら連絡してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」




