30話 停滞
「なっ……!」
「ふえっ……」
悪戯めいたメイアの指摘に悠馬は狼狽する。
それは背後に庇われるレミットも同様だ。
まるで熟れた林檎の様に真っ赤になり、口元をわなわなとさせている。
そんな二人の様子を穏やかに見守るメイア。
眼鏡の奥に隠されている瞳がどこか愉悦に揺れている辺り、彼女もまた中々いい性格をしているといえるだろう。
慌てふためくのはメイア周囲の自治統制局員達だ。
優れた魔術師の証、色付き魔導師<ナンバーズ>とはいえ悲しい宮仕え。
上役からの命令は絶対である。
「何を言っている、ステイシス!」
「我らに下された命を忘れたのか!?」
先程まで悠馬に気圧されていた事を忘れたかのように息巻く。
そんな彼らを呆れたように見やりながら、メイアは溜息まじりに問いかける。
「ならばアナタ方が立ち向かいます?
ワタシはワタシに与えられた権限で撤退を推奨します。
学院が認定したユーマさんの脅威度はAAA。
けど――今のユーマさんは間違いなく禁忌のS級に比類しますよ?
勿論全員で掛かれば善戦は出来るでしょうが……
確実に、死人が出ます。
死守命令でもない、こんな怪しい指示で命を落とすのは――
真理を探究する魔術師として、いかがなものでしょう?
それでもいくというなら、お好きにどうぞ
上手くすれば上司の心証を得る事に出来るでしょうし。
まあ、命を賭けるだけの価値があるとは到底思えませんけど」
煽る様に周囲を焚き付けるメイア。
煩悶する自治統制局員達だったが、半数はメイアの指示に従った。
確かに違和感は感じていたのだ。
あまりにも急すぎる展開。
まるで誰かが描いた筋書き通りに動かされている気さえした。
彼らは魔導学院のエリートである。
個人個人が並の騎士一個小隊に匹敵するだけの力を持ち、魔導の神秘を担う。
ただ……弱点というべきか苦手分野というべきか、至らない箇所も多々ある。
幼少期から閉ざされた世界である研究機関暮らし。
自分達が世情に疎いという自覚があった。
この一連の騒動は誰の思惑なのか?
何故この少年を陥れようとするのか?
賢明な彼らはそこに気付き、また自らの保身もあり自重した。
だが残りの半数は野心に駆られたのか上役の命令を絶対とする官僚じみた思想の持ち主なのかは知らないがメイアの意向を無視した。
無詠唱魔術から術式展開。
殺意こそないもののフォースフィールドに負荷を掛ける事で強引に制圧しようと動き出す。
「むっ」
デッキを強く握り、構える悠馬。
こうする事で収められた符との繋がりが強化され、より力が増す。
まさに一触即発。
しかし悠馬は気付いた。
周囲の動向に溜息をついたメイアが発動させた術式。
発動させる瞬間までドレスアップした悠馬の超感覚すら潜り抜けたそれが、暴走する局員達を含む周囲の者達を全て搦め取るのを。
次の瞬間、まるで彫像のように立ち尽くす局員達。
生きてはいる。
けど良く出来た剥製みたいなチグハグ感が凄まじい違和を引き起こす。
「いったい何を……?」
恐れと警戒を込めて尋ねた悠馬に、メイアは肩を竦め答える。
「説明してもダメだったので――
実力行使をさせて頂きました」
「具体的にどうしたんですか?
彼らは死んでない。
ただ……まるで時間軸から切り離されたかのようなこの感じ。
まさかメイアさん、貴女は――」
「フフ。
多分アナタが思っている通りで正解です、ユーマさん。
ワタシ固有のオンリーギフト。
停滞魔術を発動させて頂きました。
厳密には時を停滞させるのでなく――
個々の体幹時間を数百倍に遅延させているだけですけど。
まあ実質上身動きが取れなくなる訳だから一緒ですかね。
ワタシの魔術名<ステイシス>の名は、この魔術特性からきてます」
事もなげに言って、無垢な少女の様にメイアは微笑むのだった。




