28話 嫌疑
キスなんて――ただの一部接触だと思っていた。
そんな事で大騒ぎするなんて馬鹿な事だと。
サガ日本選手権の決勝トーナメントの方が最高に痺れるのに。
彼女とアレした、どうしたこうした、と。
些細な事ではしゃぐ友人達。
彼等の輪の中に入りながらも、どこか冷めていた自分。
でも――違った。
それは間違いだったと、今なら分かる。
実際のキスはヤバい。
見つめ合い、口づけを交わす。
「レミット……」
「ユーマぁ……んっ」
ただそれだけで――頭が朦朧とする。
電流のように――快感が迸る。
巡り巡る快感。
終わりのない永久循環。
貪る様に唇を交わし――獣の様に互いを求め合う。
卑しいとは、全然思わなかった。
羞恥に顔を赤らめながらも応じてくれるレミット。
自分を信じ身を委ねてくれる、たった一人の存在。
彼女の為なら――たとえ世界を敵に回しても戦える気がした。
だが息継ぎにも限界はある。
悠馬はレミットから顔を離し慌てて息を吸う。
キスに夢中になり過ぎて呼吸をするのを忘れていた。
酸欠で倒れたらマヌケにも程がある。
「ぷっは……はあはあ」
「もう……息が出来ないぃ~」
「ご、ごめん!
大丈夫か、レミット!?」
「うん……正直苦しかった。
けど――気持ちいいから許しちゃう」
「ったく、本当に可愛いな、お前」
「ユーマの前だけだもん」
「それが嬉しいんだよ。
誰も知らないレミットを独占してる……
何だかすっごい優越感」
「……馬鹿」
「あはは。
ところでレミットさん」
「な~に、ユーマ?」
「その、ですね……
デレ期到来で抱き付いてくれるのは嬉しいのです。
俺も好きですからね」
「うん」
「ただね?
そんなにべったり密着されると、何といいますか……
感触が、ね。
ダイレクトに伝わってるというか……
愛情以外に邪なものが湧き上がるというか……」
「……さっきから当たってるもん。
ユーマのえっち……」
「し、仕方ないと思うのです。
健康な男子としては当然の反応ですし?」
「何でさっきから喋り方が変なの?」
「緊張してるんです、はい」
「もう……あたしだって一緒だよ。
でも――ユーマと離れたくないんだもん」
「お前はまた、そういういじましい事を……
ただ――そうも言ってられないみたいだな。
無粋な客が来た」
「えっ!?」
レミットから身を離し、デッキを手に素早くドレスアップを行う。
先程までのバカップルぶりは瞬時に鳴りを潜め、神秘を繰る召喚術師と化す。
これが本当に先程までと同じ人物なのか。
鋭く怜悧に扉を見据える悠馬。
そこからは微塵も甘さを感じさせない。
「少しよろしいでしょうか、ユーマさん?」
鈴の音みたいに弾むノックと声。
扉の先にいるのはメイアらしい。
しかし油断はならない。
こんな夜分に男の部屋を訪れる要件。
自分の事を的確に把握している悠馬。
甘い展開を事を考えるほどおめでたい頭はしていない。
レミットを庇い、フォースフィールドを発生。
万全の態勢で応じる。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
ローブを纏ったメイアが頭を下げ、入室。
瞬間、悠馬は咎めの言葉を発する。
「隠蔽魔術は無意味ですよ。
今の俺に小細工は通用しません」
お前達の企みは全て露見している、と。
断言する悠馬。
やがて観念したように中空からローブ姿の男たちが浮かび上がる。
様々な魔術によりメイアの後ろに隠れていたのだ。
大した精度の魔術だったが、ドレスアップの恩恵を最大限引き出す事が出来る悠馬にとってはバレバレだった。
「ほらね、だから言ったじゃないですか。
ユーマさんにそんな手は通用しない、って」
どこか勝ち誇ったように胸を張るメイア。
周囲の男たちも納得したように頷く。
穏やかでないのは悠馬の心中だ。
隠れていたのは、玄関先にいた自治統制局員。
つまり導師級の力を持つ魔術師達である。
「どういう事、ですか?
俺が何かしたっていう感じですが……?」
「ええ、ユーマさん。
心して聞いてくださいね?」
ユーマの背後に庇われるレミットを微笑ましく見詰めながら――
メイアは告げる。
「先程、エネウス子爵が何者かに殺されました。
密室、及び召喚術によってしか成し得ない殺人現場の状況。
さらに付け加えるなら動機、でしょうか。
以上を以て自治統制局執行部が下した判断は――
クオン・ユーマさん。
貴方に殺人の嫌疑が掛けられてます。
わたしたちに御同行頂けませんか?」
矢継ぎ早に告げられる衝撃の内容。
悠馬達は思わず言葉を失うのだった。




