44、黒き魔獣
村で行う確認を終え、僕達は夜を待った。
外周付近の家畜は出来るだけ内部の方へ引き込み、一ヶ所だけ囮となる様に数頭の豚や山羊などを置いた小屋を用意する。
その家の住人には避難して貰い、僕達は家の中から小屋の様子を一晩、警戒しながら見張る事にした。
流石にミラ一人を当番にするのは危険が大きい。
ミラはゲルボドと一緒に、僕は《危険感知》を意識的に働かせながら番をしている。
そうやって、二時間程度で交互に休憩を取った。
そして数時間が経った頃、僕の当番の時、ついに小屋に向かって歩く大きな獣の様な存在を発見した。
僕の《暗視》の力を使って見ても漆黒に染まったその毛皮、黒い毛皮を持つブラックハンターよりも更に漆黒と言える、闇に溶け込んで仕舞える程の黒い獣が姿を現した。
僕はすぐにおかしいと感じた。
その毛並みは、ブラックハンターの個体差によるものとは思えなかったのだ。
それ故、即《識別》を使ってみる。
そこには驚くべき情報が記されていた。
魔族獣:イビルパンサー:女 LV30
特殊情報:《魔族の僕》《魂魄封印》
魔族獣……魔族が使役する魔獣……。
こんな場所に居る事はまず無いとされる恐怖の存在……。
正直な所、不味い! と思った。
こいつは、間違いなく……僕の存在に気が付いている。
敵スキル欄に現れた《危険感知》がそれを物語っていた。
そして、その色は白かった。
それは僕が習得可能な色。
明らかに僕より、熟練度が上の《危険感知》を持っている。
咄嗟にミラを抱きかかえ、ゲルボドは現在の位置からずれる様に襟首を持って強引に引っ張る。
そして僕は一気に後方へ飛び去り、更に《ダブルステップ》によって部屋の隅まで一気に下がった。
そこで聞いた音は、扉の向こうで唱える呪文詠唱の声。
不味い、そう思ってミラの前方に《アースシールド》、そして《ウォーターシールド》を《ショートカット》から一気に張る。
出来れば僕の前にも張りたかったが、残念ながらそこで詠唱は終了した。
発動したのは、ゲルボドを中心とした範囲魔法。
闇の渦の様な物が現れ、僕の方にも押し寄せる様に、一気に広がる。
ゲルボドの方を見たが、しっかりと魔法無効化が効いている様だ。
流石だ!
僕は光と闇の魔法を習得しているので、ある程度は威力を減少させているようだ。
だが、それでもおかしいと感じる位に身体に異変がある。
手には黒い斑点の様な物が、小さいが大量に残っている。
他に皮膚が出て居る場所が余り無いので詳しくは判らないが、恐らく顔等にも黒い斑点があるのではないかと思われる。
そして、黒い斑点は、異常なまでの痒さ、そして痛み、最後に掻き毟りたくなる様な欲求が現れた。
それがどんな物かは判らないが、さっきの魔法によってもたらされたのは間違いないだろう。
その証拠に、敵の使用スキル欄に、《闇魔法》…………獲得率5%との表記が出ている。
明らかに何らかの闇魔法、しかも僕が持っていない魔法が使用されている。
何とかその痛みに耐えようとするが、恐らく精神自体が蝕まれているのだろう。
抗う事が段々難しくなって来ている。
不味い、と再度思った時に、ゲルボドの魔法が発動したようだ。
呪いと言った物では無いらしく、《快癒》の魔法で僕の身体にあった黒い魔法物質が一気に霧散する。
ここでようやく余裕ができ、ミラの方を見た。
どうやら、効果範囲外だったのか、それとも《ウィーターシールド》による防御が成功して居たのかは判らないが、ミラに黒い斑点は見られない。
しっかり見てみると、《ウォーターシールド》が無数の小さな穴開き状態となって居る。
殆ど壊されてはいるがまだ存在して居る事を考えると、恐らく《ウォーターシールド》を張って置けば、近距離でなければあの魔法は防げるのではないか? と言う予想も出来る。
正直に言って、今のミラではあいつの相手は難しいだろう。
そう考え、ミラの前にもう一度《ウォーターシールド》を張り、そして僕はゲルボドと一緒に前に出る。
扉の外から、次の魔法詠唱が始まっているのが聞こえた。
同じ位置に居ては、間違いなく範囲魔法の場合に不味い結果となるだろう。
僕は確実に喰らうだろうし、ゲルボドとてセービングの失敗も有り得る。
今の僕やミラはゲルボドの魔法を習得しているが、当然まだ《快癒》の魔法を使える域に全く達してはいない。
そして、ゲルボドが使える回数は後五回。
これはあまり余裕が有る回数とは思えないし、敵の攻撃手段がこれだけであるとは限らない。
そもそもが30LVもの魔族獣だ。
普通の強さだけでは無く、魔族の加護も得ている可能性が高い。
魔族は邪神の加護を得て、自らを強化出来る種族だ。
その魔族から力の恩恵を受ける事が出来るのが、その下僕達。
そいつらはレベル通りの実力だと思わない方が良いらしい。
僕がどう動くか悩んだ一瞬の隙に、ゲルボドは迷わずに外へ飛び出した。
ゲルボドのレベルは既に30を超えている。
残念ながら僕はそこまで至っては居ないが、ゲルボドのサポートをする形であれば、何とか戦えない事は無い実力差である……と、信じたい……。
信じたいと言うのは、加護による恩恵がどの程度なのか判らないと言う点が大きい。
ミラには僕がダメージを受けた際、その回復を任せた。
前に出てきた場合、僕と一緒に範囲攻撃を受けてしまう可能性が出て来る。
流石にそれは不味いので、ゲルボドへの支援は僕が一人でする事になる。
とにかく被害を抑えつつ、敵を撃退しなくてはならない。
僕のMPは、姉さんの様にまるで無尽蔵にあるかのごとく使用できる訳では無い。
しかも相手の闇属性魔法の高さを考えたら、僕の《スティールMP》は効かないと考えた方が良い。
使えば使う程、僕の方がジリ貧になるだろう。
一気に間合いを詰めたゲルボドが接敵した。
相手も流石に猫科の魔物だけの事はある。
恐ろしいスピードでステップを繰り返し、ゲルボドにその牙と爪で間断なく攻撃を繰り返している様だ。
それに対し、ゲルボドも流石だ!
細かいステップと、回避しきれない分は盾による受け流し、さらには剣ですら受け流しを行い、自分にはダメージをほぼ受けずに、時には受け流した流れのまま剣で反撃すらしている。
このまま行けば、もしかしたら……と言う気持ちがあった。
だが、実際にはそうも上手くは行かない物である。
攻撃が通じないと感じたのか、その俊敏な動きでバックステップをして距離を取られた。
そのまま、敵は詠唱を始めながらゆっくりと移動する。
どうもこいつは、歩きながらでもしっかりと呪文詠唱を出来るようだ。
しかも、姿を見て詠唱を確認したのは初めてだったが、こいつの口は動いて居なかった。
どうやって詠唱しているのかは分からない。
だが、事実として獣の口は動いていないのだ。
となると、後でどのように唱えているのかを確認しておかなければならないだろう。
そう思った瞬間に、一気にゲルボドに詰め寄り、爪と牙による連続攻撃、それが終わった直後にゲルボドの周囲に闇の空間が出来上がった。
空間の方がゲルボドの《スペルセービング》の範囲より大きい為に、ゲルボドの安否は分からない。
僕は当然、このままなにもしないわけにはいかない。
そう思った瞬間、《ショートカット》から、単体攻撃魔法を二つ、順番に撃ち込んだ。
火炎系と氷系の単体魔法だ。
闇属性が強いという事は、闇に大きな耐性と光に対してそれなりの耐性をもつ。
ならば、それ以外の魔法……となると、現在の威力とMPの兼ね合いを考えるならばこれらの魔法を使うのが一番の選択だろう。
そしてその魔法が発動し、一気に敵に襲い掛かる。
しかしその魔法は、ゲルボドを包んでいた闇の空間が動き、射線を封じた事で闇の空間に飲まれてしまった。
闇の空間は、多少だが体積を減らしたようには見える。
しかし、そのまま存在は続けている。
ただし、この動きによってゲルボドの居た場所から動き、ゲルボドは何の影響も感じさせない雰囲気のまま外に出て来た。
そして、その口からは、呪文詠唱が唱えられているのが聞こえる。
もしかしたら、闇の空間に捉えられている最中も唱えていたのかもしれない。
闇の空間に阻まれて、外まで聞こえてこなかった可能性が高い。
何故そう思ったかと言えば、過去に数回見た事が有る、広範囲爆発魔法を極短い詠唱で自分の目の前に居る魔族獣に使ったのだ!
流石ゲルボド……やる事が滅茶苦茶すぎだろ!!




