23、トカゲ人
戦闘が多かったせいか、疲労の為に昨日はあまり読書が進まずに寝てしまった。
まぁ、仕方が無い。
この小屋は魔法具で夜でも普通に明るく出来るのだが、移動時間の確保の為に早めに寝て陽が昇る頃に移動を始められる様に早起きする事にしている。
ちなみに姉さんは朝に弱い。
恐ろしく弱い……。
「私の魂が早起きを拒否しているから仕方が無い」
そう言い切った姉さんを起こすのは昔から僕の役割だ。
現在は女性陣の寝室が二階部分なので僕は基本的にそこへは行かないのだが、姉さんを起こす時だけは仕方なく行く事になる。
とにかく姉さんは起きない。
お嬢様達は全員で起こそうと最初は頑張ったが、初日に無理だと悟って僕の仕事に戻った。
基本的に姉さんは体が横になっている状態ではまず起きない。
そこで僕は姉さんを肩に担いでテーブルまで持って行く。
座らせてから大きく揺するようにして声を掛け続ける、ただし大声は出さない。
ここを大声で話しかけると不機嫌な覚醒と共に攻撃される事になる。
それを回避するとしばらく不機嫌が続く事になるのでとても厄介だ。
ある程度優しく根気よく揺すり続ける間に紅茶を入れて貰う。
その匂いが刺激になってゆっくりとだが眼が開いていき、ようやく僕の仕事が終わる……。
朝食を摂りながら、
「朝のお勤めご苦労」
と言う姉さんの言葉に脱力感を感じながら黙々と食べた。
食事を終えたら朝は直に動き出す。
女性陣が食事の後片付けや出発の準備をしている間に僕は馬車の準備をする。
クレリアさんから餞別として貰った魔法具の鞘のお陰で、本来なら手入れをしないと傷んでしまう剣が綺麗になって居る事を確認する。
血や脂で汚れていた刃が汚れ一つ無い。
もっとも、傷等が治る訳では無いので大切に使わなければ武器が壊れてしまう事は変わらないので傷のチェックは怠らない。
しっかりと確認したが問題になるような傷は無さそうだ。
こうしてようやく僕の準備が整い、女性陣の準備が整うのを待つ事になる。
◇ ◇ ◇
予定では今日中にようやく六爵領の端まで着く事になる。
そこまでには林と言える程度の地帯が幾つかあるが昨日程の魔物とのエンカウントは無いはずだ。
領の端には少人数ながらも領主軍の詰所が存在する。
幾つかある他の領への道沿いに設置されている物で、ここでは検問を行う訳では無い。
あくまで何か問題があった場合の解決や、隣接する領の動きを監視する役割が主な仕事となる。
税等は基本的に街への持ち込み持ち出しに掛けられ、隣接する他国からは何処にも接していない北の外れである六爵領ではそこまで厳しい警戒態勢は維持費の無駄でしか無いらしい。
今日の移動は偶に商人らしい馬車や徒歩の行商人とすれ違う以外は特に何事も無く進めた。
所々に畑が見え、人の営みが見え隠れする道をひたすら進み続ける。
夕方頃になってもうすぐ領主軍詰所という場所まで来た時に、前方から誰かの怒号とこちらへ走る人影がちらりと見えた。
僕達の進んでいる道からは少し離れた位置を誰かが追いかけられ、後ろからは四人の武器を持った兵士風の人影が見える。
僕は前方を走っているのが人間では無い事を確認した。
二足歩行で歩く蜥蜴の様な魔物、リザードマンだ。
湿地帯や大森林地帯を好み、この辺りではあまり見かけない亜人であり、僕は見た事が無かったがその特徴は有名であったし間違いないだろう。
それにしてもこのリザードマンはかなりいい装備をしているように見える。
話に聞くリザードマンは槍を好み、湿気の多い場所や沼に入りながら行動する事が多い為に腰布程度しか装備しないのが普通だと聞いていた。
しかしこのリザードマンは純白の布を大量に使い、幾重にも折り畳んだ厚みのある加工を施した見た事も無い鎧や、芸術品の様な金属製の鎖を使用した小手、竜の鱗から作られたと思われる盾、頬から前頭部にかけて優雅さを演出するように美しく飾られた頭部装備、全体的に美しい装飾や加工が施された、鞘に入った両手剣と片手剣を一本づつ、統一性は無いが見ただけで一級品かそれ以上だと判る様な品ばかりだ。
こちらに向かって来る訳では無い様だが注意は怠らない。
相手は亜人なのだから。
《危険感知》には引っかからないのだが、不味い状況である事は間違いない様だ。
このリザードマンは腕を両方前に出して何かを持っていた。
見た感じでは十歳前後に見える猫獣人(人型)を、姉さんの言い方だとお姫様抱っこと言う抱き方で運んでいる。
意識はあり、恐怖のせいなのかやや歪んだ表情に見えるが、振り落とされる恐怖の方が強いのかリザードマンに掴まる様に手は布製の鎧を掴んでいる。
亜人の餌食にさせる訳には行かないが、僕達はお嬢様達の護衛としての役割を放棄する訳にも行かない。
そこで姉さんが選んだ手段は護衛役に使っている簡易ゴーレムを向かわせるようだ。
しかしそこで予想外の台詞が飛んだ、
「俺は何もして無いシャ―――――! 見逃してクレシャ――――!!」
………………エッ?
僕の思考はそこで止まってしまった。
どう考えてもリザードマンが発した台詞だった。
その言葉には明確に感情が込められて意思を感じる台詞だ。
……だが、どう見ても亜人にしか見えない。
まぁ、装備の不自然さは確かにあった。
しかし、話の出来るリザードマンなんてギルドの情報や街で見た図鑑等でも見た事は無い。
ゴブリンやオーガに言葉を教え込む実験をしたという魔法使いが居たという話は本で見た事が有ったが、結果は亜人に片言とはいえ人間の言葉を覚えさせる事自体は出来ても、知性を持たせる事は不可能だという結果で終わっていた。
仲間意識はあるが獣と同程度かそれ以下で、知恵や凶暴性はそれ以上という厄介な存在、それが亜人である。
危険が無いとは言え、僕は茫然とそのリザードマンが馬車の三十mほど離れた位置を走りながらすれ違う様子を見送ってしまった。
姉さんはそのまま座席から立ち上がりながら後ろを見ている。
「なっ!」
姉さんが短く驚きの声を上げると同時に《フルブースト》を発動、
「私はあのトカゲに用があるわ! ルークは後ろから追いかけてきている人達にあのトカゲが何かやったのか聞いておいて!!」
そう言い残して走っている馬車から飛び降りた。
急展開すぎて頭が追い付いては居ないがとりあえず僕は馬車を止めてお嬢様達に事情を説明する。
「すみません、どうもおかしな亜人が居たのですが、姉さんがその亜人を用があると言って追いかけて行ってしまいました。戻るまでは進む訳にも行かないですし、もう夕方ですので少し離れた場所で小屋の設置場所を決めようと思います」
「わかりました。でもここから移動してしまうとお姉様は場所がわからなくなってしまいませんか?」
「大丈夫だと思います。離れていても連絡する手段はありますし」
お嬢様は納得してくれたので馬車を移動させ始めるが、まずはリザードマンを追いかけていた兵士達に話を聞く為に近寄っていく。
この人達は馬車から二百m位向こうでリザードマンに振り切られて倒れていたので話を聞くのを後回しにしていた。
「すみません、先程リザードマンらしき亜人を追いかけて居ましたが、何か被害はありましたか?」
僕の質問に中では一番若い兵士が、
「怪我人や畑が襲われたっていう被害自体はまだ確認出来てはいないね。ただ、あの亜人は何処からか攫ってきたであろう獣人の女の子を連れ回して居るらしくてね、危害を加えられる前になんとかしてあげないと不味いんだが馬でも無いとどうにもならない位のスピードで逃げられてしまったんだよ」
う~む、あの亜人が本当に危険なのかもわからなくなって来たな。
喋っていた内容や話し方から、どうしても危機感を持てない。
姉さんが帰って来るのを待つしかないな、これは。




