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24.火光獣

第82~86話

 ナティーの後ろから出てきた二人の女は、怒りの表情で俺を睨みつける。

 しかし、その目には、生気が感じられない。

 まるでゾンビのようだ。

 一人の服は赤く、もう一人の服は白い。


(この二人は、多分、ナティーに操られてるんだな。

 それに、この二人、見覚えがある気がするんだよなあ)


「あんたは、覚えているかしらねえ」


 ナティーが、俺に問いかける。


「この人たちから強い恨みを買っているのよねえ」


「恨まれる覚えなんて……にゃ。

 あっ、そうにゃ!

 あのパーティーにゃ」


 ようやく思い出した。

 カトリーナと俺が出た王都でのパーティーで大恥をかいた二人だ。


「あんたのせいで恥をかかされたそうねえ」


「お前、そんなことまで知ってるのにゃ。

 あれはな、こいつらが先に悪巧みをしていたから、こっちが先手を打っただけにゃ。

 ちょっとやり過ぎな感じになっちまったけどにゃ」


「自分が悪くたって激しく恨んでるのよねえ。

 その力をあたしが感じ取ったので、利用することにしたのよねえ」


 俺は、二人の怨恨が魔物に目をつけられるほど強かったことに唖然とする。

 やはり恨みは買いたくないものだ。




「さあ、二人とも、恨みを晴らしちゃってよねえ」


 二人の女は、ナティーの前へ無言で進み出る。

 怒りの表情が、さらにきつくなる。

 淑女に似合わない凶悪な形相だ。

 この顔を見せられるだけでも、俺にとっては強い精神攻撃だ。

 この二人が、どんな物理攻撃をり出すのだろうか。

 考えるだけでも恐ろしい。

 俺は、少しずつ後ずさる。

 二人は、少しずつ俺に迫ってくる。


 ざっ。


 二人のうちの赤い服の女が、宙を蹴るように力強く片足を上げる。

 ハイヒールで俺を踏みつけにかかる。


 ひょい。


 俺は、素早くハイヒールをよける。


 ずがっ。


 ハイヒールが、乾いた地面を削る。

 飛び散った砂煙が、赤い服の女の下半身を覆う。

 脚力の強さを思い知らされる。


(あんなのに踏まれてたら大変だった。

 でも、踏み潰そうとするだけだなんて、芸がないな。

 もっと凄い攻撃をしてくるんじゃないかと思ってたのに)


 続いて、白い服の女が、俺に駆け寄る。

 いつの間にか、農具のらしき木の棒を持っている。


 びゅん。

 びゅん。


 繰り返し高速で棒を俺に振り下ろす。

 風を切る音が鋭い。

 貴族の令嬢とは思えない腕力だ。


 ひょい。

 ひょい。


 俺は、ぎりぎりでかわしながら逃げる。

 いくら棒の動きが速くても、俺の俊敏さにはかなわない。


 びゅん。

 ばきっ。


 地面に当たった棒が、半分に折れた。

 白服の女は、折れた棒を俺に投げつける。

 狙いが悪く、俺の頭上をかすめて飛んでいく。


(確かにおっかない女たちだけど、俺の敵じゃないな。

 所詮、普通の人間だし)


 その後も、二人は、俺を追い回す。

 普通の人間以上の速力だが、俺には全く追いつけない。

 走り方が器用でなく、単調なのだ。

 時々、落ちている物を拾って投げるが、当たらない。

 ただ力任せに投げるだけなのだ。


「こいつらに戦わせてどうする気にゃ?

 無駄なことにゃ」


 俺は、テレパシーでナティーに告げる。


「この二人はねえ、あんたを倒して恨みを晴らすまでは、人間の限界を超えた力で、あんたを追っかけ続けるのよねえ。

 それがどういうことか、あんたには理解できるわよねえ」


「つまり、二人は、リミッターが外れた状態にゃ。

 俺を倒さないと、こいつらが壊れてしまうってことにゃ」


「肉体的にも精神的にもねえ」


 困ったことになった。

 いくら俺を恨んでいる人たちとはいえ、見殺しにはできない。

 だけど、こっちが殺されるのも御免だ。




 俺が迷っている間にも、二人の女は俺を襲い続ける。

 俺は、攻撃をかわしながら、どうすればよいのかを考える。

 二人の人間を傷つけず、ナティーだけを倒したい。

 しかし、しつこく追いかけてくる二人が邪魔だ。

 ナティーだけに照準を絞れない。

 逃げ回っているだけでは、いずれ二人が壊れてしまう。


「何かいい方法はないにゃ?」


 俺は、俺の中のヴィヴィペラに尋ねる。

 この状況で、ヴィヴィペラにできることがあるのかはわからない。

 一応、聞いてみたのだ。


「飛ぶ」


「飛んで逃げるにゃ?

 でも、あの女たちを放ってはおけないにゃ」


 ふわり。


 俺の体が、自然に浮き上がる。

 ヴィヴィペラの意思だ。

 二人の女は、ジャンプして俺を捕らえようとする。

 二メートル以上は跳んだだろうか。

 驚異的な跳躍力だ。

 しかし、俺の体は、すでに二人の手が届かないほど上昇している。


「あら、逃げるのねえ。

 人間を見捨てるなんて、やっぱりただの動物ねえ」


 ナティーは、俺を見上げてせせら笑う。

 二人の女は、両手を挙げて無駄なジャンプを繰り返している。

 俺の体は、二人の上空で静止する。

 ヴィヴィペラに何か考えがあるようだ。


「耳」


 ヴィヴィペラは、俺に耳をどうにかしろと言う。

 俺は、自分の耳に意識を向ける。


 ぴくぴく。

 ぴくぴく。


 俺の耳が、小刻みに動く。

 耳から波動のようなものが出ている感じがする。

 下を見ると、二人の女たちの動きが弱まってきていた。

 ついには、その場に倒れ込む。

 息はあるようだ。

 眠っているらしい。


「ヴィヴィペラ、お前、何をやったにゃ?」


「角で眠らせた」


 俺は、この言葉だけで、ヴィヴィペラの言いたい内容が理解できた。

 ヴィヴィペラは、角を振動させて、耳には聞こえない催眠音波を発することができるのだ。


「お前って、そんな力まで持っていたのにゃ」


 俺は、初めてヴィヴィペラに会った時のことを思い出す。

 ヴィヴィペラに持ち上げられて空の散歩をした。

 俺は、途中で寝てしまった。

 気がついたら、自分の屋敷に戻っていた。

 あの時、眠くなったのは、ヴィヴィペラに眠らされたのかもしれない。




「へえ、こんなこともできるのねえ」


 ナティーに催眠音波は効いていなかった。

 不敵な笑みを浮かべ、平然と立っている。

 自分は強くないと言う割には、余裕の表情だ。

 まだ何か手駒を持っているのだろう。


 俺は、眠っている女たちを守るため、地面に降りる。

 女たちとナティーの間に立って身構える。


「ふふふ、勇ましいわねえ。

 じゃあ、今度のこれは、あんたに耐えられるかしらねえ」


 ナティーが、二人の令嬢が出てきた建物を指さす。

 他にも誰か出てくるのだろうか。



ᓚᘏᗢ



 ナティーの指の動きに反応して、建物から古びた木箱が飛び出してきた。

 箱は、スーツケースほどの大きさだ。

 空中を漂い、ナティーの胸の前に来て止まる。


「この箱の中身が何かわかるかしらねえ」


「わかるわけないにゃ」


「この村はね、かつて金の採掘で栄えたのよねえ。

 でも、枯渇してきちゃったのよねえ。

 おまけに、セルヴァル王国の金が出回って、ますますこの村の存在意義がなくなっちゃったのよねえ。

 無駄に金を採掘すると経済が混乱しちゃうからねえ。

 それで、廃村になっちゃったのよねえ」


 セルヴァル王国とは、アウラータの国だ。

 こんな見知らぬ村にも影響を与えていたとは、意外な気がした。


「で、それがどうしたにゃ?」


「あたしには、金を引き寄せる能力があるのよねえ。

 だから、地中に残った金を集めてみたのよねえ。

 ついでに、その金を金貨にしてみたのよねえ」


 ぱかっ。


 宙に浮いた木箱の蓋が開く。

 蓋が開いたまま、木箱がひっくり返る。


 じゃらじゃらじゃら。


 大量の金貨が、俺とナティーの間に雨のように降り注ぐ。

 金貨は、直径が五センチほどだ。

 肖像と文字らしきものが刻まれているが、判読はできない。

 太陽の光を反射して、美しく輝く。

 その色は、金色だが、わずかに紫がかった光も発している。


「どうかしらねえ。

 欲しくてしょうがないんじゃないかしらねえ」


「何のことにゃ?」


「何って何よねえ?

 その金貨が欲しいでしょねえ」


「別ににゃ」


「嘘、嘘よねえ」


 ナティーは、信じられないといった顔つきだ。


「誰だって金貨を欲しがるものよねえ。

 そこの女たちだって、この金貨一枚で魂を売ったのにねえ」


「動物が金貨を欲しがるわけないだろにゃ」


 俺の方も呆れてしまう。

 「猫に小判」という諺を知らないのだろうか。

 俺以前には猫が存在しなかった世界だから、知らなくて当然か。

 それでも、「豚に真珠」とか「犬に論語」とか、似た諺があったはずだ。

 いや、諺を知らなくても、常識でわかる。


「金貨を欲しがらないなんてねえ。

 下等生物と同じねえ」


 ナティーは、俺に対して恐怖を感じている様子だ。

 わなわなと震えている。

 虫が嫌いな人がゴキブリを見たような怯え方だ。

 俺としては、優位に立ったわけだが、あまり嬉しくない怯えられ方だ。


 ちゃり。

 ちゃり。


 俺は、地面に散らばった金貨を踏みつけながら、ナティーに近づく。


「や、やめてよねえ。

 下等生物は嫌いなのよねえ」


 ナティーは、ずるずると後ずさる。

 どうやら、俺を虫と同類に見なして気持ち悪がっているらしい。

 さっきは「鼠の方が可愛い」と言っていたが、虫並みにされてしまった。

 鼠だって黄金の価値は理解できないと思うのだが。


「にゃー」


 俺は、可愛く鳴いてみて、ナティーの反応を確かめる。


「ひいっ」


 うわずった悲鳴を上げる。

 かなり嫌われている。

 猫としての自尊心が許さない。

 ニッキ・ユキにも、最終的には好かれることに成功した。

 だが、ナティーに好かれるのは、相当ハードモードなようだ。

 猫の可愛さが伝わる気配がない。


「仕方ないわねえ」


 ナティーは、右手の指輪についた宝石を俺に向ける。

 赤い宝石が光る。


 ぼわんっ。


 大きな音とともに、宝石から炎と煙が噴出する。

 俺は、ヴィヴィペラのおかげで炎は平気だが、煙で周りが見えない。


 さささ。


 ナティーの走る足音が聞こえる。

 逃げるつもりらしい。

 俺は、煙が目に入らないように目を閉じて、足音を追う。


 ナティーの足音は、すぐに消えた。

 俺は、目を開け、周囲を見回す。


 ごろごろごろ。


 馬車の車輪のようなものが、俺に向かって転がってくる。

 俺は、軽く身をかわす。

 俺のそばを通り過ぎた車輪は、横になって倒れる。

 大した攻撃ではなかった。

 ただの苦し紛れで、車輪を俺にぶつけようとしたのだろうか。


 しゅるしゅる。

 しゅるしゅる。


 倒れた車輪の回転が止まらない。

 独楽こまのように回り続ける。

 そのまま空飛ぶ円盤のように浮かび上がる。

 その車輪の中心に煙幕の中から出てきたナティーが跳び乗る。

 なぜか、ナティーの体は、車輪に合わせて回転しない。

 俺の方を向いたまま立っている。


「それじゃ、しばらく撤退することにするわねえ」


 回転する車輪は、高度を上げていく。

 俺は、ヴィヴィペラの飛行能力を使って追うべきかどうか迷う。

 無理してナティーと戦う必要はない。

 深追いは禁物だ。

 目下の敵は、火光獣なのだ。

 だが、ナティーと火光獣が仲間である可能性も高い。

 やはり、ここでナティーを逃がしてはならないのか。

 考えている間にも、ナティーが遠ざかる。


 その時だった。

 突然、雷鳴が轟く。


 ばりばりっ。

 びしゃっ。


 稲妻が、ナティーを直撃する。

 ナティーは、車輪と一緒に落下し、地面に激突する。

 倒れているナティーの体を目がけて縄が飛んでくる。

 たちどころにナティーを縛り上げた。


 俺があっけにとられていると、そこに見慣れた影が現れた。

 エスメラルダとサーナだ。




「こいつはな、遠い国の魔神なのじゃ」


 エスメラルダが、ナティーのことを俺に説明する。


「富を求める信者に魂と引き換えに富を与え、己の意のままに動く奴隷とするのじゃ。

 大陸の中央あたりが本拠地のはずじゃが、西のこの地方にまで出張ってきておったとはの。

 しかも、鼠とも関わっていたとは、私も気づかなかったのじゃ」


「どこで何をしようが、あたしの勝手なのよねえ。

 それに、魔神じゃなくて夜叉女やしゃにょねえ」


 ナティーは、縄で雁字搦がんじがらめになって地面に倒れている。

 ふてくされて、むすっとした表情だ。

 高所から落ちたにもかかわらず、怪我はない。

 さすが魔神、いや、夜叉女だ。


「それにしても、この金貨、凄いわ」


 サーナは、地面に散らばっている金貨を眺めている。

 しゃがんで、金貨の一つに手をかざす。


「この紫の輝きは、エンブダゴンっていう伝説的な特殊な金よね。

 しかも、純度も最高で、まがまがしい魔力までこもってる。

 これをこの女が作ったっていうの?」


「ま、あんたたちには作れないわよねえ。

 おーほっほっほっほ」


 ナティーは、自慢げに高笑いをする。


「ロースハムみたいに縛られて転がってて、何威張ってんのよ。

 馬鹿みたい」


「うう、むかつくわねえ」


 サーナとナティーが、激しく睨み合う。

 両者の視線がぶつかり火花が飛び散ったのが、俺には見えた気がした。

 恐ろしい事態になりそうだ。



ᓚᘏᗢ



「この二人を連れて帰らんといけなかったな」


 エスメラルダが、眠っている二人の令嬢に目をやる。


「幸いにして、完全に魂を奪われてはおらぬようじゃ」


「当然よねえ。

 そんな小物の魂なんて、別に欲しいわけじゃないからねえ。

 あたしが求める魂は、厳しい修行を積んでこの世界の真理を探究する人なのよねえ。

 あたしが授ける富は、真理の一面を表すものなのよねえ」


 ナティーは、得意げに語る。

 縛られて倒れたままだが。


「意味わかんないんだけど」


 サーナの言うとおりだ。

 俺にも、ナティーの主張している意味が理解できない。

 もっとも、サーナたちの言動も、理解不能なことが多いのだが。


「とにかく、この二人は連れて帰るからな。

 今頃、人間たちは、貴族の娘が行方不明になったと大騒ぎじゃろう」


「それと、あなたをどうするかなんだけど」


 サーナは、ナティーを見下ろして、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 ナティーは、体をよじって縄から抜けようとする。


「魔力でしっかり結んであるから、抜け出すなんて無理よ」


「そうかしらねえ」


 ナティーの表情には、余裕が感じられる。

 何か策があるのだろうか。


 ぶちっ。


 縄が切れた音がした。

 ナティーを縛っていた縄が緩む。

 よく見ると、ナティーの後ろに赤い鼠がいる。

 火鼠が、縄をかみ切ったのだ。


「ふう、やっぱり鼠は役に立つわねえ」


 ナティーが、切れた縄から抜けだし、立ち上がる。

 手や足の、縄が強く食い込んでいた部分をさすっている。


「いつの間に鼠が?」


 サーナが、驚きの声を上げる。


「火鼠は、あたしの使い魔だから、自由に使えるのよねえ」


「へえ、そう」


 サーナは、余裕らしく振る舞っているが、明らかに動揺している。

 表情が曇っているのが、俺にはわかる。


「あんたの使い魔は、どうなのかしらねえ。

 あんたにだって、使い魔ぐらいいるのよねえ?」


「私の使い魔は……」


 サーナは、言葉を詰まらせる。

 ナティーに対して劣勢に立ってしまったようだ。

 何が問題なのだろうか。


 そういえば、以前サーナは、ミニメガマウスを使い魔にしていた。

 しかし、完全には扱えていなかった。

 それで、俺を使い魔にしようともしていた。

 現在のサーナには、使い魔はいないのだ。

 ヴィヴィペラは、エスメラルダの使い魔だ。

 使い魔を持たないことは、魔女やその同類には悔しいことらしい。


「あたしの使い魔はねえ、この子なのよねえ」


 ナティーは、右手の拳を前に突き出す。

 赤い宝石のはまった指輪が光る。


 ぼわんっ。


 またしても、指輪から炎と煙が吹き出す。

 今回は、逃げるための煙幕ではない。


「ぢゅぢゅう」


 火光獣が出現した。

 巨大な火光獣が、ナティーの指輪に入っていたのだ。




 火光獣は、体長が十メートルほどもある巨体だ。

 周囲の建物よりも大きい。

 巨大さがはっきりしているので、地底で見るよりも迫力がある。

 マグマの中ではわかりにくかったが、赤い体毛がふさふさしている。

 体が燃えているかのようだ。


「こんなところで邪魔なやつじゃ」


 エスメラルダは、二人の令嬢を宙に浮かせて、その場から離れる。

 二人は、まだ意識を取り戻していない。


「こいつは、ここにいるネコに負けて逃げ出したんじゃないの」


「使い魔はねえ、主人に使われてこそ使い魔なのよねえ」


 サーナとナティーが睨み合う。

 一触即発の状態だ。

 とはいえ、サーナが火光獣と直接戦うわけではないだろう。


「さあ、ネコ、ヴィヴィペラの力で、またこいつをやっつけちゃって」


 結局、俺が戦うことになる。

 先ほどは優勢だったが、今度はどうなるかわからない。

 ナティーの指揮下で動く火光獣の力は、予測不能だ。

 油断はできない。


「またあいつと戦うにゃ」


 俺は、俺の中のヴィヴィペラに呼びかける。

 また俺の体が浮かび上がる。

 火光獣の目の高さまで上昇して止まる。

 俺と火光獣が睨み合う形になる。

 地上では、サーナとナティーが、まだ睨み合っている。


 俺の両前脚が、翼のように開く。

 地底で火光獣を吹き飛ばした風の攻撃だ。


 ぶわっ。


 強風が発生する。

 砂煙を巻き上げ、火光獣に襲いかかる。

 これで、また火光獣を吹き飛ばせるはずだ。


「ぢゅう」


 火光獣は、飛ばされていなかった。

 四つの脚で踏ん張って、猛烈な風に耐えたのだ。

 よく見ると、全ての指の爪が伸びて、地面に刺さっている。

 黒光りする鉄のような爪だ。

 ナティーが魔力を与えたのだろう。


「ぢゅぢゅう」


 火光獣は、後脚で立ち上がって吠える。

 前脚の爪を振り回す。

 爪は、一つの長さが一メートルほどある。

 彎曲わんきょくした鋭い刀のようだ。

 炎のような体から生えた長い爪は、見るからに恐ろしい。


 びゅんっ。


 火光獣の爪が、俺に向かって高速で降り下ろされる。

 俺は、ぎりぎりで爪をよける。

 風圧だけで、俺の脇腹あたりの体毛が飛び散る。

 爪の攻撃を直接食らっていたらと思うと恐ろしい。

 火光獣は、腕の振りからして、明らかに体力も増している。


(俺は、巨大化した方がいいだろうか。

 いや、小さいままの方が、向こうの攻撃が当たりづらいはずだ。

 それに、小さくてもヴィヴィペラの能力は使える)


 俺は、巨大化しないことにした。


 びゅんっ。

 びゅんっ。


 火光獣は、爪を振り回し続ける。

 俺は、空中で間合いを取る。

 こちらから打って出るチャンスを待つ。

 しかし、火の攻撃は、火の怪物である火光獣には効果が薄い。

 風の攻撃は、耐えられてしまう。

 ヴィヴィペラの能力だけでは、有利に戦うことは難しそうだ。




「どうしたのよ、ネコ、ヴィヴィペラ。

 こっちからも攻めていかなきゃ」


 サーナの叱咤しったが聞こえる。

 俺としては、具体的な指示が欲しいところだ。

 できれば、火光獣を圧倒できる決定的な技が欲しい。


「相性の悪い敵じゃ」


 エスメラルダが、サーナに話しかける。


「あの爪があるだけ、向こうの方が優勢じゃ」


「悔しいけど、そうみたい……」


「これは、おぬしとあいつとの戦いじゃろう。

 おぬしが、自分でどうにかするのじゃ」


「えーっ、味方してくれるんじゃないの?」


 俺も、心の中で同じ言葉を叫んだ。



ᓚᘏᗢ



 すぱっ。


 火光獣の振り回す爪が、村の建物に当たる。

 木でできた建物は、ケーキのように綺麗に真っ二つになった。


「おい、ヴィヴィペラ、何か凄い技はないにゃ?」


 答えがない。

 ヴィヴィペラも、有効な攻撃ができないことがわかっているようだ。

 火光獣は、炎の怪物だ。

 水の攻撃なら火光獣に効果があるかもしれない。

 問題は、ヴィヴィペラに水魔法の能力がないことだ。

 今いる場所の近辺には、池や川など水のあるところも見当たらない。

 水に誘い込むのも無理だ。


「あんたの使い魔は、逃げてばっかりねえ。

 このまま尻尾を巻いて退散すればいいんじゃないかしらねえ」


 ナティーが、サーナを挑発する。

 サーナは、言い返すことができない。

 水を使った技を考えているはずだが、サーナに水魔法は使えないのだ。


 俺も、攻撃手段を考えるが、思いつかない。

 無意識に空を見上げてしまう。

 空には、白い雲が漂っているが、雨は降りそうもない。




 その時、俺は思いついた。


「雨にゃ!

 雨を降らす方法はないかにゃ?

 よくわからないけど、ヴィヴィペラならできそうな気がするにゃ」


 俺は、テレパシーでサーナに伝える。


「できるかもしれないわ」


 サーナは、何やら呪文を唱える。

 俺の中にいるヴィヴィペラに魔力が送り込まれる。

 

「おいおい、何にゃ?」


 俺の体が、急激に熱くなる。


「上昇気流よ」


 俺の体から発せられた熱風が、上空へ向かう。

 空気の対流が起こる。

 対流は、瞬く間に勢いを増す。

 強風が吹き荒れ、洗濯機の中のようになる。

 常識的な気象現象を遙かに超えた激しさだ。

 しかし、俺の体は、空中で止まっている。


 ごごごご。


 太陽の光が弱くなる。

 上空を黒い雲が覆っている。

 わずかな時間で雨雲が発生していたのだ。


 ぴかっ。


 稲妻が光る。


 ざあーーっ。


 大粒の雨が降り出す。


「やったわ、ヴィヴィペラ」


 サーナは、喜んで小躍りする。


「ぢゅ……」


 火光獣は、雨を恐れて立ちすくむ。

 爪を振るう腕が止まっている。

 どこかに逃げようと首をきょろきょろさせるが、逃げ場はない。


「あいつにこんな能力があるなんて、わからなかったわねえ」


 ナティーも悔しげだ。

 だが、まだ退散する様子は見せない。


「あんたは、少しぐらいの雨で死にはしないからねえ。

 さっさと決着をつけちゃってよねえ」


 ばらばら。

 ばらばら。


 雨が、ひょうに変わる。

 石のような氷の塊が、地面を打ち付ける。

 古い木造の建物が、みるみるうちに崩れていく。


 サーナとナティーは、魔法の障壁で雹を防ぐ。

 この程度の障壁は、初歩的な魔法らしい。

 遠くに離れたエスメラルダも、同じ方法で令嬢たちを守っているはずだ。

 火光獣には、雹が当たっている。

 厚い毛皮に覆われた火光獣には、雹もさほどのダメージは与えていない。


「大したことない技ねえ」


 ナティーの表情に余裕が戻る。

 雹の降る音がうるさいにもかかわらず、声がよく聞こえる。

 それだけ声高らかにしゃべっているのだ。


「そうかしら」


 サーナの声も威勢がよい。

 また何か呪文を唱える。

 ヴィヴィペラが反応し、俺の口が大きく開く。


 ぼわああっ。


 猛烈な火炎が、口から噴射され、火光獣を包む。

 火光獣に火は効かないはずだが、どういうつもりだろう。


「ぢゅうう……」


 火炎の中から火光獣の苦しむ声がする。

 火炎が消えると、体毛がぼろぼろの火光獣の姿が現れた。


「どうなってるにゃ?」


「温度差よ」


 サーナが、テレパシーで俺に説明する。


「氷で冷えた体に炎の熱が加わったらどうなるか、わかるでしょ。

 コップに熱湯を注いで割れるのと同じことが起きるわ」


「そ、そうかにゃ……」


 かなり無理のある理屈だ。

 にわかには納得しづらい。

 もっとも、これは、魔法の存在する世界の物理現象だ。

 無茶苦茶なこともあり得るのだろう。

 今更ツッコミを入れてもしょうがない。


「ここからは、あなたが戦う番よ、ネコさん」


「俺にゃ?」


「ヴィヴィペラは、かなりの魔力と体力を消耗したわ」


「仕方ないにゃ」


 激しかった雹がやむ。

 雲も、徐々に消えてゆく。

 少し前までの常識外れの荒天が嘘のようだ。


 俺は、地面に降りて体を巨大化させる。

 頑張って精神を集中し、火光獣と同じ十メートルぐらいまで大きくなる。

 こんなに大きくなったのは初めてだ。

 しっかり体を動かせるだろうか。


「ぢゅ……」


 火光獣は、俺を見て怯えた様子だ。

 ナティーの方にちらちらと目をやっている。


「何やってるのよねえ。

 その爪でやっつけちゃいなさいよねえ」


 ナティーが、火光獣を叱りつける。

 火光獣は、ナティーの声で奮起したようだ。

 俺を強い視線で睨む。

 想像以上にタフだ。

 俺は、こんなのと戦わなければならないのだ。

 不安になってくる。


 びゅんっ。


 火光獣が、爪を振り下ろす。

 俺は、咄嗟に前脚で受け止める。

 鋭く堅い爪をまともに食らったはずなのに、あまり痛みを感じない。

 火光獣の爪が、俺に当たった衝撃で抜け落ちたのだ。


 びゅんっ。


 火光獣は、もう片方の脚の爪で斬りかかる。

 俺は、その爪も猫パンチで払いのける。

 またしても、爪が抜け落ちる。

 地面には、巨大な鎌のような爪が八つ散らばる。

 爪にかけられた魔法が尽きたのだろう。


「ぢゅ……」


 また火光獣が怯む。

 ずるずると少しずつ後退する。

 しかも、体までだんだん小さくなってゆく。

 まるで古典的な漫画によくある恥ずかしさで萎縮いしゅくする表現みたいだ。

 とうとう一メートルぐらいになってしまった。


「ぢゅぢゅ……」


 俺を見上げて震えている。

 俺と火光獣は、これで完全に猫と鼠の関係になった。

 捕食者と獲物の関係だ。



ᓚᘏᗢ



 一メートルほどに小さくなった火光獣が、走って逃げ出す。

 十メートルほどに大きくなった俺は、火光獣を追う。

 縮尺を無視すれば、普通に猫が鼠を追いかけているように見えるだろう。


「ぢゅぢゅ」


 火光獣は、逃げる体力は残っているようだ。

 平原をジグザグに走り回って、なかなか捕まえることができない。

 俺は、今までにない大きさになったので、重心の移動がうまくゆかない。

 走りながら向きを変えるのが難しいのだ。


 今までは、ヴィヴィペラの能力ばかりが活躍していた。

 俺も活躍できるところを見せておきたい。

 自分と相手の体の動きを把握するように努める。


 サーナが、箒にまたがって俺についてくる。

 俺の背後の上空から怒鳴りつける。


「そんなの、早く捕まえて噛み殺しちゃいなさいよ」


「どこに逃げてるのよねえ。

 早くこっちに戻りなさいよねえ」


 ナティーも、空飛ぶ車輪に乗って飛んでくる。

 火光獣に向かって叫ぶが、声は届いていないようだ。

 火光獣は、闇雲に逃げ惑っている。




 俺は、次第に体の動かし方に慣れてきた。

 火光獣との距離が縮まる。

 急がないと俺の体力が消耗してしまう。

 短距離走者型の猫は、長い時間走れないのだ。

 俺は、火光獣の動作を計算し、向きを変える方向を予測する。


 ぴょーん。

 がしっ。

 ずざーっ。


 ラグビーのタックルのように見事に火光獣を取り押さえた。


「ぢゅぢゅー」


 火光獣は、俺の前脚の下でもがく。

 抜け出せるほどの力は残っていない。


「よくやったわ、ネコ。

 さっさととどめを刺しちゃって」


「そんなことはさせないわねえ」


 ナティーが乗る空飛ぶ車輪が、俺を目がけて高速で突っ込んでくる。

 俺に接近すると、指輪を火光獣に向ける。

 火光獣が、指輪の宝石に吸い込まれる。

 ナティーを乗せた車輪は、そのまま東の空へ飛び去った。


「待ちなさい!」


 サーナは、ナティーを追おうとする。


「よすのじゃ」


 離れていたエスメラルダが箒に乗って現れ、サーナを止める。


「深追いは禁物じゃ。

 罠を張っているかもしれぬのじゃぞ」


「私の勝ちだし、まあ、いいわ。

 いずれ、もっとはっきりと決着をつけてやるから」


 サーナは、少し不服そうだが、喜んでみせる。


「それと、ヴィヴィペラも成長したようじゃな。

 気象を操る術を使えるようになりおった。

 さすがワイバーンの原種じゃ。

 おそらく、サーナの魔法とネコの持つ野獣の本能が、ちょうどよいあんばいで混じり合った結果じゃろう」


「へえ、なるほどね」


 エスメラルダの説明は、サーナには納得できる理屈らしい。

 俺には理解不能だ。




 元の大きさに戻った俺は、サーナの箒に乗って廃村に帰ってきた。

 村の建物は、全て倒壊している。

 火光獣が暴れ雹が降ったせいだ。

 無人の村なので、当然被害者はいない。


 崩れた柱や板壁に混じって、日光を反射して光っているものがある。

 ナティーが持ち出してきた金貨と火光獣から抜け落ちた爪だ。


「この爪も、なかなかのものじゃ」


 エスメラルダは、地面にしゃがんで、火光獣の爪の一つを眺めている。

 強く興味を引かれている表情だ。

 サーナが、火光獣の爪に指先で触れる。

 撫でるようにして感触を確かめる。


「鉄のようだけど、この美しく黒光りした感じ。

 冷たいようで暖かくもある。

 普通の金属とは違うってわかるわ。

 これって、もしかして……」


「そう、鉄を越えた鉄とも呼ばれるアヤスカンダじゃ。

 歴史上でも、アヤスカンダを精錬した例は、わずかしか存在せぬ。

 それを魔術で作り出してしまうとはの。

 敵ながら大したやつじゃ」


「これといいエンブダゴンといい、地中から取り出した金属を形にする能力に長けているのね。

 悔しいけど、恐ろしい女だわ」


「金属を地中から集めたのは、地中を移動できる鼠たちなのじゃろう」


「そういう使い魔の使い方をするなんて、結構やるわね」


 魔女たちは、感心すること頻りだ。

 俺にはよくわからないが、よほど凄いのだろう。


「それより、これからどうするにゃ?

 火光獣とナティーに逃げられてしまったにゃ。

 これじゃ、また勝負のやり直しにゃ。

 そんなの勘弁して欲しいにゃ」


 俺としては、厄介な敵との再戦は避けたい。

 同じことの繰り返しは面倒だ。

 火光獣が弱ったままなら、それでも構わない気もする。


「火光獣は、だいぶ弱らせたけど、あの女が何を企んでるかが問題よ」


「まだまだ気を緩めるわけにはゆかぬのじゃ。

 というわけで、ネコよ、しばらくは、ヴィヴィペラと融合した状態を続けてくれ」


 俺は、黙って頷く。

 結局、戦いは終わらないのだ。




「それにしても、このコインと爪は、どうしたらいいかしら。

 持って帰りたい気もするけど、あいつが作ったんだと思うと癪だし」


「なら、放っておけ。

 こんな偏境の捨てられた村に来る人間は滅多におるまいが、来てこれらを発見すれば大金持ちじゃ。

 そんな奇特なやつに幸運を授けてやろうじゃないか」


「普通の金貨と鉄の塊としか思わないかもしれないけどね」


「私たちは、いったん引き上げるとするか。

 あいつらを住んでいたところに送り届けねばならんし」


 エスメラルダは、まだ眠っている二人の令嬢たちを横目に見る。

 雹などの被害には遭っていない。

 しっかりエスメラルダに守られていたのだ。


 俺は、何となく令嬢たちが気になった。

 二人のそばまで歩いて近づく。


「んん……」


 二人が、体を動かす。

 目を覚ましてしまったようだ。

 大きな音を立てたつもりはないのに。


「あら、ここは?」


「あなた、こんなところで何を?」


 上半身を起こした二人は、互いの顔を見合わす。

 ナティーに操られていた時の記憶はないようだ。

 自分たちの置かれている状況を全く理解できていない。

 呆然とした顔で辺りを見回す。

 目に入るのは、荒涼とした平原に散乱する建物の残骸だ。

 これで状況を理解するのは難しいだろう。


 二人のうちの一人が、俺の存在に気づく。


「ひいっ」


 猿の威嚇のような甲高い声を上げてのけぞる。

 パーティーでのことを思い出したらしい。


「忌まわしい獣、来ないで。

 しっ、しっ」


 地面に尻をつけたまま、震えながら後ろに下がる。

 体が思うように動かないのだろう。

 もう一人とぶつかり、絡み合うようにして倒れる。


「脅かしてはいかんぞ。

 おぬし、よっぽど嫌われておるようじゃな」


 エスメラルダが、魔法で二人を眠らせる。


「こいつらになら、嫌われても構わないにゃ」


 やれやれと溜め息をつきたくなったその時だった。

 突然、俺の足下の地面が、もこもこと盛り上がり始めたのだ。

 一体何事なのか。

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