21.変な生物
第68~72話
「あの二人の仲を険悪にさせてしまって、申し訳なく思っていますコン。
みんな、あたしのせいなんですコン」
「全くだにゃ。
俺まで疑われたにゃ」
ルナが暇な時、俺は、ルナと屋敷の庭に出た。
図書室の件をルナに問いただすためだ。
もちろん、ルナは人間の姿で、テレパシーでの会話になる。
「図書室で何をしてたにゃ?」
「人間の書物で鼠のことを調べていましたコン。
あたしたち動物は、知識の面で、人間に劣るところがありますからコン」
「図書室を汚すのはよくないにゃ」
「面目次第もないことですコン。
うっかり変身を解いてしまっていたのですコン。
そうしたら、ニーナさんが入ってきたので、慌ててしまいましてコン。
部屋の隅に隠れていたのですコン」
「それで、隙を見て、こっそり外に出たわけだにゃ」
「そうですコン」
ルナは、申し訳なさそうに苦笑いする。
ちなみに、事件の後に図書室の掃除をしたのは、ルナだ。
何食わぬ顔で現場に現れ、床や机のインクを拭き取った。
ついでに、インクのついた俺の脚も洗ってくれた。
俺は、ちょっと照れくさかった。
「そういえば、お前は、人間が苦手なはずにゃ。
どうして人間に変身してここにいるのにゃ?」
「人間の姿で人間の中にいれば、人間を恐れる必要もありませんコン」
「なるほど……にゃ」
俺は、庭にある林檎の木の枝に跳び乗る。
ルナの顔に近づくためだ。
地面にいると、ルナの顔を見上げる形になる。
顔を見なくても会話はできるが、無意識に目が向いてしまう。
首が、少し疲れるのだ。
「で、何か本から得た情報はあるにゃ?」
「『萬國禽獸圖會』という図鑑を読みましたが、あれは酷いですコン」
「その本なら、俺もニーナに読ませてもらったことがあるにゃ。
何が酷かったにゃ?」
「狐のことを狡猾だの何だのと勝手なことを書きすぎですコン。
これだから人間なんて好きじゃないんですコン」
ルナは、呆れたような表情をする。
「確かに人間は、狐に対してそういうイメージを持ってるにゃ」
「ま、それに関しては、この際どうでもよいでしょうコン。
その『萬國禽獸圖會』にサラマンドラという生物が載っていましたコン」
「そういえば、あったような気がするにゃ」
サラマンドラとは、伝説上の動物である。
図鑑では、炎をまとった蜥蜴のような姿で描かれていた。
火を吐くこともできるらしい。
「サラマンドラは、蜥蜴のような姿だとされていますコン。
しかし、別の説もあるそうなのですコン。
それが、鼠の姿とする説なのですコン」
「そこまで読んでなかったにゃ。
鼠ってことは、まさか……」
「火鼠のことだポン」
突然、何者かが、テレパシーでの会話に割り込んできた。
俺とルナは、驚いて周囲を見回す。
がさがさ。
外の方から茂みを揺らす音がした。
人間とも動物ともつかない影が、生け垣の隙間から庭に入ってくる。
「あなたは、まさか、魔物ですかコン!」
ルナが、テレパシーで叫ぶ。
身をかがめて警戒している。
「ま、魔物だなんて滅相もないポン」
謎の闖入者は、両手を左右に振って否定する。
「こいつ、狸にゃ。
それも、漫画的な狸にゃ」
丸っこい体型で、二足歩行をしている。
身長は、俺が体を伸ばした時と同じぐらいだ。
目の周りの黒い部分が、ゴーグルのように左右がつながっている。
尻尾が縞模様でないところだけは、正しい狸だ。
「その通りだポン。
おいらは、狸のポン太だポン」
「悪者ではなさそうですが、一体どういう種族なのですかコン」
ルナは、いぶかしげにポン太を見つめる。
「どういう種族と聞かれても、狸は狸だポン」
ポン太は、きょとんとしている。
「狸という動物がいるにゃ」
俺は、狸のことをルナに説明する。
「本来は、こんな姿じゃなくて、普通の動物にゃ。
多分、この辺には棲息していないにゃ。
俺が住んでいた日本にはいたにゃ。
イラストだと、こんな姿に描かれることがよくあるにゃ」
「そうですかコン。
あたしが知らない動物なんですかコン。
図書室の図鑑にも出てなかったようですコン。
世界は広いですコン」
前世の地球でも、狸の棲息域は、日本とその周辺だけだった。
俺が今いる世界でも、狸のいる場所は限られているのだろう。
「それにしても、ポン太とやらは、こんなところに何をしに来たにゃ?
さっき、何か言っていたようだったにゃ」
「火鼠のことですポン。
ちょうど火鼠のことを伝えようと思ってたとこだったポン」
「火鼠って、サラマンドラのことですかコン?」
「そもそも、お前は、何でその火鼠なんてのの話をしに来たんだにゃ?」
「あなたは、本当に魔物じゃないのですかコン?」
俺とルナの質問攻めで、ポン太は、たじろいでしまった。
「ええと、その、ゆっくり落ち着いて話しましょうポン」
俺たちは、気分を落ち着けるため、場所を変えることにした。
花壇のそばで足を止める。
「改めて自己紹介するポン。
おいらは、狸のポン太だポン。
ニッキ・ユキ様から使わされてここに来たポン」
「あいつがにゃ!」
「誰なんですかコン?」
俺は、ユキに関することをルナに教えた。
「ユキ様が、この国から出る船に乗る時、言い残したことをネコさんに伝えるため、白板の破片においらを描いてくれたのですポン」
「道理で日本的な狸だと思ったにゃ」
「ここにたどり着くのに苦労したポン」
「港のある町から歩いていらっしゃったのですかコン?」
「そうだポン」
「それは、本当にご苦労だにゃ。
その歩きにくそうな不格好な体型で……おっと、失礼したにゃ」
テレパシーなので、うっかりすると心の声が漏れてしまう。
「で、ユキが伝えたいことってのは、火鼠のことなんだにゃ」
「そうだポン。
この世界のどこかに火の国があるポン。
そこに火鼠と呼ばれる怪物が住んでいるポン。
その火鼠が、あんたを襲ってくるかもしれないんだポン」
ポン太の顔は、とぼけてはいるが真剣だ。
「火鼠ってのは、どんな怪物にゃ?」
「火鼠というのは……」
ポン太が話そうとしたその時だった。
またしても、突然、何者かが現れた。
ポン太に向かって飛びかかってくる。
「捕まえた!」
サンディーだった。
ᓚᘏᗢ
「あっ」
地面に倒れたサンディーは、謎の生物を組み伏せたつもりだった。
体の下を見るが、何もいない。
ポン太は、ぎりぎりでよけていたのだ。
どたどた。
どたどた。
頼りない足取りで、物陰へ逃げてゆく。
サンディーは、辺りを見回し、ルナの存在に気づく。
「ここに変なのがいたでしょ?」
「え、あたしは、見ていませんけどコン」
「そう……」
サンディーは、納得できない様子だ。
だが、すぐに立ち上がり、ポン太が逃走した方へと走る。
俺とルナも、ポン太の跡を追う。
ポン太とのテレパシーでの会話は、できなくなってしまった。
心が乱れたり距離が離れると、テレパシーが効きづらいのだ。
「いないなあ」
サンディーが、植え込みの中を探している。
ポン太は、どこか遠くへ逃げたのだろう。
気配も感じられない。
「ねえ、ネコは、あの変なのを見なかった?」
サンディーが、俺に尋ねる。
「にゃ……」
サンディーから目をそらす。
俺のすっとぼけの演技だ。
「見てないのかなあ」
サンディーは、残念がる。
ポン太のような奇妙な生物が捕獲されたら、余計な騒ぎが起こる。
今は、ポン太には隠れていてもらいたい。
「もっと探してみるわ。
ネコの友達かもしれないわよ」
サンディーは諦めない。
庭のあちこちを探し回る。
「あれを捕まえれば、サンディーだってカトリーナお姉ちゃまみたいにブルーチーズパーティーに出られるのにい」
俺も、この庭でカトリーナに見つけられた。
もう一度同じ場所に珍種の生物が現れたわけだ。
サンディーは、今度は自分が第一発見者になれると意気込んでいる。
「あたしは、そろそろ仕事に戻らないとなりませんコン。
ポン太さんのことは、あなたに任せますコン」
ルナが、俺に告げて立ち去る。
俺は、ポン太の気配を探るが、感じることができない。
サンディーが目を光らせているうちは、屋敷に近づけないだろう。
火鼠のことを聞きそびれてしまったが、仕方がない。
またポン太と会える機会を待つことにする。
夕方になった。
サンディーは、謎の生物の探索を中断する。
家族には、何も話さなかった。
翌日、自分一人で見つけるつもりらしい。
「ネコも手伝って頂戴。
変なのがいたら、鳴き声で知らせるのよ」
ベッドに入る前に、俺に言い聞かせる。
「にゃ……」
俺は、とりあえず返事をする。
残念ながら、協力はできないが。
だが、ポン太に話を聞く必要はある。
サンディーが寝た後も、サンディーのベッドでポン太を待ち続ける。
「あの、聞こえてますかポン」
俺の脳内にポン太のかすかな声が届く。
距離があるせいで、声が小さく感じられる。
「今、屋敷の庭にいるポン。
出てきて欲しいポン」
俺は、部屋の窓を少し開け、外に出る。
「さっきおいらが入ってきたところにいるポン」
最初にポン太に出会った場所へ行く。
そこには、月明かりに照らされた狸と狐がいた。
狐は、元の姿に戻ったルナだ。
「人の姿だと目立つので、狐に戻って窓の隙間から出てきましたコン」
「やっと火鼠の話ができるポン。
昼間は、やたら人間がしつこかったポン」
「まあ、そんなに害はない子なんだけどにゃ。
で、火鼠について、早く教えてくれにゃ」
「火鼠とは、火の中でも生きることができる鼠だポン。
火を操ることもできるポン」
「確かにサラマンドラみたいですコン。
蜥蜴に似ているのは、間違った伝承なのかもしれませんコン」
「さらに、火鼠の親分は、巨大で力も強いポン。
大怪鼠の中の大怪鼠とも言われているポン。
ネコさんを憎んでいるに違いないそうだポン。
だから、ここへ攻めてくる可能性が高いポン」
「どうやら、とんでもないやつに憎まれてしまったらしいにゃ」
今度こそ自分の命が危うい。
俺の全身の毛が逆立つ。
「ユキ様は、ミョウゴ島で独自の戦いを進めるつもりでいるポン。
おいらも、この地で火鼠と戦うのだポン」
「ちょっとばかり頼りない味方のような気もしますがコン」
俺も、ルナと同じ感想だ。
ポン太に戦闘力があるようには見えない。
見かけによらず強かったりするのだろうか。
「その時が来たら、変身して戦うポン」
「お前、変身できるのにゃ?
狐も変身できるんだから、狸も変身するのが当然かもにゃ」
「今、変身してみて欲しいのですがコン」
「それが、その……、今は、長旅の疲れで魔力が足りなくて無理だポン」
「やっぱり頼りないにゃ」
「火鼠が現れるのが今だったら、どうするのですかコン」
「いやはや、面目ないポン」
ポン太は、恥ずかしそうに頭をかく。
どこか日本人っぽい仕草だ。
「ところで、ポン太は、これからどこでどう暮らすつもりにゃ?」
「その辺で野宿でもするつもりだポン」
「動物だし、そうするしかないだろうにゃ。
昼間お前を捕まえようとしたサンディーが、まだ諦めてないにゃ。
見つからないように気をつけてくれにゃ」
「もちろん、他の人間にもですコン。
人間たちの間で余計な騒ぎが起きると困りますからコン」
「わかってるポン」
「じゃ、俺は、もう寝るにゃ。
俺は、夜行性だけど、夜中は眠るにゃ」
「それは、夜行性ではなくて、薄明薄暮性と言うのですコン」
「へえ、そんな言葉があるのにゃ」
「では、また会おうポン」
ポン太は、暗闇の中へ消えた。
俺とルナは、屋敷へ入る。
「あの狸、不安をあおりに来ただけのような気がしないでもないにゃ」
「結局、火鼠の倒し方などは、全然言いませんでしたコン」
「火を操るやつがこの家に来られたら、たまったものじゃないにゃ。
俺は、この家から出た方がいいのかもしれないにゃ」
「あたしの仲間もいますから、心配することはありませんコン。
むしろ、あなたは、この家にいた方がよいと思いますコン。
怪物も、人間には近づきたがらないものですコン」
「そんなものなのかにゃ」
「その時に備えて、あたしたちは、しっかり眠りましょうコン」
どろん。
ルナは、一瞬で人間の姿に変身する。
俺たちは、それぞれの寝場所に戻った。
ᓚᘏᗢ
「さあて、見つけるわよ」
穏やかな秋の日差しが、プルサティッラ家の庭を包む。
勉強の時間を終えたサンディーが、玄関から飛び出す。
早速、意気揚々と謎の生物であるポン太を探しに出たかけた。
俺も、サンディーに従う。
さらにルナも、お目付役として同行する。
「だけど、あの変なの、どこへ行ったのかなあ」
「もう遠くへ逃げてしまったのではないでしょうかコン」
「でも、足が短かったし、走るのは遅そうだったわ」
ポン太は、確かに不格好だ。
一日で遠くへ行けそうには思えない。
どこに隠れているのだろうか。
「家の外を探すことにするわ」
しばらく庭を探したが、ポン太を発見することはできなかった。
サンディーは、いつも使っている生け垣の穴から外に出る。
俺とルナも、その穴をくぐる。
体が大きい人間の姿のルナには、少し窮屈だった。
「お嬢様、ちゃんと表門から出た方がよいと思いますコン」
ルナは、メイド服の汚れを手で払う。
「ここの方が早いのよ。
みんなには内緒よ」
サンディーは、得意げな顔だ。
秘密の通り道を新入りのメイドに特別に教えてあげたつもりらしい。
「あれ? 何かな、これ?」
通り道の地面は、草が少なくなっていて、土が露出している。
その土の上に、動物の足跡がついていたのだ。
「これって、あの動物の足跡かも」
おそらく、その通りだろう。
現実の動物の足よりも丸っこい。
漫画的なキャラクターの足跡なのだ。
「この足跡を追っていけば……」
土の露出している場所は狭い。
草の覆われた地面では、足跡は消えている。
だが、足跡の主の向かった方向はわかる。
「村の方だわ」
サンディーが、アイルーロス村へと歩き出す。
(本当に人家のある方へ行ったのかなあ。
人に見つかりやすくなるじゃないか。
でも、あの間抜けそうな顔の狸なら……)
俺は、心配しながらサンディーの後ろを歩く。
やがて、村の子供たちが集まっているのが見えてきた。
「ねえ、この辺で変なのを見なかった?」
サンディーが、子供たちに尋ねる。
「変なのって?」
「ええと、動物みたいで二本足で……」
「二本足の動物?」
「ううん、やっぱり何でもない」
サンディーは、しっかりポン太の姿を見ていない。
自分がポン太の第一発見者になりたいのもあるのだろう。
詳しい説明ができないのだ。
「行くわよ」
サンディーが、俺とルナを従えて歩き出す。
子供たちは、怪訝そうにサンディーを見送る。
「家の隙間とかに隠れてるかも」
民家の裏側に入って探す。
ポン太が潜んでいる様子はない。
大怪鼠が消えたおかげで、鼠も減っていて静かだ。
「例の生き物は、もう遠くに行ってしまったのではないでしょうかコン」
ルナは、サンディーに探索を諦めさせようとする。
「まだ探すわ」
サンディーは、意地っ張りだ。
ちょっとやそっとでは諦めない。
「そうだわ、ネコ、鼠を探すみたいにあの動物を探せないの?」
サンディーが、俺の能力を使うことを思いつく。
「にゃ……」
残念ながら、協力はできない。
俺としては、ポン太を見つけて欲しくないのだから。
それに、俺の耳や髭の感覚でも、ポン太の気配を察知できない。
どこに隠れているのだろうか。
あれでも大事な味方には違いない。
近くにいてもらわないと、いざというときに困る。
「ネコでもわからないのね」
「にゃ」
がやがや。
がやがや。
村で子供たちが集まって騒ぐ声が聞こえる。
俺たちは、声のする方へ急ぐ。
「どうしたの?」
「変な動物がいるんだ」
サンディーの問いかけに一人の子供が答える。
「見つかっちゃったの」
サンディーは、残念そうだ。
「あっ、逃げたぞ」
「そっちだ」
小さな生き物が、子供たちの囲みを破って走り出る。
ポン太ではなかった。
鼠に似ている。
色が赤い。
「昨日見たのと違うわ」
(赤い鼠って、まさか)
「火鼠かもしれませんコン」
ルナが、俺にテレパシーで話す。
「もう現れたってことにゃ」
俺も、テレパシーで答える。
「あいつを捕まえた方がいいにゃ」
「そうですねコン」
子供たちは、すでに赤い鼠を追っている。
サンディーも、子供たちに交じって走る。
俺も追いかけるが、子供たちが邪魔でうまく走れない。
すたたたたたっ。
驚いたことに、意外とルナの足が速い。
メイド服をなびかせ疾走する。
人間の脚を得た野生の狐だ。
速いのも当然だろう。
瞬く間に子供の集団を横から追い抜く。
「あたしに任せてくださいコン」
ルナが、ちょこまかと走り回る鼠に手を伸ばす。
鼠は、捕まる寸前で身をかわす。
ルナも、すぐに方向転換する。
これを何度か繰り返すが、ぎりぎりで鼠を捕らえ損なう。
人間の体に完全には馴染んでいないかららしい。
獲物を追い回すのは、狐の狩りの仕方ではないのもあるだろう。
「うわあ、あの人、凄い」
子供たちは、ルナの素早さに感心して歓声を上げる。
ルナの顔には、疲れが見えてきている。
だが、徐々に鼠を民家の壁に追い詰めてゆく。
「はあ、はあ、もう逃げられませんコン」
「ちゅちゅ」
鼠が、ルナの方に向き直る。
赤い体から星のような小さな光が飛び出す。
火の粉だ。
次第に花火のようになる。
その火の粉が、近くに積んであった藁の束に燃え移る。
この赤い鼠は、間違いなく火鼠だった。
ᓚᘏᗢ
民家の脇にあった藁の束が燃える。
子供たちの悲鳴が上がる。
近くに火を消すための水もない。
急いで消火しないと家が燃えてしまう。
火鼠を捕まえる必要もある。
「俺は、鼠を追うにゃ」
「あたしは、火を消しますコン」
俺とルナは、テレパシーで互いの役割を確認する。
勢いで、俺が、鼠の担当を宣言してしまった。
しかし、相手は、火を放つ鼠だ。
どう対処すればよいのだろうか。
考えていてもしょうがない。
とりあえず、鼠を追跡する。
ちょろちょろ。
ちょろちょろ。
火鼠は、村の中をジグザグに走り回る。
俺は、その気になれば鼠に追いつける。
だが、迂闊に手を出すことができない。
また火を放つかもしれないからだ。
燃えそうなものに近づかせないようにするのが精一杯だ。
「ちゅちゅ」
火鼠が動きを止め、俺の方に振り向く。
さっき火花を発した時と同じだ。
俺も、立ち止まって相手の様子をうかがう。
ばちばち。
ばちばち。
火鼠の体から火花が散る。
このままでは、火事になってしまう。
火を噴き出す敵とどう戦えばよいのか。
迷っているうちに火鼠の火花が強くなる。
俺は、火傷を覚悟で、火鼠に飛びかかる決意をする。
どたどたどた。
その時、何かが俺の方に走ってきた。
聞き覚えのある足音だ。
ぐいっ。
ポン太が、白いハンカチのような布で火鼠を押さえつける。
火花を放つ火鼠を包み込んで持ち上げる。
布には、火を防ぐ効果があるらしい。
火鼠を持ったまま走り出す。
「どこかに井戸とか池とかはないかポン」
「こっちにゃ」
村の地理を知っている俺は、ポン太を井戸へ案内する。
井戸にたどり着いたポン太は、火鼠を井戸に放り込む。
じゅっ。
井戸の奥から、火が消えた音がした。
「助かったにゃ。
ところで、それは何にゃ?」
ハンカチのようなものについて尋ねる。
「火浣布だポン。
火を防ぐ燃えない布だポン」
「よくそんなのを持ってたにゃ」
「火浣布は、火鼠の皮だポン」
ポン太が、火浣布を広げて、俺に見せる。
色はくすんだ白だが、確かに動物の毛皮だ。
「火鼠をやっつけると、背中の皮だけ残して燃え尽きるポン。
さっき、おいらが別の火鼠をやっつけて、これを手に入れたポン」
「お前が倒したのにゃ?
どうやってにゃ?」
「火を噴いている時に水をぶっかけるポン。
そうすると、温度差でどうにかなるらしいポン。
ユキ様から教わったポン」
俺は、ポン太が火鼠を倒せることを知って、心強く思った。
しかし、合わせて二匹も火鼠が現れたことに恐怖も覚える。
「そういえば、ルナは、ちゃんと火を消したかにゃ」
ルナの方へ走る。
ポン太は、ついてこない。
人のいるところに出たくないようだ。
「火事にならなくて、ほっとしましたコン」
ルナと子供たちは、安堵の表情を浮かべていた。
地面に藁の燃えかすが散らばっている。
ルナが、踏み消したらしい。
「ルナって凄いわ。
だけど、あの鼠はどうしたのかしら。
ネコが追っていったみたいだけど……。
あっ、ネコが帰ってきた!」
サンディーが、俺に駆け寄る。
「あの鼠は?」
俺を抱え上げて訪ねる。
「にゃー」
鳴きながら首を縦に振る。
「やっつけたのね」
会話が成立してしまった。
ルナには、ポン太がしたことをテレパシーで伝える。
「ポン太が現れて、火鼠を退治してくれたにゃ。
今、向こうにいるにゃ」
「そうですかコン。
意外と頼りになるのですねコン。
やはり、あたしたちと一緒にいてくれた方が助かるのですがコン」
「じゃあ、もう一度、話してくるにゃ」
俺は、サンディーの腕から抜け出る。
井戸のある場所に戻る。
ポン太は、まだ近くに隠れていた。
「ちょっと話があるんだがにゃ」
「何だポン?」
「人間に見つかりたくないのはわかるのだけど、やっぱり俺たちと一緒にいて欲しいにゃ」
「それはそうなんだけど、おいらみたいなのが、人に見つからないようにするのは難しいポン」
「人間に変身する魔力は、まだ足りてないのかにゃ」
「それが……ポン」
ポン太は、困り顔でうつむく。
「変身するための道具がないんだポン」
「そんな道具あるのなら、ちゃんと持ち歩いてもらいたいにゃ。
で、それは、ここじゃどうしても手に入らないものなのかにゃ?」
「変身には、柿の葉っぱが必要ポン。
探したけど、見つからなかったポン」
「そういえば、狸って、葉っぱを使って人に化けるんだったにゃ。
でも、柿の葉じゃないといけないなんて、知らなかったにゃ。
確かに、この辺じゃ柿の木なんて見かけないにゃ」
「変身できれば、もっと自由に行動できるのにポン。
人間以外にも変身できるポン」
俺は、柿の葉を調達する方法を考える。
しかし、ないものは入手不可能だ。
「本当に柿の葉じゃなきゃ駄目にゃ?
別の葉っぱでも構わないような気もするんだけどにゃ」
ポン太は、腕を組み首をかしげる。
考え込んでいるようだ。
「試してみるポン」
その時、数メートル離れた草むらから、かすかな音がした。
かさ。
かさ。
そっと草むらに目を向ける。
草の隙間にサンディーの髪の毛が見える。
隠れているつもりらしい。
それでも、今度こそはと、慎重にポン太を狙っているのだ。
「サンディーが、お前を捕まえようとしてるにゃ。
早くそこに落ちてる葉っぱで、石ころか何かに変身してみるにゃ」
「えっ、今ポン?」
ポン太は、慌てて足下の木の葉を拾う。
果たして、変身はできるのだろうか。
ᓚᘏᗢ
ポン太は、自分の額に木の葉を乗せる。
「ポンッ!」
掛け声とともに煙に包まれる。
すぐに煙が消える。
ポン太が、ポン太と同じ大きさの石になっていた。
鏡餅のような形の石だ。
顔や手足はない。
狸の変身した姿だとは、変身を目撃した人にしかわからないだろう。
「あーっ、石になっちゃったわ」
サンディーが、驚いて走り出てくる。
ポン太が化けた石に近づいて、必死に調べている。
しかし、どう見ても、ちょっと大きめのただの石だ。
「ねえ、ネコ、見たでしょ?
今、あの変な生き物が、急に石に変わったのよ」
「にゃ……」
「気のせいじゃないわ。
絶対、石になったのよ」
サンディーは、再び石を念入りに調べる。
ぺちぺち。
ぐらぐら。
ぺちぺち。
ぐらぐら。
石を叩いたり揺らしたりする。
何の反応もない。
ごん。
「いたたた」
拳で殴るが、自分が痛い思いをしただけだった。
「ぶう……」
なおも怒りの表情で石をにらみ続ける。
石の前に座り込む。
正体を現すのを待つつもりらしい。
俺は、サンディーが可哀想になってくる。
もう少しあっさりとごまかせると思っていた。
しかし、余計な疑念を抱かせる結果になってしまった。
ぐい。
俺は、サンディーのスカートに爪を引っかけて引っ張る。
サンディーは、動こうとしない。
こういう時のサンディーは、非常に頑固だ。
夕方になった。
サンディーは、まだ石の前で粘り続けている。
「もうすぐ夜になってしまいますコン」
「この石、さっきちょっと動いた気がするの。
そのうちまた動くかもしれないわ。
それまで待って」
ルナの説得にも、なかなか応じない。
「夕食は、どうなさるのですかコン」
「夕食……」
サンディーの意思が緩んだようだ。
空腹には勝てない。
「まあ、いいわ。
今日のところは、これぐらいにしておいてあげる」
捨て台詞を吐いて立ち上がる。
「何かの見間違いということはありませんかコン」
帰りの道すがら、ルナは、サンディーに問いかける。
ポン太のことを錯覚だと思うように仕向けたいのだ。
「絶対にそんなことはないわ。
ルナだって、火を出す赤い鼠を見たでしょ」
「ええ、まあ……コン」
「あんなのがいるのなら、石になる動物がいたって変じゃないわ」
サンディーの言葉にも一理ある。
「あの鼠は、おそらく、どこかの台所から火のついたものをくわえてきたのではないでしょうかコン」
「そうかなあ。
そうは見えなかったわ」
サンディーは、納得しないまま屋敷に入った。
家族とともに食事につく。
火鼠とポン太のことは、誰にも話さなかった。
存在を断言する自信が揺らいでいるようだ。
ポン太はともかく、火鼠のことなど知らない方がよい。
その方が安心して暮らせるのだ。
夜、サンディーが寝てから、俺とルナは、昨日と同じく屋敷の外に出た。
ルナは、また狐の姿だ。
ポン太が現れるのを待ちながら話をする。
「今日は大変な一日でしたコン。
火事になりかけた後、村の大人たちが、子供たちが火遊びをしたと疑ったのですコン。
疑いを解いてあげるのに苦労しましたコン。
火鼠のことを言えば、かえって怪しくなりますコン。
火鼠を持ち出さずにどう言い訳をするか、悩みましたコン。
あたしがプルサティッラ家のメイドでなかったら、信じてもらえたかどうかわかりませんコン」
「火を噴く鼠を信じてもらうのは、難しいだろうからにゃ。
人間が火鼠のことを知っても、どうすることもできないだろうしにゃ」
「人類は、優れた種族ではありますが、魔物には弱いのですからコン。
昔のレオンハルトのような特殊なのを除けばですがコン」
「それから、お前、メイド長に怒られてたよにゃ」
「夕食の支度の時間に帰れなかったものですからコン。
明日来る客を迎える準備もあって、余計忙しかったのにですコン。
火鼠との戦いとメイドの仕事を両立できるのでしょうかコン」
がさごそ。
がさごそ。
生け垣の隙間からポン太が現れた。
「待たせて悪かったポン」
「石になったまま、元に戻れなくなったんじゃないかと気になってたにゃ」
「元に戻るのは簡単だポン。
それにしても、あの女の子の頑固なのには参ったポン
ああやって見つめられ続けてると、体がむずむずしてくるポン
身動きしないように我慢するのが大変だったポン」
ポン太は、額の汗を拭うような仕草をする。
「だけど、そうやって変身できるのなら、また石か何かに変身して、この庭の隅にでも転がっててくれれば、いざって時に役に立つにゃ」
「それは、ちょっとつらいポン。
食事とかどうするんだポン」
「無生物に変身している時でも、お腹はすきますからねコン
食べ物なら、このお屋敷の台所に豊富にありますコン。
隙を見て、余ったのをこっそり持ってきてあげますコン」
「それって、ちょっと惨めな感じがするポン。
おいらは、こう見えてもただの動物じゃないポン。
ユキ様に作ってもらった高等生物だポン」
偉そうに胸を張る。
外見に似合わず、意外とプライドが高いようだ。
「だったら、どうするにゃ?」
「ちゃんと雨露のしのげるところが欲しいポン」
「そんな場所、この辺にあるかにゃ」
言ってから、俺は気づく。
俺の背後にある大きな屋敷の存在を。
「ここに一緒にいてくれればいいにゃ」
「そう言ってくれるとありがたいポン」
「最初から、ここに住みたかったのですねコン」
「えへへ……ポン」
ポン太は、照れて頭をかく。
図星だったのだ。
「でも、どうやって住まわすんだにゃ?
いっそのこと、サンディーに見つけられて、飼われるようにするにゃ?
だけど、ポン太の姿って、俺と違って、動物らしくないにゃ」
「ずんぐりしているのに二足歩行だなんて、不自然過ぎますコン」
ポン太の形態は、この世界の常識的な動物とかけ離れている。
人間に発見されれば、俺以上の珍獣として大きな騒動になるはずだ。
今は、そんな事態は避けたい。
どうしたらよいのだろうか。




