14.王都への旅
第42~44話
王都ジルバーヴァインまでは、丸三日の道のりである。
俺は、鳥籠ごと幌馬車の中に乗せられている。
幌に遮られ、景色を眺めることができない。
途中、何度か小休止はある。
だが、日中のほとんどは、馬車の中だ。
退屈な旅行だ。
以前、十キロほど離れたモローニョに行った時とは、かなり違う。
「ふぁあ」
俺と一緒に幌馬車に乗るペギーが、あくびをする。
ペギーも退屈なのだ。
まだ昼過ぎだが、旅の荷物を入れた鞄に寄りかかって眠そうにしている。
「まだ宿場まで、だいぶあるわ」
俺に話しかけることで、眠気を押さえようとしている。
万が一にも、俺に何かあってはいけない。
寝てしまわないように気をつけているのだ。
「あなたと会話ができればいいのだけど」
暇つぶしにおしゃべりでもしたいのは、俺も同じだ。
でも、ここで巨大化して人語を話し出すわけにもいくまい。
怪獣映画みたいなパニックになってしまうだろう。
退屈しのぎに実行してみたい気もするのだが。
「にゃー」
ただ鳴くだけの返事にとどめた。
太陽が沈みかける頃となった。
ようやく最初の宿場町だ。
小規模な町だが、重要な街道にあるので、宿泊客が多い。
「ああ、やっと着いたわ」
ペギーが、固まった筋肉を伸ばしながら言う。
俺も、ハイヒールのようなポーズのストレッチをする。
「さあ、あなたも旅館に入るのよ。
これから籠を運ぶから、おとなしくしていてね」
俺たちが泊まるのは、王侯貴族専用の宿である。
日本の江戸時代にあった本陣みたいなものだろうか。
ちょっとした宮殿のような建物だ。
何日も前から予約してあった。
「これが、有名な新種の生き物ですか」
「なんて可愛らしいのでしょう」
「噂以上です」
宿の従業員にも、俺は好評だった。
今の俺には、人間の相手をしている気力がない。
昼間、馬車の揺れのせいで、昼寝がほとんどできなかった。
うとうとしてくる。
人間の声を無視して、籠の中で眠りにつく。
ぐっすり。
すやすや。
目を覚ました時、すでに翌日の早朝だった。
もう出発の時刻だ。
初めて訪れた町を楽しむ時間もなかった。
俺は、また馬車の荷台に積まれる。
二台の馬車が、旅館の者たちに見送られながら動き出す。
(まだ二日、こんな旅が続くんだよなあ。
カトリーナは、どうしてるかな?)
カトリーナは、前を行く馬車に乗っている。
俺からでは、様子がわからない。
たぶん、退屈を持て余しているだろう。
しかも、退屈を態度に表すことは、淑女らしくないので許されない。
苦労が忍ばれる。
長時間の移動が続く。
俺は、籠の中をぐるぐると歩き回る。
せめてもの気分転換のためだ。
「籠から出たいのね」
ペギーが、俺の気持ちを察する。
御者に聞こえないように、小声で話しかける。
「私だって、できることなら、この荷台の中を歩き回りたいわ」
「にゃー」
「そうだわ。
少しの間、あなたをこの籠から出してあげる」
かちゃ。
ペギーは、鳥籠の扉を固定する留め金を外す。
複雑な仕組みではないので、簡単に外れるのだ。
その気になれば、俺でも扉を開けられたのだが、さすがに遠慮していた。
「さあ、おいで」
ペギーは、俺を抱き上げると、撫で始めた。
なでなで。
もふもふ。
「ふあー」
幸せそうな顔で息をつく。
俺を撫でるとストレス解消になるらしい。
なでなで。
もふもふ。
ひとしきり撫でてから、ペギーは、俺を解放した。
俺は、外を見たくなった。
御者台の後ろに顔を出す。
正面は、御者の背中に隠れて、よく見えない。
馬車の左右には、並木と畑がゆっくりと流れてゆく。
御者は、俺が出てきたことに気づいていない。
ぴょん。
俺は、荷台を覆う幌の上に跳び乗る。
景色がよく見渡せる。
一面の田園地帯だ。
あまり刺戟は感じられない。
もう少し珍しい風景が見られると思ったが、期待外れだった。
「そんなところにいると危ないわよ」
ペギーが、幌馬車の後部から体を外に出して、俺に呼びかける。
俺は、バランス感覚に優れた猫だ。
多少の揺れで落ちたりはしない。
でも、ペギーに心配をかけるのも悪い。
ペギーのいるほうへ向かう。
「さあ、おいで」
ペギーは、俺を受け止めるために手を伸ばす。
俺は、ペギーの手に飛び降りる。
「あっ」
ペギーが、俺を受け止め損なってしまった。
俺の体が逆さまになり、地面へと落下する。
くるりっ。
すたっ。
俺は、身をひねって、道に綺麗に着地する。
「ああ、よかった」
ペギーが、荷台から身を乗り出す。
片手で自分を支え、もう片方の手を俺に伸ばす。
馬車は、止まらない。
俺が落ちたのを、御者も衛士も気づいていないようだ。
ペギーは、馬車を停止させようとしない。
叱られるとでも思っているのだろうか。
慌てていて、御者に止めてもらうという考えが浮かばなかったのか。
俺は、馬車を追って走る。
馬車の速度は、そんなに速くない。
そのゆっくりなスピードが問題だ。
俺が歩くより速く、走るより遅い。
タイミングが合わせづらい。
荷台に跳び乗ろうにも、ジャンプのための助走が難しい。
「さあ、ほら」
ペギーは、さらに体を伸ばし、俺を呼ぶ。
あと少しで馬車から落ちそうなほどだ。
俺は、一旦足を止める。
助走をつけるためだ。
「ネコ!」
ペギーは、絶望的な表情になる。
すたたたっ。
俺は、ペギーが差し出す手に向かってダッシュする。
ぴょーーーん。
次の瞬間、俺は、ペギーに抱かれていた。
「一時はどうなるかと思ったわ」
「にゃー」
ちょっとした暇つぶしの運動にはなった。
ᓚᘏᗢ
旅の二日目も夕方になった。
ようやくこの日の宿場に到着だ。
初日と同じような豪華な旅館に宿泊する。
旅館に入るために、荷馬車から俺の入った籠が降ろされる。
何やら近くが騒がしい。
子供たちの声だ。
わいわい。
がやがや。
わいわい。
がやがや。
子供たちは、俺がいるほうに駆け寄ってくる。
珍種の動物がやってくるとの噂が、すでに広まっていたのだろう。
「うわあ、可愛いー」
「これがネコかあ」
「私にも見せてー」
男女の子供が、十数人いる。
現代の地球なら、小学生ぐらいだ。
俺の入った鳥籠を取り囲む。
服装からして、皆庶民の子供だろう。
普通なら、王侯貴族が宿泊中の旅館の敷地に入れる身分ではない。
「ねえ、ちょっと、あなたたち……」
小さな軍団による突然の包囲に、ペギーは困惑している。
「ここは、お前たちの来てよい場所じゃない。
帰りなさい」
旅館の男が、子供たちを追い払おうとする。
「構いませんよ」
一台目の馬車を降りたカトリーナの母が、こちらに歩いてくる。
男は、辺境伯夫人の言葉に従い、引き下がる。
「久しぶりにネコに会った気分だわ」
カトリーナもやってきた。
籠の中にいる俺を子供たちと一緒に覗き込む。
俺も、周りの子供たちの顔を見渡す。
その中にいた一人の顔が目に入る。
十歳ぐらいの少女である。
(こいつは……エスメラルダ?)
俺は驚いた。
魔女のエスメラルダと顔がそっくりだったのである。
衣服は全然違って素朴だが、同一人物にしか見えない。
単に驚異的なまでにそっくりなだけに過ぎないのだろうか。
わいわい。
がやがや。
わいわい。
がやがや。
俺の飼い主からの許可を得た子供たちは、さらに盛り上がる。
籠の隙間から指を突っ込む不埒者もいる。
俺に触るつもりなのだ。
エスメラルダに似た子も、そんな少年少女の一人だ。
無邪気そうに微笑みながら、俺を見つめている。
「この子に触らせてあげるわ」
カトリーナは、さらにサービス精神を発揮する。
「ネコに触れるの?」
「やったあ」
「私も撫でたい」
子供たちは、大喜びだ。
俺としては、あまり嬉しくない。
がきんちょは、小動物の扱いが雑だからだ。
カトリーナが決めた以上、拒否はできないのだが。
かちゃ。
鳥籠の扉をカトリーナが開ける。
「さあ、出ていらっしゃい。
ずっとその中にいて、暇だったでしょう」
俺は、モフらせるのも仕事と割り切って、籠から出る。
「にゃー」
「あっ、鳴いた」
「こんな鳴き声なんだ」
初めて俺に接する人には、「にゃー」だけでも喜ばれる。
俺は、優雅に歩きながら、籠から出る。
「逃げないの?」
「この子は、よい子だから大丈夫よ」
子供からの問いかけに、カトリーナは自信たっぷりに答える。
(中身が俺だからな。
普通の猫なら、逃げてもおかしくないけど)
俺は、心の中で苦笑する。
つんつん。
一人の子供が、遠慮がちに俺を人差し指でつつく。
危険がないとわかると、手のひらで俺を撫でる。
この様子を見た他の子供たちが、一斉に俺に手を伸ばす。
俺を巡る奪い合いになる。
「僕が……」
「私が……」
これだから、ガキは困るのだ。
俺の体を引っ張ったり、強く握ったりするやつもいる。
(そういえば、サンディーも、最初はこんな感じだったっけな。
最近は、それほど乱暴じゃなくなったけど)
「みんな、優しく扱ってあげて」
カトリーナが、子供たちをたしなめる。
子供たちは、興奮している。
誰も言うことを聞かない。
ペギーも、カトリーナに協力する。
「ほら、順番に一人ずつよ」
小さな暴徒は、注意が耳に入らないらしい。
ますます興奮してくる。
このままでは、俺の身が危ない。
「みんな、おとなしくして」
聞き覚えのある声がした。
エスメラルダの声だ。
発したのは、エスメラルダに似た女の子だった。
他の子たちは、素直におとなしくなった。
大声ではなかったが、人を従わせる何かがあったらしい。
「この子、嫌がってるわよ」
俺をつかんでいる子から俺を取り上げる。
「こうやって優しく撫でなきゃ」
なでなで。
なでなで。
抱きながら、俺の体を撫でる。
この様子を、カトリーナとペギーも、感心した顔で眺めている。
「抱き方が上手ね。
まるでネコの扱い方をわかっていたみたい」
カトリーナが、エスメラルダ似の少女を褒める。
「そうですか」
少女は、照れ笑いを浮かべる。
さらに俺に頬摺りをする。
すりすり。
すりすり。
俺が以前エスメラルダに頬摺りされた時と同じ感触だ。
間違いなく、少女はエスメラルダその人だ。
なぜここにエスメラルダがいるのだろうか?
「こんな感じで可愛がるのよ」
そう言って、エスメラルダは、俺を他の子に渡す。
子供たちは、順番に俺を優しく撫でるようになった。
エスメラルダのリーダーシップに、俺は感心する。
それから少し後のことだ。
「元気でやっておるようじゃな」
エスメラルダの声がした。
今度は、耳で聞こえたのではない。
脳内に直接入ってきた感じだった。
エスメラルダは、黙って微笑みながら、こちらを見ている。
「おぬしと話がしたくて、やってきたのじゃ」
一体、何を話すつもりなのだろうか。
ᓚᘏᗢ
俺は、子供たちに抱かれたり撫でられたりしている。
エスメラルダの声は、話し続ける。
「おぬしの住んでいるあたりでは、鼠の数が減っているはずじゃ。
おぬしがミニメガマウスを退治したおかげなのじゃ」
やはり、そうだったのか。
俺は、納得する。
しかし、エスメラルダに言葉を返す方法がわからない。
黙って話を聞き続ける。
「この地方では、まだ鼠は減っておらぬのじゃ。
別のミニメガマウスが、どこかにおるからなのじゃ」
またミニメガマウスを倒さないとならないのか。
命がけの戦いなんて、できればしたくはない。
「しかしじゃ、ミニメガマウス以上の敵がいるかもしれぬのじゃ。
おぬしの行くブルーチーズパーティーにじゃ」
(なんだって!
そんなところにカトリーナが行って大丈夫なのか?)
「あの娘のことが心配じゃろうが、焦る必要はない。
おぬしは、パーティーを楽しめばよいのじゃ。
いずれ、敵は、尻尾を出すはずじゃ。
あのミミズのような尻尾をな」
そんなことを言われても困る。
不安をあおられては、パーティーを楽しむのは難しい。
「一応、知らせておいたほうがよいと思ってな。
敵が突然現れても、心構えがないとどうにもできないじゃろうからな。
私のほうでも、なんとかするつもりじゃ」
エスメラルダの話を聞いているうちに、全員の子供に撫でられ終わった。
「お嬢様、ありがとう」
エスメラルダが、自分の口で、カトリーナに礼を述べる。
「どういたしまして」
カトリーナは、子供たちの態度がよかったことに満足しているようだ。
それも、エスメラルダによる子供たちへの指導の結果だ。
「それでは、籠に戻りましょう」
俺は、また鳥籠に入れられる。
籠の中から外を見ると、エスメラルダが、こちらを視線を送っていた。
エスメラルダは、俺に目配せをする。
脳内に、声は聞こえない。
きっと、「また会おう」とでも伝えたいのだろう。
宿の男が、子供たちを遠ざける。
「さあ、もう終わりだ。
出て行きなさい」
すでに日は沈んで、夕焼け空になっていた。
子供たちとエスメラルダが、自分の家に帰って行く。
エスメラルダがどこに帰ったのかは、俺にはわからなかった。
まさか、この町に住んでいるのではないだろう。
三日目も、早朝に宿を発つ。
出発時、エスメラルダは、姿を見せなかった。
声も聞こえなかった。
結局、一方的にしゃべって、不安の種を俺に植え付けただけだった。
魔女の行動は、理解するのが難しい。
また日中は退屈な旅路だった。
日が傾いてくる。
馬車は、ようやく王都ジルバーヴァインの城門を通過した。
幌の内側にいる俺は、街路の様子を確かめることができない。
耳に入ってくる人の声などから、賑やかなのはわかる。
「長い旅だったわね。
でも、もうすぐお屋敷よ」
ペギーは、体をよじって尻をさすりながら、俺に話しかける。
荷馬車での長旅は、腰に負担がかかるようだ。
「はあ、やっと解放されるわあ」
腰だけでなく、体のあちこちが痛むらしい。
あられもない恰好で、手足や背中を揉んだり伸ばしたりする。
人の目がないと思って、大胆になっているようだ。
カトリーナが乗っているのは、高級な人間用の馬車だ。
荷馬車ほど乗り心地は悪くないはずだ。
それでも、三日も座り続けているのは、大変だったに違いない。
俺の身体には、特に問題はない。
馬車の揺れのせいで平衡感覚がおかしくなっている気はする。
猫は、三半規管が敏感なのだ。
馬車を降りれば、すぐに治るだろう。
やがて、馬車は、大きな屋敷に到着した。
プルサティッラ家の別邸である。
有力な貴族や領主は、領地の他に王都にも屋敷を所有しているそうだ。
日本だと、江戸時代の大名の江戸藩邸に相当するのだろう。
カトリーナは、ここでパーティーの準備をする。
「これが噂の」
「ようやく拝見することができました」
「なんて可愛いのかしら」
俺は、別邸の使用人たちからも大歓迎を受けた。
王都の屋敷だけあって、働いている男女の数が本宅より多い。
俺の周りに集まってきたのだけで、三十人近くいる。
この人数の相手をするのかと憂鬱になるが、杞憂だった。
使用人たちには、あまり暇がない。
元々仕事が多い上に、大事なパーティーを控えているからだ。
「ネコ様は、あちらの部屋でお休みいただきましょう」
「粗相のないように丁寧に運べよ」
下働きの男たちが、俺の入った大型の鳥籠を屋敷の一室に搬入する。
内装が豪華なだけで、がらんとした寂しい部屋だ。
男たちは、籠の中に俺の餌を置くと、すぐに出て行ってしまう。
部屋は、俺一人、いや、俺一匹になった。
かさこそ。
かさこそ。
人がいなくなると、小さな足音が聞こえてきた。
部屋の中に鼠が徘徊しているのだ。
こんな立派な屋敷でも、鼠どもは、幅をきかせている。
かさこそ。
かさこそ。
(鼠捕りができれば、暇つぶしになるのになあ)
鳥籠の扉は、単純な留め金がついているだけだ。
開けようと思えば、猫の手でも開けられる。
(これからのことを考えると、体が汚れることはしないほうがいいか。
疲れてるし、休みたい)
俺は、寝ようとする。
かさこそ。
かさこそ。
足音が、部屋の中に響く。
超音波による鳴き声も、俺の繊細な聴覚にはうるさい。
気になって休めない。
しかも、その音が、猫としての狩猟本能を刺戟する。
がちゃがちゃ。
かちゃ。
俺は、留め金を外し、籠から脱出した。
暗い中、耳を澄まし、鼠を探す。
すぐに見つかった。
鼠は、狩人の存在になど気づいていない。
室内を我が物顔で歩き回っている。
ものの数分で、楽々と数匹の鼠を仕留めた。
(この分だと、屋敷全体では、もっとたくさんいるんだろうな。
鼠が多かった時の本宅よりも多そうだな。
都会のほうが、鼠の餌になるものが多かったりするんだろうか)
部屋を見渡すと、壁に小さな穴があった。
鼠がかじって開けたのに違いない。
普段使われていない部屋なので、人間に気づかれていないのだろうか。
あるいは、多少の鼠穴ぐらい気にしないのか。
(ちょうど俺が通れるぐらいの大きさの穴だな)
猫は、自分の頭が入る大きさの穴なら、通り抜けられるのだ。
くぐってみたくなった。
好奇心に任せて、穴の向こうへ抜ける。
そこは、別の部屋だった。
狭くて、たくさんのものが積まれている。
物置のようだ。
室内を探ると、外に通じる隙間を発見した。
鼠の通り道だ。
(大きな屋敷の割に、意外と簡単に庭に出られてしまったな)
庭は、あまり広くない。
屋敷の周りは、高い塀で囲まれている。
町の様子がわかりにくい。
周囲を一望できるような場所はないか探す。




