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雨降り小僧~スイの旅~  作者: 羽紗子


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雪の羽織り

 寒さしのぎに作った雪の羽織は、想像よりもとても暖かくて、着ているうちは冷たい風を通しませんでした。船の帆を織ったときよりも細い糸を紡ぎ、柔らかく編みましたから、軽くて動きやすいのも良かったし、色も雪景色に溶け込むようで好きでした。

 冬の間はずっとそれを纏っていましたが、やがて雪が雨に変わり、冬眠から覚めた蛙が鳴き出す頃になると、早々に脱いでしまいました。スイは、両手で持って目の前に広げたその羽織を眺めながら、どうしようかと悩みます。


「旅に持って行くにも、荷物になるな。ほどいて水に戻すことも出来るけれど、なんだかもったいないし、どうしよう」


「こんなに綺麗な羽織を、ほどいてしまうなんて、もったいない! それに、せっかく羽織としての人生を――いや、羽織生を歩み始めたのに、可哀想だよ」


 と、元々は捨てられた和傘だった彩は、思うところがあったらしく、強く反対しました。


「それも、そうだね。ほどくのは止めるよ」


「荷物になるなら、誰かにあげるのはどう?」


「うーん、良い考えだけど、これから暑くなるのに、暖かい羽織なんてもらってくれる人がいるかな」


「とんでもない寒がりさんとか、きっとどこかにいるよ」


「あやかし者なら、いろんな姿形や特性の者がいるから、もしかしたら……」


 腕を組み、心当たりがないか記憶の中を探っているうちに、あるあやかし者のことを思い出しました。


「あ、ブライヤーさん」


「ん? ブライヤーさんと言ったら、パイプのあやかし者のおじいさんだったろ。でも、寒がりという話しは聞いたことがないよ」


「彼は、何でも屋さんを営んでいるだろう。そのお店に買い取ってもらうんだよ。以前、雨の糸を売ったことがあるし」


「ああ! その手があったか。お店に置いてもらえば、また冬が来て寒くなったときに、それが必要なお客さんときっと巡り会える。それに、あのお店には付喪神になりかけの品物が沢山置かれていたし、はおりんも寂しくなさそうだ。そうと決まれば、早速出発しよう」


「ちょっと待って。今、さらっと言っていたけれど、はおりんってもしかしなくても羽織のことだよね。いつの間に名前をつけたの?」


「たった今さ。頭の中に天啓のように閃いちゃったんだ。これはもう、呼ぶしかないなと」


「そうか、呼ぶしかなかったのか。それなら仕方ないな……」


 いつだったか、師匠が付喪神のことを話してくれたことがありました。雑談として、他の雑多な話の数々のその内の一つです。それは、名付けと魂に関する話でした。刀や仕事道具など、大切に扱い名前を付けると、魂が宿る切っ掛けになりうると。そして、百年も経てば付喪神になるのだそうです。


「この羽織、いや、はおりんは彩にとってもう友達みたいな存在になっていたんだね。元々仙力と妖力で織り上げたものだし、名前も付いたこともあって、百年経たずとも付喪神になれるかもしれないね」


 さて、淡いへの扉を開き、何でも屋さんを訪れたスイと彩は、夏でもないのに満開のひまわり畑を通り抜けてお洒落な洋館へたどり着きました。以前来たときとは違い、暖簾は掛かっておらず、片開き戸が閉じられています。スイは玄関前で立ち止まり、彩と(ないけれど)を見合せました。


「休業中かな?」


「せっかく来たんだし、試しに声をかけてみたら?」


 スイは頷き、コン、コンと扉を叩いて遠慮がちに声をかけました。


「ごめんください」


「はい……」


 微かに答える声がありました。


「今行きます……」


 眠そうな声が内側から聞こえて、休んでいたのに起こしてしまったのかと申し訳なく思いながら待っていると、やがてカチャリとドアノブが動いて、キイィ……と軽く蝶番の擦れる音と共にゆっくりと開いてゆきました。薄暗い店内が見えますが、肝心の声の主がどこにも見当たりません。


「いらっしゃい。すいませんね、寝過ごしてしまったようで、暖簾をかけ忘れていましたよ」


 近くから声がするので、店主の姿を探して一歩踏み出した時でした。


「こんにちは、ブライヤーさ――」


 コツン、と額に何かが当たりました。


「おっと、失礼」


 すぐ近く、頭の上辺りでおじいさんの声がして、驚いて一歩下がりました。良く見れば、開かれた入り口の中央辺りにパイプがふよふよと浮いています。


「うっかり、本体だけで出てしまいました。すぐに人形を取りますからちょっとばかりお待ちください」


 そう言うと、パイプの周りにぼんやりと人の形が見えてきて、向こう側が透けるようだったのが、だんだんと濃くはっきりとしてきて、やがて本物の人間と変わりないおじいさんの姿が現れました。ブライヤーさんは和洋折衷の装いで片手にパイプを持ち、耳の上には相変わらず絵筆を挟んでいました。眠気を堪えるように、分厚い眼鏡の奥の目をしぱしぱ瞬きながら立っています。そして、近くに置いてあったらしい暖簾を入り口に掛けると、改めて言いました。


「どうも、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用事ですか?」


「このはおりん――あ、いや、羽織を売りたいのです」


「おや、その羽織は」


 目がぱちりと開き、今ようやく目が覚めたような顔で、改めて客人を見ました。


「あなた方は以前、この店においでになったことがありますね」


「ええ、夏に、雨の糸を売りに来たことがあります」


「そうでした、そうでした。思い出しましたよ。あの美しい糸をお持ちくださった方ですね。さあさあ、こちらへ。詳しく査定をいたしましょう」


 店内の机に案内され、促されるまま、向かい合って椅子に腰かけました。


「あの糸のことを、覚えていてくださったんですね」


「ええ。あの糸は、めったに手に入らない特別な糸でしたから。店に出したら、すぐに売りきれてしまいましたよ」


「へえ! すごいじゃないか。ねえ、スイ。良かったな」


「うん。それで、買われた方って、どのような方ですか?」


 自分のことのようにはしゃぐ彩に頷いて、店主に尋ねました。あの糸がどのような使われ方をするのかが気になったのです。


「さて、どんな方だったかは、思い出せませんね……。なにぶん、最近物忘れが酷くてね。申し訳ないです」


「あ、いえ、こちらこそ不躾なことを聞いてしまったようで、すみません……」


 スイは、少し俯いて首を左右に振りました。


「あの糸は、今頃別の品物に生まれ変わり、大切に使われていることでしょう。私は、そうやってきちんと物を扱ってくださるお客さんにしかお売りしませんのでね」


 店主の言葉にほっとしたスイは、顔を上げました。


「そ、そうですか。良かった」


 ブライヤーさんは、火の付いていないパイプを咥えて白い口髭を震わせて笑いました。


「さて、今回、お売りいただける品を拝見いたしましょう」


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