第二十八話 知らない人と会話すると緊張するんだ
しかし、異世界同士で行き来できるようになっているのだとすると、ちょっと危ないな。
そう考えたのは、向こう側も同じだったらしい。
「あの通廊の先は彷徨う屍人どもが居るとの事だったが、そういう物の怪がこちらに出てくるようなことはないか?」
「たしかに、通廊から階段を降りて入る廃墟をぬけると屍人や骸骨、悪霊などがうろついておりますが、廃墟にすら近寄ろうとはしない連中ですので、況してや通廊にまでも来るとは思えません」
「それだけではないような話だったが」
「その他の怪物についても、それぞれの居場所から通廊に這いこんできそうな場所に見えても、一度たりとも這い出て来ようとはしませんでしたので、居る処へこちらがうっかり踏み込まぬ限りは、あまり怖れる必要はありません」
「例えば?」
「もう一箇所、窓があるのですが、そこからは恐るべき怪物が、人に限らず様々な犠牲者の精気を吸って干からびさせている光景が見えます。しかし、恐らく窓を閉めている為でしょう、こちらに気づいた様子もありません」
「他には?」
「そもそもあまり多くの怪物と遭遇しても居りませんが、例えば粘液状の怪物が、通廊の両脇に幾つも散在する小部屋の中で壁や天井や床などに貼りついて待ち構えています。部屋の中で物音を立てたり、物の振えを感じさせてやると、その場所へ跳びかかって、包み込んで溶かして吸い込んでしまう怪物です。しかし、扉が開いていても、外で音を立てたりしていても、決して外には出てきません。ほんの指一本しか離れていない場所にいても、です。棒の先に飛びついたのを引きずり出すことはできますが。松明を近づければ燃えて、容易に退治できます」
「この窓のように、一見すると簡単に破れそうな薄い境目に思えても、怪物どもが自ら越えようとはしないのだな」
「そうです、今まで見てきた限りでは。但し、空中通廊から最も離れている、私の家から近い辺りに出る魚と人の合いの子のような怪物だけは例外で、その元居た部屋を離れて通路を駆けて襲ってきました。しかし、その通路は頑丈な扉でいつでも塞いでおけるので、問題になりません。そもそも私が最初に4匹退治した後は、半年後に一匹居たのをこの前また退治して、それきりです。あまり大挙して出てくることもありますまい」
俺が魔物だの屍人だのとインパクトのある事を最初に言ったので、そういう怪物が空中通廊の窓から溢れ出てくるのではないかと男たちは懸念していた。
なので、これまでの探査で遭遇した危険な怪物について知りえた僅かな事どもを教えておく。
そうは言っても、俺自身もまだ断言はできない事ばかりなので、安心とまでは行かない。
「貴殿が教えてくれた御蔭でそうむやみに怖れる必要は無いと分ったが、貴殿にしても知らないことはあろう」
「それは勿論そうです。あくまでもこの、あー、8ヶ月も経ったか……その間、あー、つまり240日ほどの間、そのうち、えー……多分100回くらいは潜った筈ですので、その経験から、となります。ああ、そろそろ私も用事があるので、本日はもう戻ろうかとおもいます。今後も来たいのですが、宜しいでしょうか」
「構わないとも。ただ、念の為に窓は一度閉ざしてもらえないか」
「わかりました。それでは今日は、空中通廊の窓辺に結わえ付けた縄など総て解いて、きちんと窓を閉めて、それで空中通廊が消え去るでしょうから、また明日来ます」
と約束して、お互い終始距離を保ったままでの初の接触を終えた。
肩に担いだ鮫剣を細引きで結わえてぶら下げると、エイト環から外したトラロープを両手で引いて上昇してゆく。
やや滑るが、両手でぐんぐん手繰っていくので問題ない。
途中ようやく空中通廊の壁が近づいてきたというところで、腹の前の動滑車に、降りるときにザイルに貼ったガムテが絡み付きそうになったので、すぐに剥がして道具容れにつっこむ。
上昇を再開し、壁に足をつけられるようになって、次第に引っ張る力がより必要になってくる。
もう一度ガムテを剥し、やっと足を細引き足場にかけられた。
膝カップが壁にガリガリ擦れるが、両手で最後に力いっぱい引いて足場に立ち上がってから、左手で窓縁を掴み、やっと空中通廊に戻れた。
周囲を確認し、異状ないと見て取ると、窓縁に腕で立って乗りかかり、柱を左手で掴んで、左足を柱の向こう側に出して窓枠に乗り、跨り、通路側に身体を移した。
やっと通廊に戻った。
細引き足場は、次から二段にした方が良いと思う。できれば三段。
結びつける柱は今のままで良いから、窓をこっち側に引き寄せておいて、定滑車を結わえつけてる向こうの柱につかまって外に出よう。
今日は出る場所を間違えた。
そうだ、細引き足場も巾があって足掛けやすくて良いけれど、予め縄梯子を四段分くらい作っておいて、定滑車を結わえてる柱に結わえれば、出入りも楽だし、取り付け・取り外しも早くなるな。
太い枝はたっぷりあるし、今晩、作ろう。
壁から離すようにするのだけが工夫だな。
工夫なんてこともないが。
ザイルを壁の下縁に擦りそうな問題は、それこそ細引き足場から更に低く垂れ幕を下す感じで、何か摩擦と当たりを減らすような、緩衝材をすべすべな幕で覆うようにすれば、少なくともザイルにガムテよりはマシだ。
それも今晩作ろう。緩衝材はあるわけだし、ビニール袋ですべすべの方はいけるだろ。
それから剣もザイルもトラロープも全部引き揚げ、滑車や足場を外して窓の内側に片付けた。
最後に、ヘルメットとゴーグルとマスクを毟りとって、
「それじゃあ、今日は帰ります。窓もちゃんと戸締りしておきますので! また明日!」
マントの男が手を振ってくれる。
「明日また会おう!」
すーっと窓を閉める。
クレセント錠を……掛けずに、こちらを見て、指さして騒いでる男たちを眺め降ろしながら15数えて、また開ける。
男たちが新たに驚いた顔をしているので、
「おーい! 今、15数えてまた開けたのですが、どうでしたか!?」
「ああ、そういうことか! たしかにぼんやりと姿が薄れて消えていったところだった! 現れる時には一瞬だったぞ!」
「やっぱり! どうも! それじゃあ、今度こそ、また明日!」
すーっぱたん。
クレセント錠を掛ける。
夜に来たら、やっぱり窓の外は暗いんだろうな。
ただでさえ通路は真っ暗なのに、窓も真っ暗な夜には来たくないな。
縄類その他登攀用具一式を幾つかの袋に分けて入れてから、デカいゴミ袋にまとめて、自転車の荷台にのせた自作の大きな蔓カゴに放り込む。
自転車に跨り、行き止まりへ行く。
また隠し通路とか無いか探す。
またしても徒労に終る。
引き返してT字路へ。
T字路を行過ぎて、恐怖の窓の外をちらっと見て──今日は怪物がかなり遠くに行ってしまってる──地獄の暗渠へ。
うっかり自転車で通路の先まで突っ込んでしまわないように、慎重に接近。
何度見ても、絶対に入り込みたくない不気味さだ。
離れたところを流れる、ヌラヌラと燐光が反射する黒い水面から、底のヘドロの異臭が立ち上っているかのように、時折ぼこんと大きな泡が浮ぶ。
通路から暗渠への開口部近くに何物かが現れたり、注意を惹いてしまったらと想うと、背中に氷柱を突っ込まれたかのように震え上がってしまうので、観察もそこそこに、今日も早々と引き返す。
本当にこんなとこ、長居したい場所じゃあないぜ。
T字路でランタンを回収すると右折して、中央通路を事故らない程度にスッ飛ばし、階段前に駐輪。
闇黒をライトで明るく照らし出しながら階段をすばやく駆け上がり、真っ暗闇の迷路をダッシュして曲がり角へ。
点灯したミニランタンをコーナーの先へ転がし入れる。
拙作を御読みいただき、有難うございます。




