第二十四話 空中通廊
BGM:
光と影のオブジェ / 東海林修
疲れや用事でダンジョンに行けず、一週間。
やっとまた押入れを潜る。
最初の部屋に置きっぱなしの自転車に跨り、中央通路をとばして一気にT字路、そして右折して空中通廊になってる窓辺へ。
ここで下車してまた歩き。
通路の先の暗闇へ、探査に進む。
200mくらいで行き止まりに。
何か、どこかに仕掛けがあって、隠し扉を開けられるんじゃないか?
そう思って探し回ったが、見つからなかったので、窓へ引き返した。
探査モードから警戒/戦闘モードに切り替える。
10フィート棒はホルダーに挿して背中に固定し、左肩から頭上へにょきっと突き出ている。
ホルダーから抜き出した鮫剣を右肩にゴリっと乗っけて歩く。
ヘルメットのシールドを上げて、窓から外を眺める。
今日は雲が多くなってた。
雲の隙間から地上へ延びる天使の階段の様子を見ると、今、窓の外は朝らしい。
零れ出る朝日を浴びてところどころ輝く草原が美しい。
微風が吹いているらしく、風に草が絶え間なく揺れている。
所々に木々や潅木が生えている。
カラスや小鳥が飛んでいる。
鷹か鳶のような猛禽も高く舞っている。
地上まで少し距離があるから良く分らないが、蝶や蜂なども普通に飛んでるみたいだ。
窓辺に小鳥が来て、ピピピ……と首を傾げて囀っている。
あ、飛んでった。
逆側の窓へ寄って眺める。
飛んでった小鳥が遠くへ飛んでいって、小さくなって視界から消える。
こちらにも草原が下りながら広がっている。
右方に、一方が切り立って崖になってる丘があり、その上に白亜の堂々とした城が青い円錐の屋根を掛けて聳えている。
屋根のかかってない、白い胸壁だけの隅の塔の上に、青地のバナーが風に靡いて揺れている。
左方にも崖がある。
崖の上には潅木の茂みがある。
今俺が居る空中通廊の足元が丁度左右二つの高台の間を下る草原になっているのか。
さっきの窓から見下ろした時には、左右の間にあまり高低差は無かった。
また元の──T字路に向って右側の──窓へ寄る。
窓ガラス──恐らくガラス──に触れてみる。
冷たい。
普通のクレセント錠が掛っている。
二重ロックを外して、クレセント錠を下へ半回転させて開錠。
窓を開けた。
気持ちよい風が右側から吹き込んできた。
メットのシールドを持ち上げ、マスクを少し持ち上げると、芳しい草原の香りがする。
人によっては青臭いと嫌うあれだが、俺にとっては逆に懐かしい古巣へ帰って来た気分になれる。
空間を一色に塗り籠めるような人工的な合成香料とか大嫌いだ、吐き気がする。
人や草花や木々や土の香りでないと落ち着かない。
鼻がバカになると、敵の接近に気づくのが遅れることがある。
だから本当はマスクとかメットとかしたくないのだけれど……。
左手のT字路の方へ良い香りが流れ込んでいく。
少し冷える朝の風に通路が満たされると、とりあえず窓を閉めた。
ロックを元通りかける。
もしかして、この清新な気に刺激されて、通路の暗闇の向こう側から何かがやってくるんじゃないか、と疑い、ヘルメットを脱いで耳を澄ます。
暫く警戒していたが、何も聞えない。
メットを被りなおす。
窓外は心惹かれる風景だ。
できたら窓から外へ出てみたいが、この空中通廊、少し高い。
民家で云えば、三階か、或は足元の草原が少し下り坂なので四階分くらいあるのか。
そのくらいの高さなので、窓から出たら、下の草原へそのくらいの高さを飛び降りることになってしまう。
怪我じゃ済まないかもしれないな。
脚立じゃ足りない。
丈夫なロープで昇降できるだろう。
昇るのは、でも一寸大変そうだ。
何か工夫しないと。
とりあえず通路をまた暗闇の中へ歩き出し、T字路まで引き返す。
闇黒に抗うランタンに照らされる自転車に跨り、今度は恐怖の窓辺へ。
自転車を降りて、相変わらずの地獄の光景を窺う。
幸い、窓外の怪物どもは、この空中通廊には興味を示していない。
背中のホルダーを外して、剣を収め、棒を抜き出す。
ホルダーをまた背中に固定し、窓の外を気にしないようにして、10フィート棒で前方罠簡易探査をしつつ前進。
暗闇の中を進むこと、幸せな窓の先の暗がりの倍くらい。
こっちの方が長かった。
その先には、ぽっかりと視界が開けた暗渠が広がっていた。
あちこちが燐光に浮かび上がっている。
その中を、音もなく流れるヌラヌラした水面の黒い河……。
これもまた一つの地獄めいた風景だ。
思い出すのはHPLの……いやましにつのる恐怖を更に掻き立ててどーする。
やめやめ、と妄念を振り払う。
思わず背中の剣を握って、その力強さを頼みの綱に、足腰に力を入れて踏ん張り、全身に気合を入れる。
とにかく、こちらの通路の先は、見るからにヤバイ世界が無限の彼方まで、果てしなく続いている。
こちら側からは敢えては踏み込まず、抜き足、差し足で退却。
尻に帆かけて小走りで地獄の窓辺へ戻ると、少なくともここは一定の明るさだけはあるので、ほっとする。
ミニランタンやヘッドライトなどの光が窓に向いていても、怪物は全くこちらに関心を向けて来ない。
落着きを少し取り戻し、背中のホルダーに長い棒をしまうと、自転車に跨り、T字路へ。
T字路で、地獄方面への通路にはまたガムテを張り渡し、ランタンを回収。
それから一路、最初の部屋まで自転車をスッ飛ばして帰還する。
数分後、前方に最初の部屋の扉から中央通路に洩れる灯りが大きくなる。
勢いを緩めず、一気に全開の扉を抜けて最初の部屋に飛び込むと、フル・ブレーキからのターンで90度、車体を真横にして止める。
金田か、っつの。
暗闇から解放されて、一安心。
最初の部屋の暖かな明るさが、全身にじわじわと染み渡る心地がする。
同時に、今まで肝を冷やしっぱなしだったことに気づく。
恐怖に耐えるのに全精神力を振り絞っていて、自分の状態など全く振り返る余裕が失われていた。
やっと、この部屋に戻れてよかった。
刻限が迫っているので、すぐに自転車と長い棒を片付けて、中央扉を戸締り。
他にもマジック線や物品の有無や位置など、異状ないことをパッパッと確認すると、最初の扉を戸締り。
【訓練場】の、今では裏庭のように安心すら覚える暗闇の中を、自分の仕掛けた罠を避けてダッシュ。
今日は汚れて無いので、洗浄場は使わないから、そのまま帰宅で良い。
押入れの明るい■めがけて、背中の鮫剣を引っ掛けないように手で抑えながら、頭から古新聞の上へスライディング。
その勢いで畳の上まで新聞紙に乗ったまま滑り出ると、背中のホルダーを外して、鮫剣を脇へ転がす。
グローブを手から外し、ヘルメットを脱いで、両方とも予め口を開いて用意済みの丈夫なゴミ袋へ放り込む。
屈んで両足のガムテを剥し、ブーツを脱いで、押入れ下段へ潜りこみなおして、観音扉を締め切る。
押入れから出て、襖を閉める。
ホルダーに挿した鮫剣を抱き上げると、丈夫なゴミ袋を拾い上げて、和室から出て、階段を駆け上がって自室へ。
次々と脱ぐ装備を適宜、その場で手入れしたり、或はゴミ袋にとりあえず放り込んだりして、片付けてゆく。
最後に掃除機ブオーっ
シャワー浴びて、洗濯機回して、コップにクエン酸少々の上から湯冷ましを注ぎ、瓶入りレモン汁一滴垂らしてキツさを抑え、乾いた喉をとりあえず潤す。
その後、お茶を淹れて甘い菓子をつまんで、恐怖に晒され続けて緊張したこころを和らげる。
今行ける範囲の大雑把なマッピングは、今日で出来た。
明日からは、草原と城へ行ってみよう。
時間は限られているが、あの城にも草原にも心惹かれる。
まずロープを準備しよう。
それと下降はともかくとして、昇りが大変そうだから、何か工夫しないと。
いつも二階程度の高さの庭木剪定でやってるような、ロープ技のみでの上昇は、四階の高さまで上るのには少々時間がかかりすぎる。
登高器あれば楽かもしれないけど、
(´・ω・`)お金が無いよ
買えないので、別の方法を模索する必要がある。
拙作を御読みいただき、有難うございます。




