第二十話 丁寧な拒絶
翌日。
海水の部屋も気になるが、とりあえずはマジックの線が消えてないか、チェックしに行く。
結果。
中央や右は相変わらず線は残ってる。
左側の扉の先だけで消えていた。二度目だ。
しかし消えてる場所は違ってた。最後の罠の境界線は消えておらず、その先の目一杯腕をのばして書き足した部分の長さが少しだけ短くなっていた。
今度は黒マジックと赤マジックの両方で書き足しておいた。
最後に屍骸処理をして、この日は終了。
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翌日。
マジック・チェック。
また左側のみ、少しだけ消えていた。
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以降10日間、マジック・チェック。
左側だけ、予想不可能な不定の長さで、毎日先端から消えてる。
海水部屋には新たな半魚人の出現無し。
中央通路の到達最奥部のガムテが剥がれた。
ガムテだから、糊の限界。まあ、多分。
新しいガムテで張りなおしておいた。
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翌日。
左側へマジック・チェックに入って、やはり少し消されていたので、書き足して、そのまま動かずに待った。
今日は、全身を頭の天辺から足の裏までアルミホイルでぐるりと巻いてセロハンテープで固定してきた。
シルバーマン参上!
放電罠に対する特別装備のつもり。
放電は一瞬だから、その間だけ保てばよい。
目のところは縦に隙間を何本も作って、外が見えるようにしてある。
何らかの変化を期待して暫くすると、通路の先の暗がりのカーブの奥から、・・・つつ・・ち・・かた・・・軋みのような音が微かに響き、微風が吹き付けてくる。
だが、もう10フィート棒のすぐ先まで音の出所が来ているのが感じられるのに、目には何も見えない。
目に見えないのに、いつの間にか押されている。
そして、棒がこっちに押し込まれるとともに、床に書いたマジックの線がじわじわ消えていく。
遂に目の前まで来た。
でも見えない
ぞわぞわぞわ
恐怖で総毛だって居ると、次第に10フィート棒が床へも押しつけられて、棒を握ってる俺も思わず床に手をつく。
俺を越えて後方までマジックの線が消えていく。
奇妙な圧迫感。
潰されそうというのではないが、不安定に身体が揺らされるような力が全方向からかかる。
右腕一つとってみても、ある時は胸に押し付けられそうになるかと思えば、次の瞬間には万歳させられそうになり、かと思えば背後へ回されそうになる。
一箇所にかかる力はそれほど強くもないが、それが全身各部にかかる状況では、全く動きが儘ならない。
首を縮めて、orzならぬ9-zの恰好で、どうにか全身のバランスを保って耐える。
すると、通路の奥側から最初の部屋の方へ押し戻されるような具合に、次第に力が収束してきた。
やばい、少し後ろには放電罠の範囲がある。
力が一方向に収束してきたとはいえ、妙に揺らぐので、抵抗しづらい。
収束してきた分、力も強まっていて、力負けする。
やばい、やばい、と焦ってる俺は、床へ押さえつけられてる棒を両手で背後へ送り、床へ押し込んだ。
何も起こらない。
焦ってるうちに、電撃罠の範囲を脱した。
不可視の圧力によって更に押し下げられる。
カーブに沿って押されて、緩い斜面を後ろ向きに昇り、下り、そうしている間にも見てるそばから床にマジックで描いた線が消えてゆく。
また電撃罠の範囲が近づいてきた。
今度も、うんと後方へのばした棒で、四つん這いの無理な姿勢からなんとか押せるだけ床を下へ押し込むと、
バーン!!
放電だ!
このまま次の作動の前に罠の範囲を脱けられれば……
だが、身体が押される力が微妙で、あまり速く移動していない。
立ち上がって自ら駆け出そうにも、通常の重力に加えて、床に押し付けられるように斜め下に後ろ向きの力が、時々揺らぎながらかかり続けているので、うまくできない。
このままだと感圧スイッチが再び作動するタイムリミットまでには感電範囲を脱けられない……っ
頭を下げて、接地している肘を支点に左右の上腕二頭筋を全力で収縮させて、圧力に抗して棒の先端を頭より高く掲げる。
放電が来ても、頭部で無く棒に着雷すれば、少しはマシかな……。
想像して顔を顰めながらその瞬間を待っていたが、放電は来なかった。
さっきもそうだった。
罠の境界線を描いた線が、押され続ける俺がそこに戻ってくる以前に、俺より先に消え去ってしまってる。
力の範囲が俺を覆っているのだ。
俺を包み込みながら押してる不可視の力の範囲があって、その範囲内に罠が入ると同時に放電が止まるのか。
それで俺は放電を喰らわずに済んだ、か。
そして、俺は抗えずにゆっくりと下がり続ける。
次第に床面も粗くなってくるので、ずるずると不可視の力で床を引きずられる俺は、接している手足のアルミ箔がボロボロに剥けている。
とうとう最初の罠も何事も無く通過してしまった。
と同時に力が去って行った。
手にしている10フィート棒で、最初の罠のあるべきところを押すと、
パシーン!
ちゃんと作動する。
とにかく、ただの臆測だったものが推量と言って良い感じにまで昇格した。
あの力はこの通路の先に居るであろう何物かの、何らかの意思を反映したものだ。
現場で働いてる不可視の力自体は単なる何らかの機械的な作用かもしれないが。
とにかく、この先には来させたくないらしい。
別に今すぐどうしても行きたいわけでもない。
何者かの意思を尊重して、今はこれ以上の探索は中止することにする。
あんな風に揺らされて抵抗するのも困難な不可視の力の前には、抗う気力が萎える。
包み込まれて微妙な圧力をかけられて、そのまま殺されるでもなく、やんわりと丁重にお帰りをお願いされてしまった気分だ。
ぶぶ漬けをいただいてしまった時ってこんな感じなのだろうか?
最初の部屋に戻り、左側の扉はそんなわけで一旦封印することにして、鉄パイプで閂をかけた。
ただ、鉄パイプは一本だけにしておく。
あまり中から襲い掛かってきそうにないのと、むしろ逆に半魚人の群みたいのに襲われて退路を断たれたときに、最終手段としてここに逃げ込む可能性を残しておこう、と。
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翌日。
ゴム長と長いゴム手袋を持参。
後片付けの煩わしさを思い、作業開始前からげんなりしている。
それでも海水プールへ。
何も待ち構えていないのを確認して、最初の部屋に戻り、ゴム長とゴム手に換装。
最初の部屋にブーツと革手袋を置いてきたまま、初めて海水に踏み入る。
じゃぶじゃぶ
ざばざば
ちゃぷちゃぷ
ぐらぐら揺れてる扉の隙間から電灯を挿し込み、中を覗くと、狭いトンネルがずっと続いている。
真直ぐではない。
ローマ帝国の町の地下を流れる上水道に近い。さすがにもう少しだけ広いが、とても鮫剣は振り回せない。
盾を構えた上で、長柄出刃と鮫きりを持って来てる。
足元が膝近くまで海水で満たされて歩きづらく、もしも何者かと遭遇したら、とてもじゃないが逃げ切れない。
あー……鮫槍でも持ってくるべきだったかな……でも凄く重いからな、あれ……
いや、自分で作った武器を信じろ。
出刃は充分に研ぎ上げてある。
刃の切れ味を信じろ。
敵が現れたら、五寸の刃の味を教えてやろう。
青黒いマーブル模様の岩で覆われたトンネルは、軽量LEDのヘッドランプで照らしても、奥はぼんやりとしか見えない。
波立つ水面に反射された光にちらちらと乱される壁面や天井の様子は観察が困難だ。
青黒い半魚人が近くにいても背景に融け込んでしまい、なかなか察知できないと思われる。
こんな所に居続けるのはおっかないし、通路以外に特に何もないので、少し行ってすぐに戻ってきた。
足元をちゃぷちゃぷ揺らす波にぐらぐら揺れる青い扉を、壁に押し込んでしまうと、もう隙間も見えず、何事も無かったように滑らかな壁があるのみで、こちら側からもう一度開けることはできなくなった。
海水プールを出て、最初の部屋に戻り、閂を扉にかけて一安心。
波立っていたので、ゴム長の上縁を越えてカーゴパンツやツナギに水が滲み込んで来ていた。
なのでさっさと押入れ近くの洗浄場へ退散し、一先ずそうした海水による汚れ物を濯ぐ。
それで少しは付着する塩分を薄めたが、まだ不充分だ。
ここでは濯ぎは少ししかできないので、この日はこれで上がり、洗い物と放湿・乾燥に専念した。
拙く綴ったものを御読みいただき、有難うございます。




