Changeling~サキとフローラ(仮題)の、世界観をまとめたい⑥
【私はChangelingの被害者では?という感覚は、意外と普遍?】
話の骨子といいますか、流れのようなものはバクッとこんな感じだろうと思います。
ラストはハッピーエンド(ウキウキとした、光に満ちたハッピーエンドではなく、苦さを抱えつつも皆がじんわりと幸せ、なハッピーエンド)でありたいなと思っています。
サキがフローラに生きながら食われ、血涙流しながらフローラが妖精の女王になるとか、良くも悪くも『お綺麗なうわずみを書く』(byスコップ氏)書き手である、かわかみれいが書くべき話ではありませんし(笑)。
必死に本音を隠して身近な人から愛されようと努めているのに、愛された感覚の薄い、疎外感を抱えたヒロイン・サキ。
周囲から大切にされてはいるものの期待に応えられず、内心残念に思われていることを覚っているもうひとりのヒロイン・フローラ。
何故私はここにいるのだろう?
ここは本当に、私がいてもいい場所なのだろうか?
もしかするとここ以外に、本来私がいるべき場所があるのでは?
あるのならば……どうすればそこへ、行けるのだろう?
幼い頃、そんなことをぼんやり、考えませんでしたか?
実は私はお金持ちのお嬢様で……的な形の取り替え子妄想も、幼い頃にありがちな妄想でしょうが、そういうのとはちょっと違うのです。
……何ていうのでしょう?
別に『ここ』が死ぬほど嫌なのではなく、何故か『ここ』にいる『自分』そのものが不思議で仕方がない、という感覚。
子供の身体の中にいる『自分』。
身体と『自分』がしっくりきていないような、奇妙な感覚。
ワタシ、ナンでここに居るんやろう?
物心がついた頃、シャボン玉みたいに心の奥から浮かんできた疑問です。
我ながら、ちゃんと?大阪弁なのが良いですね(笑)。
実は一度、母にこの質問をぶつけた朧げな記憶がありますが、当然といいますか黙殺されました。
あ、これは訊いてはイケナイ質問なのだなと、子供心に思いましたっけ(笑)。
……まあその。
幼児に、なあお母ちゃん、ワタシ、ナンでここに居るの? と、いきなり訊かれてスラッと答えられる母親なんて、ごく一握りでしょう。
私自身、もういい加減大人な年齢ですけど、子や孫にそんな質問をぶつけられ、うろたえずにサラッと答えられる自信はないです(笑)。
小野不由美先生の『十二国記』シリーズの、エピソード0といえる『魔性の子』。
あの小説の主人公である教育実習生の青年は、幼い頃、異界で過ごした時間の心地よさ(おそらく夢だったろうことは、本人も認めている)が忘れられず、生き辛さに苦しんでいました。
なんとなく、わかるなあ、と思いましたネ。
現実にいるのがぼんやり辛い、という感覚。
自分の居場所は多分ここではない、という感覚。
わかるなあ、と、私が思ったということは、少なからぬ『わかるなあ』勢がいたということでしょう、おそらくは作者の小野不由美先生を含め。
そうでなければここまでこの小説、受け入れられなかったでしょうし。
でも。
そもそも本当に、そんな場所などあるのか?
自分を完璧に受け入れてくれる、自分にとって都合の良いユートピアなど。
ガタガタしながらも、自分の居場所は自分で作ってゆくのだと覚る頃、ヒトはおそらく大人になり……自分の身体と自分の魂(心)が『しっくりくる』ようになっているのだと、私はいつしか思うようになっていました。
この辺、もしかすると常にフィジカルを鍛えているアスリートは、比較的若い頃から『しっくりくる』のかなと、思わなくもないですね~。
自分の身体を限界まで使いこなす訓練をしている彼らは、自分の身体と魂(心)が比較的早い時期から一体化して『しっくりくる』のでは?と。
残念ながらアスリートになる訓練をしたことありませんし、アスリートの親しい友人もいないのでわかりませんが(笑)。
話がズレました、戻しましょう。
このハードモードなドリちゃんのお話は、子供時代に誰でも多少は抱える悩み、辛くて普遍的な話になるのかなと、私は改めて思いました。
……ただ。
この話、もっときちんと詰めなければ書けませんし、いったん全部書き出した後、もう一度最初から書き直すという、『クサのツカサ』方式でないとちゃんと形にならなさそう……と、遠い目で思う私(笑)。
私の寿命と物語の完成、どっちが早いかな~( ノД`)シクシク…
他にも書きたいものがありますしねえ、ハハ。
一歩一歩、ガンバリマス。
それではこの辺で。
最後までお読みくださって、どうもありがとうございました。




