第八話:八王寺の学食
「意外だな」
「...何がだよ? 」
「雪ねぇ大好き」
「もう、やめろぉぉぉ」
あれから散々いじられた仁のヒットポイントはもう既に限界間近であった。
「って、おい。雪のアドレスはいいのかよ」
「あ、そうだった。君があまりに面白いのですっかり忘れていた」
「一生、言ってろ」
「まあ、まあ怒るな。ほら送ってくれ頼む」
そう言って、八王寺は苦笑しながら携帯を差し出してきた。
仁も渋々それに応じる。
そして、無事雪のメールアドレスをゲットした八王寺は、
「ついでに君のも頼むかな」
「ああ」
仁は断る理由もないのでそれに応じることにする。
―
「ふふふ」
不適な笑い声を上げながら携帯を眺めている八王寺。
その光景は見ている者の背筋を凍らせる、かもしれない。
「何だよいきなり。変な笑い声出しやがって」
「いや、これでようやく今まで溜まっていたフラストレーションを吐き出せると思うとな」
それを言った後にまた小さくフッと笑う。まるで魔女だ。
「何する気だ? 」
「遊ぶ、雪で」
「雪と、の間違いだろ」
「合ってる」
「何して遊ぶんだよ? 」
「メール」
「は? 」
仁が困惑の表情を浮かべるのと同時に八王寺は自分の携帯の画面を仁に見せる。
「これ」
「今から、一時間以内にこれと同じメールを後10人に送らないと・・・ってこれチェーンメールだろがっ!! 」
「駄目なのか? 」
「駄目だろ、ってか今時そんなメール誰が引っ掛かるんだよっ」
「雪なら」
「・・・いや確かに雪なら、ってそうじゃなくて、それは流石にまずいだろうよ」
「じゃ、どうしたらいいんだ? 」
相変わらず表情の変化に乏しい彼女だが今は少し拗ねているようにも感じられる。
「どうしたらってな」
「そうだ」
仁が少し首を捻っていると、八王寺は突然何かに取り憑かれたようにメールを打っていく。
目にも留まらぬ速さで。30秒も満たないで八王寺は再び仁に携帯を見せる。
文面の最初には「仁です。メルアド変えますた(>_<)登録して下さい(笑)」で始まっていた。
取りあえずはスルーの方向で、仁は先を読み進めていくことにした。
だが、三行目に差し掛かったあたりで仁は躊躇わずそのメールを消去した。
「何をする」
若干、笑いながら八王寺は仁を睨む。
「お前はどこまでこの話を引っ張るつもりだ」
「事実だろ」
「これじゃただの変態だろうが」
「“雪ねぇ大好き”を百回連呼しただけで何が変態なんだ? 」
「それを変態と呼ばないお前の感覚はいかれてるのかっ!? 」
「これも駄目か」
「駄目に決まってるだろっ!! 」
はぁとわざとらしく溜息をついた後、八王寺はすぐにまた別の文章を打ち始める。
「今度は真面目にやれよ」
真面目って何だろうか? そもそもの目的を忘れた仁は自分の台詞に不信感を持つことはない。
「これでどうだ」
仁は差し出された携帯をスッと受け取ると、メールを読み出した。
『七瀬雪へ お前の弟である仁は預かった。返してもらいたければ下に記載する場所へ来い―』
「いや、これ騒ぎが起こるからっ!! 」
「大丈夫だ警察には連絡しないようにと書いてあるから騒ぎにはならない」
誇らしげにピースサインをする八王寺を軽く叩いて、仁は溜息をつく。
「いや、そういう問題じゃないからな」
「どういうことだ」
仁に叩かれた場所をわざとらしく摩りながら八王寺は小首を傾げた。
仁がもう一度深い溜息をつくと、八王寺は
「わかった」
と、眠そうな声で言った。
仁が続きを催促するかのように八王寺に視線を送ると、彼女はニヤッと小さく笑って、
「怖いのだろう? 」
素っ頓狂なことを言い出した。
「は? 」
当然、仁の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。
だが、八王寺はそんな仁を見ると更に小さく笑って、
「とぼけるな。もし、雪が来なかったらと思うと怖いのだろ」
と、言った。
「・・・違うわっ!! 」
「何だ、今の間は? ...怪しい」
「怪しくねえよっ」
「・・・」
無言で見つめてくる八王寺。仁にはその目はまるで獲物を狙う鷹のように見えた。
「おいっ、何かしゃべれよっ」
「・・・」
「えっ、ちょっ何なんだよおいっ」
「・・・」
「頼むから喋ってくれぇ」
「・・・」
「・・・もうやだ」
仁は遂に彼女の無言の睨みに耐えられず机にガクッと項垂れる。
「怖いのだろ? 」
そこでようやく彼女は重い口を開く。
「・・・はい」
もはや、仁には抵抗する力は一ミリも残ってなかったと言う。
―
「楽しかったぞ、仁」
「俺は全然楽しくないがな」
「ま、そう言うな。じゃあ、また今度な」
「もう暫くは会いたくないな」
「ふふふ、それはどうかな。私は直ぐに会える気がするぞ」
そう言って彼女は茶色い髪を揺らしながら自分の今日に戻っていった。
仁もその後ろ姿を見送り、自分のクラスへと帰って行った。
そんなこんなで放課後
「仁」
「・・・」
「まて、なぜ何も言わず逃げる」
「・・・」
そんなこんなで別れてから二時間後に再会した二人は途中まで一緒に帰りました(八王寺が勝手について来ました)。
「・・・疲れた」
ちなみに仁は帰ってからすぐ床につきそのまま朝まで起きなかったそうです。