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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第1話 荷物持ちを、ひとり募集している




「荷物持ちを、ひとり募集している」


王都アルセイン、荷役ギルドの広間。


その一言で朝の騒ぎがぴたりと止んだ。


声の主は黒い外套の男だった。 白金の短髪。頬に古い傷。外套の下から、白い鞘の剣がのぞいている。


勇者だ。


俺は壁際で荷紐を巻いていた。 17歳。荷物持ち5年目。妹の薬代は、3か月たまっている。


周りは丸太みたいな腕ばかりだ。


俺だけ頭ひとつ低い。肩幅だけは、無駄にある。


くすんだ茶髪は後ろで1つに結んである。灰色の目に、そばかす。


継ぎの当たった背負子。腕の青い腕章は、よれよれだ。


広間の真ん中では、腕自慢の荷運びたちがどやどやと名乗りを上げていた。


「俺だ!」「腕っぷしには自信あるぜ!」「重い荷だって平気だ!」


でかい声。でかい腕。汗の匂い。


俺はそっと荷紐を巻き続けた。


目立つな。目立つな。逃げ道、逃げ道……


「おい、チビ!お前も手を挙げろよ!」


後ろからガラの悪い奴が俺の肩を小突いた。


「え、いや、俺は……」


「勇者さまが見てるぞ!見込み違いだと思われたらどうすんだ!」


勇者は前に並んだ大男たちを一人ずつ見た。


見て、何も言わずに通り過ぎた。


足音が近づく。


喉が鳴る。


勇者は俺の前で止まった。


薄青の目だった。


「お前だ」


肩に重い手が置かれた。


広間が静まり返った。


「え。あの。俺じゃなくて、その……」


「いや、その。俺、こんなちっちゃいし。力も全然ないし。人間違いじゃないですかね」


声が裏返った。


後ろを振り返る。誰もいない。壁だ。


髭面の大男がにやつきながら言う。


「そんなチビに、勇者さまの荷が担げるかよ」


後ろから他の連中の声が重なる。


「荷崩れ小僧だぞ」「腕なんか俺の半分だ」「勇者さま、目ぇ悪いのか」


俺は笑われ慣れてる。


笑われて、黙って、俯く。


「……」


勇者は何も言わなかった。


ただ、黒い外套の裾を払って、帳場へ歩いていった。


革袋を開き、金貨を10枚、1枚ずつ並べていく。


勇者が低い声で言った。


「前金だ。戻れば、あと40」


勇者は振り向きもしない。


笑い声は途中で消えた。


広間がどよめいた。


俺は指で数えた。金貨10枚は、銅貨に直すと4,000枚。


日当15枚だから266日と少し。


50枚なら、えっと、3年半……いや、もっとか?


「……マジで?」


声に出てた。誰にも聞かれてない。たぶん。


そこに、勇者は外套の下から黒い鉄の箱を下ろした。


膝の高さ。 継ぎ目に鋲。大きな錠前。


勇者は箱に手を当てて言った。


「これを運べ。王家の聖遺物だ。絶対に開けるな」


髭面の大男が割り込んだ。


「見てろ」


鼻息荒く、鉄箱に手をかけた。


「こんなもん、俺にかかれば――」


持ち上げた瞬間、中身がごろりと片寄った。


「ぐっ……!?」


膝が折れる。


大男は床に倒れ込み、鉄箱は鈍い音を立てて転がった。


広間が静まり返る。


勇者の目だけが、転がった箱を追った。


俺は壁際から出て背負子を下ろした。


箱を背負子に立てる。荷紐を胸の前でたすきに2回、腰で1回締める。


膝で立った。


米俵2つ分。いや、それより偏ってる。


「中で荷が動く箱は、肩じゃなくて腰で受けるんす」


そのまま広間を1周歩いた。


髭面の大男は絶句して自分の手のひらを見ていた。


親方が口笛を吹いた。


「5年は伊達じゃねえな、坊主」


「金貨10枚だぞ」


「なんであいつが」


「俺だって腰で受けりゃ……」


俺は立ち止まった。


荷物は揺れない。重心は定まってる。


勇者はゆっくりと俺の前に立った。


「来い。契約だ」


「……はいっす」


俺は荷紐を締め直した。


◇


ギルドの奥の小部屋で勇者と2人になった。


条件の話を聞いた。長い話だった気がする。


正直、あまり覚えていない。金貨の枚数のことばかり考えていた。


小部屋を出るとき勇者が言った。


「今夜、もう一度聞く」


◇


薬屋の親父は金貨を噛んで確かめた。


「荷物持ちが金貨かい」


店の外で、誰かが鼻で笑った。髭面だ。ついてきたのか、暇なのか。


皺の寄った指が金貨を光に透かす。


俺は3枚を渡した。


「妹の薬代っす。3か月分」


「ふん。律儀だねえ」


親父は帳面を開いて、3か月ぶんの欄を指でなぞった。


赤い線が3本。その上から、黒い線を引く。


「全部……っすか」


「全部だ。ほれ、消えた」


「うわ。マジか」


声が裏返った。


親父がにやっと笑った。


「泣くなよ、ノア坊」


泣いてない。ちょっと目が熱いだけだ。


親父は棚の奥から瓶を取り出し、カウンターに置いた。


俺は残りの7枚を手に握りしめた。


ギルドに戻ると、親方が腕組みしていた。


「坊主。その金、どうする気だ?」


「……預かってもらっていいっすか」


7枚を親方の手に押し込んだ。


「お前、死んだらどうする」


「死なないように頑張るっす」


親方は鼻で笑った。


「ミナちゃんの薬は、毎月俺が買って届けとく。坊主、生きて帰れよ」


「……っす」


親方は俺の頭をぐしゃっと撫でて、背中を叩いた。


痛い。


「行ってこい」


「……行ってきます」


急いで顔を逸らした。


◇


裏通りの2階の一間。


ミナは窓際の椅子で、毛糸の上着にくるまっていた。兄のお古で、袖が余っている。


茶色のおさげが、ほどけかけている。結ぶ暇がなかったんだな。


栗色の大きな目。笑うと、片えくぼが出る。


卓の上に黒パンが1つ。朝の俺の分だ。


俺はそれをミナの皿に置いた。


「兄ちゃんは、もう食った」


ミナは黒パンを両手で持って、小さくちぎった。


「お兄ちゃん、おいしい」


「そりゃよかった」


ミナは口いっぱいに頬張って、むせた。


咳がひとつ胸の奥から零れた。


「ごほっ……」


俺は慌てて、水差しを掴んだ。


渡す手首が細い。袖が余っているせいだけじゃない。


「無理して喋んな。咳が出る」


ミナはそれでも笑った。


「だって、お兄ちゃんの話、聞きたいもん」


「話って、別に……」


言いかけて、言葉が詰まる。


勇者の荷物持ち。王家の聖遺物。金貨50枚。


金貨50枚なんて言っても、この部屋じゃ嘘くさい。


「お兄ちゃん、お金持ちになるんでしょ?」


ミナが目を細めて笑う。


「ちょっとだけ、いつもより稼げる仕事だよ」


「すごいよ。金貨って、黒パン何個分?」


「えっと……」


指を折る。


「1枚で、黒パン400個くらい」


「400!?」


ミナが目を丸くした。


「でもな、40日くらい帰れない」


「えー」


ミナが口を尖らせた。


「40日って、何回寝たら?」


「40回」


「やだ」


ミナが椅子の上で膝を抱えた。


俺は黙った。


「……だよな」


言葉が、それ以上続かない。


咳がひとつ。


ミナは膝に顔をうずめたまま、ぼそっと言った。


「8歳だから、もう1人でお薬飲めるもん」


小さな指が薬の瓶を撫でる。


「……おみやげ、いらない。早く帰ってきて」


「帰ってくるよ」


椅子から降りたミナが、頭を俺の腹に押しつけてきた。


俺は抱いた。


ミナの髪の匂いを覚えておこうと思った。


戸口で隣のおかみさんが顔を出した。


「荷物持ちが勇者さまのお供だって?ミナちゃんは、うちで見ておくから!」


おかみさんはエプロンの紐を締め直して胸を叩いた。


「任せて!水も飲ませるし、咳止めの蜂蜜湯だって作るわよ!」


「……助かります」


俺は深く頭を下げた。


「あの、薬なんですけど……」


俺は薬の瓶を指差した。


「朝と夜、1回ずつ。粉は水に溶かして、飲ませてやってください」


「わかってるわよ、そんなの」


「それで、夜に咳が続くときは、背中をこう、さすってやってください」


「わかってるって」


「あと、あの、もう1回言いますけど、朝と夜、1回ずつ」


「3回目よ」


おかみさんが吹き出した。


ミナが窓枠に両手をかけて小さく手を振る。


「お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」


俺は振り返らずに角を曲がった。


振り返ったら、たぶん歩けなくなる。


角を曲がって、壁に手をついた。


◇


王都の北門を勇者と2人で出た。


「他の人は」


俺が聞くと勇者は前を向いたまま答えた。


「明日合流する」


それ以上何も言わなかった。


俺たちは王都から北へ伸びる石畳を歩いていた。


勇者はほとんど口を開かない。


俺は背負子に体重を乗せ、膝の動きだけで足を進めた。


鉄箱は歩くたびに中でごろりと片寄った。


肩の付け根がじわりと熱くなる。


片寄るたびに、歩幅を半歩詰める。


ほんの少し、腰の角度を前へ。


「荷崩れ小僧って呼ばれたの、5年前なんすよ」


勇者に言ったんじゃない。聞こえてないだろうし。


雨の日に布を掛け損ねて、壊した陶器。倉庫で、棚から落ちた木箱。


……5年だぞ、5年。


「……」


◇


陽が傾き、西の空が茜に染まった頃、勇者が足を止めた。


「ここで野営する」


街道脇の林。石積みの廃屋の跡。


「薪を集めておけ」


「っす」


俺は背負子を下ろして枯れ枝を集めた。


乾いた枝を束ねて、持ってみる。


この束で、朝までちょうどだ。


火打ち石を打つ。火花が散る。乾いた草に落ちる。


ふっと吹けば、橙の火が枝に移る。


「明日は、どのくらい歩くんすか」


「日暮れまでだ」


それだけ。


俺は黙って薪を足した。


勇者は岩に腰を下ろして剣を抜いた。


「飯だ」


勇者が干し肉を1切れ放ってきた。


俺は受け取って懐にしまった。


「ありがとうございます」


焚き火がはぜる。勇者は何も言わない。


沈黙に耐えきれなくなって俺は早口で喋った。


「あ、あの、この辺の木、乾きがいいっすね。火がよく走るっていうか、えっと、風向きもあって、煙があっちに行くんで、目に入らないし、雨も来なさそうで……」


勇者は何も言わなかった。


俺は喋るのをやめた。


火がはぜる音だけが耳に残った。


「なんで俺だったんすか。もっと力のある人、いっぱいいたのに」


勇者は焚き火の炎を見つめたまま、短く答えた。


「荷が運べればいい」


「……そうっすか」


全然、納得いかない。でも聞き返せない。


俺はまた焚き火に目を落とした。


しばらくして勇者がぽつりと言った。


「お前は承知したな」


「はい」


焚き火越しに勇者の薄青の目が光る。


「見張れ。箱から離れるな」


「っす」


俺は背負子の鉄箱にそっと手を添えた。


硬い。冷たい。


何が入ってんだ、これ。


聞いたら怒られそうで、聞けやしない。


運ぶだけ。


運ぶだけっすよ、俺は。


◇


夜が更ける。


焚き火の炎が小さくなっていく。


勇者は剣を抱えて岩にもたれたまま、目を閉じていた。


眠っているのか眠っていないのか。


俺は箱を膝の前に置いて座った。


風の音。薪のはぜる音。


かり。


箱の中で何かが爪を立てた。


音は小さい。だが、確かに聞こえた。


間を置いて、もう2回。


かり。かり。


「……やめろって」


小声で言った。箱に言ったのか、自分に言ったのか。分からない。


俺は焚き火の向こうに声をかけた。


「勇者さま」


返事はない。


勇者の寝息を探した。風の音しかしない。


かり。


「勘弁してくれ」


俺は箱の継ぎ目を指で押さえた。


動いた。


中で何かが動いた。


荷崩れだ。そう思いたい。


荷崩れなら、縄を締め直せばいい。でも縛ってるのは外側だ。中は縛れない。


箱に耳を寄せた。


かり。かり。かり。


「……マジか」


小声になった。荷が転がる音じゃない。


俺は箱に手を置いた。


鉄が冷たい。


気づけば朝だった。


鳥の声がした。


焚き火は灰になっていた。勇者はもう起きて、黒い外套を羽織っている。


火の始末をして、背負子を担いだ。あれ、と思ったのはそのときだ。


「……あれ」


肩が楽だ。


「軽くね?これ」


背負子を揺すってみる。中で、何も転がらない。


昨日の夜、あんなにかりかり言ってたのに。


勇者の背中は、聞ける雰囲気じゃなかった。

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