第14話 戻ってこい、アレン。お前を許してやる
リーフェル村の朝は、いつもより少しだけ静かだった。
いや、鶏は鳴いていた。
井戸端ではマルタさんたちが水を汲み、畑では若者たちが鍬を持って集まり、ぷる太は井戸の縁でぷるぷるしている。子供たちも元気だ。ミナなど、朝からぷる太に向かって「今日は光っちゃだめだよ」と念を押していた。
けれど、どこか村全体が息を潜めている。
理由は分かっている。
王都から、勇者パーティーが来るかもしれないからだ。
「師匠、お茶です」
シルフィが木杯を差し出してくれた。
中身は薬草茶だ。今朝は少し苦めで、眠気が飛ぶ香りがする。
「ありがとう」
受け取って一口飲む。
温かい。
喉を通った瞬間、胸の奥の強張りが少しだけほどけた。
「緊張していますか」
「してる」
正直に答えた。
シルフィは俺の隣に立ったまま、村の入口へ視線を向ける。
「会いたくないなら、会わなくてもよいのですよ」
「それは……」
「村長様も同じ考えです。師匠が望まないなら、門前で追い返します」
静かな声だった。
でも、本気だった。
昨日から、シルフィはずっとこうだ。
俺を守る、と決めた顔をしている。
ありがたい。
ありがたいのだが、同時に少し申し訳なくもある。
「たぶん、会わないまま追い返したら、ずっと気になる」
「勇者パーティーの方々が、ですか」
「うん。ガレスの肩とか、ミラの杖とか、リーナの魔力消耗とか」
「カイルという方は?」
「……あいつも、怪我してるなら気になる」
シルフィは少しだけ眉を下げた。
「師匠らしいですね」
「呆れた?」
「少し」
「正直だな」
「弟子ですので」
最近、その言葉が何でも通る鍵みたいになっている。
俺は苦笑しながら、木杯を両手で包んだ。
村の入口では、村長と門番老人がすでに待っている。北柵も東門も、昨日のうちに確認済みだ。世界樹の若木にはシルフィが簡単な幻視術をかけ、遠目には普通の若木に見えるようにしてある。
ぷる太には「ただの少し賢いスライム」という役を与えた。
本人が理解しているかは微妙だ。
「ぷる太、今日は大人しくしてるんだぞ」
声をかけると、ぷる太は井戸の縁でぷるんと跳ねた。
その瞬間、体がうっすら金色に光りかける。
「光らない」
「ぷるっ」
慌てて光が引っ込んだ。
……理解はしているらしい。
ミナが小声で言う。
「ぷる太、がんばってる」
「うん。偉いな」
「アレンお兄ちゃんも、がんばって」
ミナが俺を見上げた。
その目があまりにも真っすぐで、少し困ってしまった。
「ありがとう」
「嫌なこと言われたら、ミナが怒るからね」
「ミナが?」
「うん。あと、ぷる太も怒る」
「ぷる!」
ぷる太が力強く跳ねる。
シルフィが静かに言った。
「私も怒ります」
「それが一番怖いかもしれない」
「必要なら、事実を丁寧に説明します」
「その丁寧って、だいぶ鋭いやつだろ」
「はい」
否定しない。
でも、その会話のおかげで、少しだけ肩の力が抜けた。
その時、門番老人の声が飛んだ。
「馬車だ!」
村の空気が変わる。
俺はゆっくり顔を上げた。
東の街道から、一台の馬車が近づいてくる。
馬車の側面には、冒険者ギルドの紋章。
御者台には知らない男。
荷台の中に、人影が見える。
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
来た。
来てしまった。
◇
馬車はリーフェル村の入口から少し離れた場所で止まった。
最初に降りてきたのは、ギルド職員のマリナさんだった。
栗色の髪を後ろで束ね、いつもの受付服ではなく旅装をしている。だが、背筋の伸び方も、落ち着いた目も、王都のギルドで見た時と同じだった。
彼女は村長の前まで歩き、丁寧に頭を下げた。
「突然の訪問、失礼いたします。王都冒険者ギルド職員、マリナと申します」
村長は杖を突いたまま、彼女を見た。
「リーフェル村の村長だ。手紙は受け取っておる」
「ありがとうございます。こちらに、アレン様が滞在していると伺っております」
「いる」
村長の返事は短かった。
マリナさんは俺の方を見た。
目が合う。
彼女は少しだけ表情を和らげた。
「アレン様。ご無事で何よりです」
「マリナさんも。わざわざ来てくれたんですね」
「はい。本来なら文書で済ませるべきところですが、今回は直接確認した方がよいと判断しました」
その言い方に、俺は馬車の方を見た。
次に降りてきたのは、リーナだった。
白い僧侶服の上から旅用の外套を羽織っている。顔色は以前より悪い。目元に疲れが残っていた。
俺を見るなり、彼女は小さく息を呑んだ。
「アレンさん……」
その声だけで、胸が痛んだ。
怒りより先に、心配が来てしまう。
「リーナ、顔色悪いぞ。魔力、かなり減ってるんじゃないか?」
自然に口から出た。
リーナの顔がくしゃりと歪む。
「……最初に、それを言うんですね」
「え?」
「ごめんなさい」
リーナはその場で頭を下げた。
深く。
驚いて、俺は一歩前に出かけた。
「リーナ?」
「ごめんなさい、アレンさん。私は、あなたに何も言えませんでした。あの時、止めるべきだったのに。あなたが最後まで私たちを心配してくれていたのに、私は黙っていました」
「いや、リーナは立場もあったし」
「それでもです」
リーナは顔を上げた。
目には涙が浮かんでいた。
「あなたがいなくなって、ようやく分かりました。私の治癒がどれだけあなたに支えられていたのか。食事も、休息も、魔力の流れも、全部……全部、当たり前ではありませんでした」
言葉が出なかった。
リーナに謝られるとは思っていなかった。
いや、謝ってほしかったのかどうかも、自分で分からない。
次に降りてきたのはガレスだった。
大柄な体を少し傾けている。左肩は包帯で固定され、太腿もかばっていた。
「アレン」
「ガレス、その肩」
「悪い」
彼は俺の言葉を遮るように頭を下げた。
あの豪快なガレスが、だ。
「鎧のこと、聞かなかった。お前が言ってくれたのに、馬鹿にした。結果、このざまだ」
「見せてくれれば、あとで応急処置くらいは」
「そういうところだぞ」
ガレスは苦い顔で笑った。
「俺たちがひでぇこと言って追い出した相手に、最初に怪我の心配するな」
「でも、痛いだろ」
「痛ぇよ。だから余計に自分が情けねぇ」
ガレスは大きな体を小さくするように、もう一度頭を下げた。
「すまなかった」
その隣に、ミラが立った。
赤いローブは以前より地味な旅装に変わっている。杖の魔石部分には応急修理の跡があった。
「アレン」
「ミラ、杖は」
「まず謝らせて」
ミラの声は固かった。
でも、震えていた。
「私は、あなたの付与を見ようとしなかった。地味だとか、荷物番だとか、料理係だとか、散々言った。あなたが杖のことを心配してくれた時も、聞かなかった」
「……」
「あなたがいなくなってから、魔法がまともに制御できなくなった。自分の実力だと思ってたものの中に、あなたの補助がどれだけあったのか、嫌でも思い知った」
ミラは唇を噛み、頭を下げた。
「ごめんなさい。許してもらえると思ってない。でも、謝らないまま会うのは、もっと最低だと思った」
三人が頭を下げている。
俺はただ立っていた。
村人たちは黙って見ている。
シルフィも黙っている。
ただ、俺のすぐ隣に立ってくれていた。
それが、ひどく心強かった。
そして最後に。
カイルが馬車から降りた。
白銀の鎧は磨かれている。
聖剣も腰にある。
だが、以前のような眩しさはなかった。
彼は俺を見た。
俺も見た。
しばらく、何も言えなかった。
カイルはゆっくり歩いてくる。
リーナたちの少し前に立ち、腕を組んだ。
「アレン」
「カイル」
名前を呼ぶだけで、過去の空気が戻りそうになった。
焚き火の夜。
無能と言われた声。
銀貨の革袋。
二度と現れるなという言葉。
胸の奥が冷たくなる。
でも、足は下がらなかった。
「お前を探していた」
「……そうか」
「勇者パーティーは、今、人手が足りない」
隣でシルフィの空気が冷えた。
村長の眉が動く。
マリナさんが小さく息を吐いた。
カイルはそれに気づかず、続けた。
「戻ってこい、アレン」
懐かしい命令口調だった。
「今なら、お前を許してやる」
村の空気が凍った。
リーナの顔が真っ青になる。
「カイル……!」
ミラが低く言った。
「あなた、本気で言ってるの?」
ガレスが額に手を当てた。
「お前……ここまで来てそれかよ」
カイルは三人を無視した。
いや、無視しようとした。
彼は俺だけを見ていた。
ただし、それは俺という人間を見ている目ではなかった。
失った機能を取り戻そうとする目。
足りなくなった部品を探す目。
その視線に気づいた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。
痛みはあった。
でも、以前のように縮こまる感じではない。
シルフィが一歩前へ出た。
「今、何とおっしゃいましたか」
声が静かだった。
とても静かだった。
だからこそ、怖かった。
カイルは初めてシルフィをまともに見た。
「誰だ、お前は」
「シルフィ・リーフェン。アレン師匠の弟子です」
「弟子?」
カイルが眉をひそめる。
「アレンの?」
「はい」
「こいつが何を教えるというんだ」
空気がさらに冷えた。
シルフィの青い瞳が、まっすぐカイルを射抜く。
「その言葉だけで、あなたが師匠を何一つ見ていなかったことが分かります」
「何だと」
「焼き切れた魔力回路を修復し、枯れた土地を蘇らせ、弱った魔物を守護獣へ導き、村の水と畑と人々を支えている方を、あなたはまだ『こいつ』と呼ぶのですね」
「シルフィ」
俺は小さく声をかけた。
止めるためではない。
ただ、彼女が怒りすぎて自分を苦しめないように。
シルフィは一瞬だけ俺を見る。
それから、少しだけ声を抑えた。
「失礼しました、師匠。ですが、黙ることはできません」
「うん」
俺は頷いた。
「ありがとう」
シルフィの表情がわずかに揺れた。
カイルは苛立ったように言った。
「エルフの小娘が知ったような口を利くな。これは勇者パーティーの問題だ」
「違う」
今度は俺が言った。
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
カイルの目がこちらへ戻る。
「何?」
「これは、もう勇者パーティーの問題だけじゃない。俺の問題でもあるし、この村の問題でもある」
「この村?」
カイルはようやく村を見回した。
そして、少しずつ表情を変えた。
リーフェル村は、彼が想像していた辺境の貧村ではなかった。
畑は青く芽吹いている。
井戸の水は澄み、村人たちの顔色は良い。
柵は古い木のはずなのに、不思議なほどしっかりしている。
家々は質素だが、空気が明るい。
子供たちは怖がりながらも、村人の後ろからこちらを見ている。
そして、俺の肩にはぷる太がいる。
ただのスライムのふりをしているが、緊張しているのか、ぷるぷる震えていた。
カイルは目を細めた。
「……何だ、この村は」
「リーフェル村だよ」
「こんな豊かな村だったか?」
「最近、少し畑が元気になった」
俺が言うと、シルフィが小声で言った。
「少し、ではありません」
「今は少しということにしてくれ」
村長が杖を突いて前へ出た。
「勇者殿」
カイルを見る目は厳しい。
「ここはリーフェル村だ。アレンは今、この村の者として暮らしておる」
「村の者?」
カイルは不快そうに眉を寄せた。
「アレンは勇者パーティーの付与術師だ」
「違う」
村長の返事は短かった。
「お前が追放したと聞いた。ならば今は違う」
カイルの顔が強張る。
「俺は、今なら戻してやると言っている」
「戻してやる?」
村長の声が低くなる。
「お前さんは、人を何だと思っておる」
「村長様」
マリナさんが一歩前に出る。
「カイル様。出発前に申し上げたはずです。アレン様の意思を第一に扱う、と」
「俺は話をしているだけだ」
「命令に聞こえます」
ミラが冷たく言った。
「かなりね」
リーナは震える声で続ける。
「カイル。謝ってください。今すぐ」
「なぜ俺が」
「それが分からないなら、もう何も言えません」
リーナの声は悲しそうだった。
ガレスも低く言う。
「アレン。悪い。俺たちは謝りに来た。少なくとも俺はそのつもりだった。こいつの言葉まで、俺たちの総意だとは思わないでくれ」
「ガレス……」
「本当に、すまん」
ガレスはもう一度頭を下げた。
ミラも下げる。
リーナも。
三人の謝罪は受け取れる。
少なくとも、彼らは自分の言葉で向き合おうとしている。
でも、カイルは違う。
彼はまだ、俺を見ていない。
「アレン」
カイルが俺の名を呼んだ。
「お前が戻れば、また以前の勇者パーティーに戻れる。報酬も出す。待遇も改善する。雑用だけではなく、正式な支援役として扱ってやる」
扱ってやる。
その言葉に、胸の奥が静かに沈んだ。
以前なら、揺れただろう。
必要だと言われた。
戻ってもいいと言われた。
待遇も改善すると。
その言葉に、縋りたくなったかもしれない。
でも、今は違う。
ここには、俺の家がある。
畑がある。
井戸がある。
ぷる太がいる。
シルフィがいる。
村人たちがいる。
そして何より、俺を道具ではなく、一人の人間として止めてくれる人たちがいる。
「カイル」
俺は言った。
「俺は、戻らない」
カイルの表情が止まった。
「……何?」
「勇者パーティーには戻らない」
言葉にした瞬間、胸の奥が少し震えた。
怖くないわけではない。
でも、言えた。
ちゃんと言えた。
シルフィが隣で小さく息を吐いたのが分かった。
村長も黙って頷いている。
「なぜだ」
カイルの声が低くなる。
「勇者パーティーだぞ。名誉も報酬もある。お前のような付与術師が、本来なら立てる場所ではない」
「それでも戻らない」
「辺境の村で土いじりをしている方がいいと言うのか」
「うん」
即答だった。
自分でも驚いた。
でも、本心だった。
「俺は、ここで畑を手伝って、柵を直して、村の人たちと飯を食って、ちゃんと眠れる。それがいい」
「そんなもの」
カイルが吐き捨てる。
「勇者パーティーの栄光に比べれば、何の価値もない」
その瞬間、ミナが村人の後ろから叫んだ。
「あるよ!」
皆が驚いて振り返る。
ミナは怖そうにしながらも、ぷる太を抱きしめて前に出た。
「アレンお兄ちゃんは、村の畑を元気にしてくれた! ぷる太も助けてくれた! おじいちゃんの腰も治してくれた! ミナの膝も治してくれた! 価値あるよ!」
「ミナ」
俺は胸が詰まった。
カイルは困惑したように子供を見る。
自分の言葉に、子供が反論してくるとは思っていなかったのだろう。
ぷる太も、ミナの腕の中でぷるぷる震えた。
「ぷる!」
「ぷる太もそう言ってる!」
「いや、何と言ったかは分からないけど」
思わず突っ込むと、村人たちの間に小さな笑いが起きた。
張り詰めた空気が、少しだけ緩む。
だが、カイルだけは笑わなかった。
「アレン。お前は本気で、勇者パーティーよりこの村を選ぶのか」
「うん」
「俺が必要だと言っているのに?」
「カイルが必要なのは、俺じゃなくて俺の力だろ」
言った瞬間、カイルが黙った。
その沈黙が答えだった。
リーナが目を伏せる。
ミラは唇を噛む。
ガレスは苦しそうな顔をした。
「俺はもう、便利だから必要とされる場所には戻りたくない」
声が少し震えた。
でも、止まらなかった。
「俺は、ここで初めて、休んでいいって言われた。働きすぎたら止めるって言われた。家ももらった。弟子もできた。村の人たちは、俺に謝るな、よろしくお願いしますって言えって言ってくれた」
マルタさんが目元を押さえているのが見えた。
村長は黙って立っている。
シルフィは俺の隣で、背筋を伸ばしていた。
「だから、戻らない」
カイルはしばらく俺を見ていた。
その目に、怒りが浮かぶ。
理解できない、という怒り。
自分の命令が通らないことへの怒り。
そしてたぶん、ほんの少しの恐れ。
「……後悔するぞ」
カイルが言った。
「勇者パーティーに戻れる機会を捨てたことを」
「するかもしれない」
俺は正直に答えた。
「でも、戻ったらもっと後悔すると思う」
「アレン……!」
カイルが一歩前に出た。
その瞬間、ぷる太がミナの腕から飛び出した。
俺の前に着地する。
「ぷる!」
小さなスライムのはずなのに、その瞬間だけ、空気が震えた。
ぷる太の体から、抑えていた金色の光が漏れる。
村の柵が淡く輝き、井戸の水面が揺れ、畑の芽がさわさわと音を立てた。
シルフィが低く言う。
「カイル様。それ以上、師匠に近づかないでください」
カイルは目を見開いた。
「何だ、このスライムは……」
「村の子です」
ミナが叫んだ。
「あと、アレンお兄ちゃんの味方!」
「ぷる!」
ぷる太が力強く震える。
村長が杖を突いた。
「勇者殿。今日はここまでだ。アレンの意思は聞いた。これ以上迫るなら、村として退去を願う」
「俺を追い返すのか」
「そうだ」
村長は一歩も引かなかった。
「この村では、勇者の肩書きより、村の者の意思を重んじる」
カイルの拳が震える。
だが、動けない。
ぷる太の放つ圧のせいか。
村人たちの視線のせいか。
それとも、俺がはっきり拒絶したことが、まだ理解できていないのか。
リーナが静かに頭を下げた。
「アレンさん。今日は、本当にすみませんでした」
「リーナは謝ってくれたから」
「でも、また傷つけてしまいました」
「……大丈夫」
完全に大丈夫ではない。
でも、前よりは大丈夫だった。
リーナは涙をこらえるように頷く。
「また、改めて謝らせてください。今度は、あなたを戻すためではなく、ただ謝るために」
「うん」
ミラも言った。
「私も。今日は……ごめん。こいつを止めきれなかった」
「ミラ、杖はあとで見ようか」
「だから、そういうところよ」
ミラは苦笑した。
「でも、ありがとう。今は、その言葉だけで十分」
ガレスも頭を下げる。
「俺も出直す。肩は……自分で医者に見せる」
「無理するなよ」
「本当に、お前は……」
ガレスは顔を歪めた。
「悪かったな、アレン」
マリナさんが場を締めるように言った。
「本日は一度、王都へ戻ります。村長様、アレン様、ご迷惑をおかけしました」
「ギルド職員殿は筋を通した。こちらも承知しておる」
村長はそう答えた。
カイルだけが、最後まで納得していない顔をしていた。
馬車へ戻る直前、彼は振り返った。
「アレン」
「何だ」
「お前は、勇者パーティーなしで何者になれると思っている」
ひどく冷たい言葉だった。
でも、不思議と刺さらなかった。
俺が答える前に、シルフィが言った。
「師匠はもう、誰かの肩書きにぶら下がる必要はありません」
村長が続ける。
「この村のアレンだ」
ミナが叫ぶ。
「ぷる太の友達!」
「ぷる!」
マルタさんが笑った。
「うちの村の働きすぎな若者だよ」
門番老人も言う。
「あと、年寄りの腰痛の希望だな」
「それはちょっと嫌です」
思わず俺が言うと、村人たちが笑った。
その笑いの中で、カイルは何も言い返せなかった。
馬車の扉が閉まる。
車輪が動き出す。
勇者パーティーは、何も得られないままリーフェル村を去っていった。
◇
馬車が見えなくなった後、俺はその場に立ったままだった。
力が抜けた。
膝が少し震えている。
緊張していたらしい。
シルフィがそっと声をかける。
「師匠」
「うん」
「よく言えました」
「子供みたいだな」
「褒めています」
「ありがとう」
本当に、ありがたかった。
村長が近づいてきた。
「アレン」
「はい」
「戻らないと言ったな」
「言いました」
「後悔は?」
俺は少し考えた。
胸はまだ痛い。
リーナたちの謝罪は受け取った。
でも、過去が全部消えたわけではない。
カイルの言葉も、まだ耳に残っている。
それでも。
村を見た。
畑、井戸、ぷる太、シルフィ、村人たち。
俺の家。
「今のところ、ありません」
「そうか」
村長は満足そうに頷いた。
「なら飯だ」
「え?」
「腹が減った。緊張すると腹が減る」
門番老人がすかさず言う。
「兄者、それは年中だろう」
「お前も食うだろうが」
「食う」
村人たちが一斉に動き出す。
マルタさんが手を叩いた。
「昼にしよう! 今日はアレンがちゃんと言えた祝いだ!」
「祝いにするんですか」
「するよ。こういうのは勢いだよ」
ミナが跳ねた。
「ぷる太もお祝い!」
「ぷる!」
ぷる太が金色に光った。
「ぷる太、もう光っていいぞ」
「ぷるる!」
嬉しそうに跳ねるぷる太を見て、村人たちが笑う。
その笑い声の中で、俺はようやく息を吐いた。
戻らない。
そう言えた。
たったそれだけのことなのに、胸の奥にあった重い石が、少しだけ動いた気がした。




