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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第1話 無能付与術師、勇者パーティーを追放される

「アレン。お前、今日でこのパーティーを抜けろ」


 魔王軍の斥候部隊を退けた帰り道だった。


 王都から北に二日ほど進んだ場所にある古い砦。その近くの野営地で、勇者カイルは何でもないことのようにそう言った。


 焚き火の炎が、ぱち、と小さく爆ぜる。


 肉を焼いていた串から油が落ち、香ばしい匂いが夜気に混じった。


 俺は手に持っていた木皿を落としかけた。


「……え?」


 情けない声が出た。


 カイルは金色の髪をかき上げ、わざとらしく肩をすくめる。白銀の鎧は魔物の返り血ひとつ浴びていない。今日も最前線で剣を振るっていたはずなのに、その姿はまるで凱旋式の直前みたいに整っていた。


 勇者。


 女神から聖剣を授かった選ばれし者。


 その肩書きにふさわしい見た目だけは、相変わらず嫌になるほど華やかだった。


「聞こえなかったのか? お前はクビだと言ったんだ、アレン」


「クビって……どうして急に」


「急じゃない。俺は前から思っていた」


 カイルの隣で、重戦士のガレスが鼻を鳴らした。


 熊みたいな体格の男だ。普段なら酒樽を抱えて笑っていることが多いが、今夜はその顔に妙な優越感が張り付いている。


「まあ、潮時だろ。アレン、お前も分かってたんじゃねぇか? 俺たちとお前じゃ格が違うってよ」


「格……」


 俺は自分の手を見た。


 薄汚れた指先。洗っても落ちない薬草の染み。鞄の紐を何度も直したせいでできた細かな傷。


 剣を握る手ではない。


 聖なる奇跡を起こす手でもない。


 俺は付与術師だ。


 味方の武器や防具に、少しだけ力を乗せる。身体を軽くする。疲れにくくする。集中しやすくする。


 地味な術だ。


 派手な炎も出ない。竜を一刀両断することもできない。傷を一瞬で癒やす光を放つこともない。


 だから、戦闘中に俺が何かをしているように見えないのは、仕方ないことだと思っていた。


 それでも。


 俺は俺なりに、必死だった。


「俺、今日の戦いでも全員に付与をかけてた。カイルの剣にも、ガレスの鎧にも、ミラの杖にも、リーナの聖印にも」


「だから何だ?」


 カイルは笑った。


 笑った、というより、吐き捨てた。


「お前の付与など、あってもなくても同じだ」


 胸の奥が、きゅっと縮む。


 魔法使いのミラが横髪を指に巻きながら、面倒くさそうにため息をついた。


「正直言うとさ、アレンって荷物番と料理係の印象しかないのよね。付与術師って言っても、何が変わってるのか全然分からないし」


「ミラまで……」


「だって本当のことじゃない」


 ミラは悪びれもしなかった。


 赤いローブを着た彼女は、パーティーでも一、二を争う実力の攻撃魔法使いだ。戦闘では派手な炎を放ち、魔物の群れを一掃する。そのたびに周囲から歓声が上がる。


 俺の付与で詠唱速度が上がっていることも、魔力の消費が抑えられていることも、たぶん彼女は知らない。


 いや、俺だってはっきり説明できるわけじゃない。


 俺の付与は昔から妙だった。


 術式を唱えなくても、勝手にかかる。


 意識していない相手にも、そばにいるだけで効果が出る。


 けれど、見た目はあまり変わらない。手応えもない。


 だから俺自身も、ずっと思っていた。


 もしかして、本当に大したことがないのではないか、と。


「でも、急に抜けろって言われても困る。次の補給計画もまだ途中だし、砦周辺の魔物分布も調べきってない。ガレスの鎧も、明日には留め具を直さないと危ないし、ミラの杖だって魔石の固定が緩んで――」


「ほら、それだ」


 カイルが俺を指さした。


「お前はいつも雑用の話ばかりだ。勇者パーティーに必要なのは、強者だ。世界を救う戦いに、荷物の整理が上手いだけの男はいらない」


 言葉が出なかった。


 焚き火の向こうで、僧侶リーナが俯いているのが見えた。


 彼女だけは、何か言いたそうだった。淡い金髪が揺れ、白い指が膝の上でぎゅっと握られている。


「リーナ……」


 俺は思わず名前を呼んだ。


 リーナは顔を上げた。


 青い瞳が揺れていた。


 でも、彼女はすぐに目を逸らした。


「ごめんなさい、アレンさん。私は……」


「リーナ、余計なことを言うな」


 カイルの声が低くなる。


 それだけで、リーナの肩が小さく震えた。


 彼女は黙った。


 俺は、その沈黙で十分だった。


 責める気にはなれなかった。


 このパーティーでカイルに逆らうのは、簡単なことじゃない。勇者という肩書きだけではなく、彼の背後には王国騎士団と神殿がいる。リーナは神殿出身だ。立場もある。


 分かっている。


 分かっているのに、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。


「アレン」


 カイルが革袋を投げてよこした。


 足元に落ちたそれは、軽い音を立てた。


「これまでの雑用代だ。感謝しろ」


「……これだけ?」


 拾い上げた袋の中には、銀貨が数枚入っているだけだった。


 俺たちは今日、魔王軍の斥候部隊を討伐した。報酬はそれなりに出るはずだ。俺も戦闘準備、結界補助、負傷者の処置、撤収作業までやった。


 けれどカイルは平然としていた。


「不満か?」


「いや……」


「なら黙って受け取れ。お前みたいな底辺付与術師にしては破格だろう」


 ガレスが笑った。


「まあ、村に戻って畑でも耕せよ。お前にはそっちの方が似合ってる」


 ミラも肩をすくめる。


「そうそう。勇者パーティーの名前にしがみついてるより、よっぽど平和なんじゃない?」


 畑。


 その言葉が、なぜか少しだけ胸に残った。


 怒りより先に、疲れが来た。


 この数年、俺はずっと走ってきた。


 カイルたちが前に進めるように、装備を整え、野営地を作り、食料を管理し、移動計画を立て、魔物の習性を調べ、夜中に結界を張り直し、朝になれば何事もなかった顔で湯を沸かした。


 褒められたことは、ほとんどない。


 それでも、世界を救う旅の役に立っているならいいと思っていた。


 誰かがやらなければいけないことなら、俺がやればいい。


 そう思っていた。


 でも。


「分かった」


 自分でも驚くほど、静かな声が出た。


 カイルが眉を上げる。


「ほう。思ったより聞き分けがいいな」


「俺は抜ける」


「当然だ」


「ただ、みんなの装備だけ確認させてくれ。明日の移動中に故障したら危ない」


 俺がそう言うと、ガレスが露骨に顔をしかめた。


「最後まで雑用根性かよ。いいっての。お前が触ると縁起が悪い」


「でも、ガレスの鎧は本当に――」


「いらねぇって言ってんだろ」


 ガレスはわざと大きく肩を回してみせた。


 その鎧の左肩部分。


 留め具に細い亀裂が走っている。


 昼の戦闘で魔物の斧を受けたときについたものだ。俺の付与で衝撃を逃がしていたから壊れなかったが、次に強い一撃を受ければ外れるかもしれない。


 言うべきか迷った。


 けれど、ガレスの目を見て、俺は口を閉じた。


 もう、聞いてくれない。


「ミラの杖も、魔石が……」


「しつこい」


 ミラは杖を胸に抱き、不快そうに俺を睨んだ。


「私の杖の管理くらい、自分でできるわ」


「……そっか」


 リーナの聖印は、まだ光っていた。


 俺の付与が残っているからだ。


 いや、正確には分からない。俺には自分の術の強さが見えない。ただ、長年の感覚で、今も仲間たちの周りに薄い何かが巡っているのは分かる。


 体力の底上げ。


 武器の強化。


 毒と呪いへの耐性。


 魔力循環の補助。


 集中力の維持。


 睡眠時の回復促進。


 そういう細かなものが、幾重にも重なって、彼らを守っていた。


 たぶん。


 たぶん、だけど。


「荷物はまとめておいた方がいいぞ」


 カイルが言った。


「夜明けには俺たちは王都に戻る。お前はその前に消えろ。勇者パーティーの出立に、みすぼらしい元仲間の姿があると士気が下がる」


 そこまで言うのか。


 そう思ったが、不思議と怒鳴る気にはならなかった。


 俺は革袋を腰に下げ、自分の荷物をまとめ始めた。


 荷物といっても大したものはない。


 着替えが二組。古い短杖。携帯鍋。薬草入れ。補修道具。日誌。地図。干し肉。小瓶いくつか。


 勇者パーティーの備品は置いていく。


 何年も使い込んだ調理道具に触れたときだけ、少し手が止まった。


 この鍋で、何度もスープを作った。


 カイルが文句を言いながらも三杯食べたことがあった。


 ミラが辛い物は苦手だと知ったのも、この鍋のおかげだった。


 リーナが疲れている夜には、消化の良い麦粥を作った。


 ガレスは味が薄いと毎回文句を言い、結局最後まで食べた。


 そういうものまで、全部置いていくのかと思うと、喉の奥が少し痛くなった。


「何を未練がましくしている」


 カイルが冷たく言った。


「勇者パーティーの物だ。お前の物じゃない」


「……分かってる」


 俺は手を離した。


 古い鍋が、焚き火の光を鈍く返した。


 リーナが立ち上がりかけた。


「アレンさん、せめて食料を少し――」


「リーナ」


 カイルが彼女を見る。


 それだけで、リーナはまた座った。


 俺は笑おうとした。


 うまく笑えたかは分からない。


「大丈夫。干し肉はあるし、近くの街道沿いに宿場町もある。なんとかなるよ」


「でも……」


「今までありがとう、リーナ」


 彼女の顔が歪んだ。


 リーナは何かを言おうとしたが、結局、声にはならなかった。


 俺は背を向けた。


 そのときだった。


 ふっと、空気が軽くなった。


 いや、逆かもしれない。


 俺の周囲だけが、少しだけ静かになった。


 長い間、常に背中に感じていた重みが消えたような感覚があった。四人分の体温、呼吸、魔力の流れ。無意識に拾い、無意識に支えていたものが、すっと手から離れる。


 同時に、カイルたちの体を包んでいた薄い光が消えた。


 ほんの一瞬だった。


 焚き火の火の粉よりも淡い、月明かりよりも頼りない光。


 誰も気づかない。


 カイルは腕を組んだまま勝ち誇っている。


 ガレスは欠伸をしている。


 ミラは爪の先を見ている。


 リーナだけが、小さく身震いした。


「……寒い?」


 俺が思わず尋ねると、リーナは自分の腕を抱いた。


「いえ。今、何か……」


「何か?」


「分かりません。ただ、急に……」


「リーナ。もういい」


 カイルが苛立った声を出す。


「無能に構うな。空気が悪くなる」


 リーナは唇を噛んだ。


 俺はもう一度だけ、四人を見た。


 何か言うべきだったのかもしれない。


 気をつけろ、とか。


 無理をするな、とか。


 俺の付与が切れた後は、今までと同じようには戦えないかもしれない、とか。


 でも、それを言ったところで、誰が信じるだろう。


 俺自身でさえ、自分の力を信じきれていないのに。


「じゃあ、行くよ」


 そう言って、俺は野営地を出た。


 背中にカイルの声が飛んでくる。


「二度と俺たちの前に現れるなよ、アレン!」


 俺は振り返らなかった。


 月の細い夜だった。


 街道は暗く、森の奥では夜鳥が鳴いている。王都へ続く道とは逆方向に足を向ける。地図によれば、東へ進めば小さな村がいくつかある。さらに奥には、辺境のリーフェル村という名も載っていた。


 何もない村だと、前に商人から聞いたことがある。


 畑は痩せ、若者は少なく、魔物除けの柵も古い。


 けれど水は澄んでいて、空気は良く、人は穏やかだという。


 畑でも耕せ。


 ガレスの馬鹿にした声が頭に残る。


 でも、不思議と悪くないと思った。


「畑か……」


 俺は夜道を歩きながら、小さく呟いた。


 朝起きて、水を汲んで、土を触って、昼になったら飯を食べて、夜はちゃんと眠る。


 誰かに怒鳴られない。


 何かを失敗したと責められない。


 戦闘の前夜に、全員分の装備と食料と薬を確認して朝まで眠れない、なんてこともない。


「……それ、いいかもしれないな」


 声に出すと、少しだけ胸が軽くなった。


 もちろん不安はある。


 金はほとんどない。仕事の当てもない。付与術師ひとりで辺境に行って、食べていけるかどうかも分からない。


 それでも、今夜の空は広かった。


 勇者パーティーの野営地から離れるほど、呼吸がしやすくなる。


 俺は、そんなことにも気づいていなかった。


 どれだけ肩に力を入れていたのか。


 どれだけ「役に立たなければ」と思い詰めていたのか。


「まずは、寝床だな」


 そう言って歩き出した俺の足元で、枯れかけていた小さな草が揺れた。


 街道脇の石の隙間から出ている、踏まれれば折れてしまいそうな薬草だった。


 葉は黄色く変色し、茎も曲がっている。


「お前も大変だな」


 俺は腰の水筒を取った。


 少し迷ったが、ほんの数滴だけ根元に垂らす。


「俺も今日から無職だ。お互い頑張ろう」


 そんな馬鹿みたいなことを言って、俺はまた歩き出した。


 背後で、柔らかな光がこぼれたことには気づかなかった。


 枯れかけていた薬草の葉が、夜露を浴びたように艶を取り戻す。細かった茎が伸び、淡い金色の筋が葉脈に走る。普通なら王都の薬師が一束で金貨を出すような霊薬草へと変わっていく。


 さらにその周囲の土まで、黒く肥えていった。


 俺は何も知らないまま、辺境へ向かって歩いていた。


 ただ、もう怒鳴られずに暮らしたい。


 誰かの役に立てなくても、せめて自分で自分の飯を作って、静かに眠りたい。


 それだけを考えていた。


 そして、俺がそんな呑気なことを考えていた頃。


 野営地では、勇者カイルが聖剣を抜こうとしていた。


「……ん?」


 カイルは眉をひそめた。


 聖剣が、いつもより重い。


 いや、重いどころではない。まるで柄に鉛でも詰め込まれたように、腕が鈍い。


「どうした、カイル?」


 ガレスが笑う。


「まさか疲れてんのか?」


「馬鹿を言うな」


 カイルは強引に聖剣を振った。


 だが、いつものような白い軌跡は出ない。


 空気を裂くはずの剣先が、ただ鈍く夜を切っただけだった。


 ミラも杖を握り、違和感に顔をしかめていた。


「何これ……魔力の流れが悪い。さっきまで普通だったのに」


「私も、少し身体が冷えます」


 リーナが胸元の聖印に手を当てる。


 その聖印からは、いつもの柔らかな光が消えていた。


 ガレスが自分の肩を回す。


「なんか鎧が重ぇな。酒でも足りねぇのか?」


「全員、気が抜けているだけだ」


 カイルは不機嫌そうに言い捨てた。


「あんな無能を追い出した程度で、空気に飲まれるな。俺たちは勇者パーティーだぞ」


 誰も反論しなかった。


 ただ、リーナだけが、アレンの消えていった道を見つめていた。


 胸の奥に生まれた小さな不安を、彼女はまだ言葉にできなかった。


 その不安が、明日には現実になることも。


 今まで彼らの勝利を支えていたものが、剣でも魔法でも勇者の才能でもなく、追放したばかりの青年の呼吸のような優しい付与だったことも。


 まだ誰も知らない。


 この夜。


 勇者パーティーから、世界最強の加護が消えた。

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