8.三種族の港
戦いの翌朝、太陽はすでに山の端から顔を出していた。
俺がゆっくりと体を起こすと、隣でラヴァンも大きく伸びをしていた。
まだ戦いの疲れが抜けず、俺は焚火に乾いた枝をくべた。
パチッと木が弾け、燃え上がる。
その炎をぼんやりと眺めながら、思わずため息が漏れた。
「だいぶ疲れとるようやな、レオンの兄ちゃんは」
ケトが尻尾を揺らしながら言った。
「大丈夫か?」
身支度を整えたラヴァンも隣に腰を下ろし俺に尋ねた。
「大丈夫だ。ただ……山越えは少し遅れそうだ。昨日ポーションを使い切っちまった」
ポーションとは怪我や疲労を回復する使い切りのアイテムだ。魔力を回復するポーションもあり、どれも錬金術師が作る。旅には欠かせないものだが、今の俺には数を揃える余裕がなかった。
しかし、疲れた顔で応える俺とは対照的に、ラヴァンは目を輝かせて言った。
「レオン、お前は強い運を持ってる。昨日俺が言った言葉を忘れたのか?」
俺は湯を沸かしていた鍋の蓋を、あくびをしながら開ける。
「そんなこと言ったって、今俺が持ってるのは、干し肉と乾燥豆だけだよ」
不貞腐れた口調で言いながら、俺は手に持った干し肉と乾燥豆を鍋の中に放り込んだ。
「何を言ってる!ここからはフェアファングに乗って、いっきに山を超えるぞ」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ!」
「……そう……なのか?」
「そうだ。さあ、食べたら行くぞ!」
フェアファングが地を蹴った瞬間、景色が風に溶けた。
ケトは俺の首にしがみつき、俺とラヴァンはフェアファングの柔らかな厚い毛並みにしがみついた。
二人と一匹を乗せたフェアファングは、迫りくる山脈を軽々と超え、巨体が雪を巻き上げた。
岩肌を蹴り、岩壁を跳び越え、まるで空を駆けるように二峰山脈を越えていく。振り返れば険しい山道は遥か遠くに霞んでいた。ラヴァンも目を輝かせ、流れる景色に見入っている。頬を打つ風は冷たかったが、寒さは全く感じなかった。
フェアファングが港の入口に降り立った。
海風が潮の匂いを運んできた。
「ここがドニエル港だ」
そう言いながらラヴァンがフェアファングの喉を撫でると、フェアファングはすっと異界に消えた。
港の方へ目を向けると、船着き場では逞しいドワーフたちが鉱石の詰まった木箱を次々と船へと運び込んでいた。エルフと南方風の服を着た商人が真剣な顔で値段交渉をしている姿も見える。
「ドワーフがいる。……あれは、南方沿海国の船かな?」
俺は初めて見るドワーフや、南方風の船に声を上げた。
「当たり前やろ。エルフとドワーフ、それに人間まで揃て、三つの種族で回しとる港やねんぞ」
俺の肩に乗ったケトが尻尾で俺の頭をポンと叩いた。
ドニエル湾は南北に細長く伸びた湾で、西岸にはドワーフが住む山岳地帯があり、東岸にはエルフの国の深い森が広がっている。北は山脈に阻まれているため、当然、陸路で訪れる者は少ないが、三つの種族がそれぞれの得意分野を活かして交易を成り立たせている。
ドワーフはここから湾を出た先の鉱山港から鉱石を運び込む。彼らの船は重く頑丈で、運び込まれる鉱石はどれも質が高い。
エルフはその鉱石を買い付け、魔導細工や精緻な彫金で宝飾品へと加工する。完成した宝飾品は高値で取引され、人間の商人たちがこぞって買い求めている。
人間は交易の中心として動き回っていて、鉱石も宝飾品も買い付け、さらに自分たちの農作物をドワーフやエルフに売っている。彼らの商船は数が多く、ここで積んだ荷は船で南方沿海国の港に運ばれる。そこから隊商が砂漠を越えて、正統王国、さらにはその先の北方王国へと運んでいく。
「ここからエルフの船に乗るぞ。さすがにフェアファングで、直接乗り込むわけにもいかんからな」
ラヴァンは港に浮かぶひときわ美しい船へと歩き出した。
エルフの船は、白い真珠貝がそのまま海に浮かんでいるかのような美しさだった。船首に美しい女性の像を掲げ、柱は竪琴のようにしなやかに曲線を描き、船体には繊細な細工が施されていた。
桟橋に着くと、ラヴァンは荷を確認しているエルフの船員に声をかけた。
「エルネアはいるか?」
「エル姉さんなら食堂にいますよ」
「行ってみるよ。ありがとう」
「食堂かぁ、ワイ腹へってたんや」
港の外れにある小さな食堂に入ると、温かいスープの香りが立ち込めていて、匂いを嗅いだだけで腹が鳴った。ちょうど昼時だったせいか、商人や船乗りたちで賑わっている。
ラヴァンは食堂の中をぐるりと見回し、銀髪のエルフをすぐに探し出した。
「エルネア、また乗せてもらうぞ」
「ラヴァンか」
銀髪のエルフは立ち上がると、ラヴァンと同じぐらいのすらりとした背丈で、腰まで届く長い銀の髪が、月の糸を束ねたように輝いていた。
「連れがいるとは珍しいな」
エルネアと呼ばれたエルフの涼しげな声が言った。
「その言葉は聞き飽きた。皆、よほど俺を孤独な男にしたいらしい」
「違うのか?」
「違うぞ。今日は俺の親友の!案内役だ」
ラヴァンが親友を強調するように俺の肩を叩いた。
エルネアは俺と足元のケトを見た。
「人間と妖精猫か。面白い組み合わせだな。エルネアだ。よろしく」
差し出された手は美しく、俺も慌てて手を伸ばした。
「あ……えっと……レ、レオン……です」
美しい女性だったから慌てているわけではなく、手が、汚れていたから、服で、拭いた、だけだ。
「あの、俺たちを船に……乗せていただきたくて……」
「ラヴァンの知り合いなら、断る訳にはいかないよ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。
「とりあえず、何か腹に入れよう」
ラヴァンが言って、煮込み料理を三つとミルクを一つ注文した。
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