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10.シルフ族

「フェアファング」

港から少し離れた場所で、ラヴァンがフェアファングを呼び出した。

俺たちは再びその背に乗って、湖水地方を抜ける。

湖と湖の間に見える小さな集落すらも絵画のように美しく、本当なら目に焼き付けたいほどの景色だけれど、フェアファングの疾走はそれらを置き去りにして、風のように流れていった。


やがて、目の前に深い森が見えてきた。

その森の奥へと続く一本の道の入口に辿り着くと、俺たちはフェアファングを降りた。

石畳の道が森の奥へとまっすぐ伸びている。

両脇の木々が枝を張り、頭上で重なり合って、まるで森が作った回廊のようだった。

進むにつれて木々はどんどん高くなり、差し込む光も葉の隙間から薄く零れるだけになっていった。

「……すごいな、この森。俺たちの国にある森と、空気が違う気がする」

俺は大きく深呼吸をする。透明で清々しい気がした。

ラヴァンは前を歩きながら、振り返りもせずに答える。

「古エルフがその昔、瘴気を隈なく払っているからな」

「古……エルフ?」

その言葉の意味は分からなかったが、想像もつかないほど昔のエルフたちが、この森を形づくったのだろう。


しばらく歩くと、ふいに脇へ逸れる細い道が現れた。

そこは石畳ではなく、柔らかな土がむき出しになった獣道のようで、さらに深い森の奥へと誘い込むように続いていた。

ラヴァンはその場所で立ち止まり、不機嫌そうにこちらを振り返った。

「ここだ。ここからはシルフ族に案内してもらう」

「ここ?……って……何もない……よな?ケト」

ケトは俺の肩からひょいと飛び降りると、こう言った。

「まあ、待っとき。おもろいもん見れるで」


ラヴァンは森の方へ向き直り、静かに息を吸った。

そして、森へ歌いかける。

「蒼風の子らよ、天つ道を渡る者らよ。

我が名を風に託し、汝らを招く。

森を巡り、谷を越え、

古き歌を覚えている者たちよ。

ここに立つ我らは、古の契りに従い、

道を求むものなり。

風よ、古き友よ、古の契りに応じて降り来たれ」


しばらく静かな時間が流れた。

「……」

何も起こらないので、俺は何となく思っていたことを口にした。

「エルフってのは、いつも歌ってるんだな……」

俺がそう言うと、ラヴァンにギロリと睨まれた。

「俺もそう思う。だが、……エルフは歌がなければ何も始められぬ。それが嫌で、俺はエルフの国を出た」

「……そうなんだ。……でも、なかなかいい歌声だったよ」

「黙ってろ」

余程、歌を聞かれたのが嫌だったのだろう。

ラヴァンは、まるで苦虫を噛み潰したような顔で言った。

俺がラヴァンに怒られていると、風がひときわ強く吹き抜け、足元の葉が舞い上がり渦を巻いた。

目を凝らしてみると、渦の中心にふわりと小さな姿が現れた。

それは、葉っぱの服を着た小さな人のようだった。背中には、柔らかい若葉のような羽根が付いていて、緑色に輝いている。

「この葉っぱみたいなのがシルフ族なのか?」

俺は空中をふわふわと舞っている小人を指さして尋ねた。

「そうだ」

ラヴァンが答えた瞬間、その小さなシルフの背後から、ポン、ポン、ポン、と次々と新たなシルフたちが飛び出してきた。

気づけば俺たちは、いつの間にか無数のシルフに取り囲まれている。

「ラヴァンが来たよ」

一人のシルフが言った。

すると、「どうして来たの?」「迷ってたの?」「遊びに来たのよ」「違うよ 」「違わない」「でも遊びたいでしょ?」と口々に問いかけてくる。


「な、なんだ?」

俺が慌てていると、シルフたちの騒がしい問いかけにも、動じることなくラヴァンが口を開く。

「精霊の泉に案内して欲しい」


「エルフの長老さんには言ってあるの?」「ちゃんと聞いた?」「許してもらった?」「それとも内緒で来たの?」「知らなかったら、怒られるよ」


「長老にはこれから言う。急いでるんだ」

ラヴァンが答えた。


「これから言うの?」「これからっていつ?」「だめだよ、それじゃ遅いよ」「怒られるよ?」「内緒にしたいの?」「そんなのだめだめ」


ラヴァンは舌打ちした。

「やっぱりだめか。出直しだ、レオン」

「出直し?」


「ねえねえ、人間が来るの久しぶり」「嬉しい」「どうしてそんな服着てるの?」「それ、重くない?」 「まだ帰らないよね?」「もう少し話してもいい?」


「服? 話すってなにを?……いや、これは、あっ、ちょっと引っ張るなって」

「レオン! 相手にするな、行くぞ!」

「ラヴァン、ちょっ、待ってくれって、ケト行くぞ? って、あれ?」

「ケトはもうとっくに逃げてるよ!」


俺たちは長老衆といわれる人たちに会うことにして、妖精の森を後にした。



ここまでお付き合いありがとうございました。

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