第20話:会合
「はぁ。ベル君の淹れてくれる紅茶は本当に美味しいね。どうだい? ロニール家の専属侍女になる気はないかい?」
「うふふ。ではわたくしはベルを取り戻すという名目でテミスト皇国へ宣戦布告いたしましょう」
楽しそうに笑うライラにバッツは冷汗をかいた。こちらが冗談でもライラならば本気で戦争を仕掛けてきそうだと焦る。
「じょ、冗談だよ! やだなぁ。うちにも優秀な子がいっぱいいるから」
他国の侍女を冗談でも褒めたバッツを嫉妬からジト目で見るエルバンと、気にも留めずに紅茶を嗜むケディック。
「はぁ。君達親子は本当に戦争が好きだね。冗談も言えないよ」
ため息を吐きながらがっくりと項垂れるバッツ。そんなバッツをケディックは意外そうに見ていたが、バッツの隣で嫉妬から不機嫌さを隠そうとしないエルバンに目がとまり内心ほくそ笑んだ。
「まさか貴様がそのような軟弱者とは思わなかった。次に戦場で相対した時は消せそうだな」
物騒なことを口にするケディックにバッツは苦笑したが、聞き捨てならなかったエルバンは怒り心頭だった。
「バッツ様は殺させません! バッツ様はテミスト皇国になくてはならないお方! 野蛮な帝国軍人が、バッツ様を侮辱するとは身の程を知れ!!」
ケディックを鋭く睨みつけるエルバン。だがケディックは意に介さず小さく口角を上げた。その態度にますます激昂するエルバンを冷静なバッツが止めに入る。
「まぁまぁエルバン君! 落ち着きなよ。相手の挑発に乗ってはいけないといつも教えてるだろう?」
バッツにたしなめられたエルバンは悔しさと教えを守れなかった自分を恥じ、静かになる。そして、バッツは呆れたようにケディックへと釘を刺す。
「君ねぇ、うちのエルバン君をだしにして戦争しようとするのやめてくれる? 今、帝国を侮辱したとかなんとか適当に理由つけて大義名分にしようとしたでしょ」
そのバッツの言葉にエルバンは顔から血の気が引いた。和やかに会合しているように見えるが、ここが敵国であることを思い出し、自分の軽率さを恨んだ。
「うふふ。惜しかったですねお父様。ですが、バッツ公爵が手強い理由がよく分かってわたくしはとても楽しいです」
ライラとは逆につまらなそうに小さく溜め息を吐くケディック。エルバンは自分だけが蚊帳の外に勝手に出て行き、いいように利用されていたことにどうしようもなく落ち込んだ。更に自分よりも年下であろう女性までもがこの会合の意味を理解していたことに悔しさを通りこして情けなくなった。
「……申し訳ありません……」
小さく項垂れ喋らなくなったエルバンを尻目に三人は静かな攻防戦を続けるのだった。
それから穏やかな時を過ごして3日が経とうとしていた。対帝国連合は少しでも早くバッツを取り戻すために異例ともいえる速さで身代金受け渡しに応じる。そのため思った以上に早く来てしまったバッツとの別れにライラは物悲しさを感じながらも、バッツとエルバンを見送るために城塞外へと足を運ぶ。そこには父ケディックとそれぞれの騎士団の副団長、グランツとフリオも来ていた。
「世話になったね。できればもう戦わなくてもいいようにしたいものだ」
「うふふ。そんな寂しい事をおっしゃらず、次からはぜひわたくしと戦場で相まみえましょう」
ニコッと笑うライラにバッツは苦笑した。そしてケディックがつまらなそうに呟く。
「まぁ、しばらくは北方の対帝国連合も帝国へ和議を申し込み、様子見をするしかなくなるだろう。つまらんな。刺激のない生活を余儀なくされるのは」
「まぁお父様。でしたら帝国へ帰るまでわたくしの騎士団とお父様の騎士団を入れ混ぜて死合いをするというのはどうでしょう?」
ライラの提案にギョッとするグランツとフリオ。
「ほぉ! それは楽しそうだな! さっそく準備にとりかかろう!」
「こらこら。親子の物騒な道楽に他人を巻き込むんじゃないよ。うちとしては潰し合ってくれるのは歓迎だけどね、さすがに騎士達に同情するよ」
バッツの諫めが効いたか効かずかは分からなかったが、フリオとグランツは敵ながらも常識的なバッツに心から感謝した。そして親子は面白くなさそうに遠ざかっていくバッツとエルバンを見送るのだった。
ゆっくりと馬の歩みを進めながら、とんでもない親子だったと何度目になるかわからないため息を吐くバッツ。そんなバッツを同じく馬に乗って歩幅を合わせていたエルバンはクスっと笑った。
「今日は機嫌が良さそうだねエルバン君」
げっそりとした顔をエルバンに向けるバッツ。そんなバッツに悪いと思いながらもエルバンは嬉しそうに笑う。
「申し訳ありません。ですが、この先もまだまだバッツ様のお側で御勇姿を見られると思ったら嬉しくて」
その言葉にバッツは目をぱちくりさせると、諦めたようにフッと笑ってどこまでも澄んだ青空を見上げた。
「まったく、最近の若い子は頼もしいね」
完敗してしまったが不思議と晴れやかな気持ちで祖国へと歩みを進める主従であった。
ー・・
その頃ニザンツ城では新人騎士達が涙を滲ませながらベテラン騎士達へ借金返済の経理を済ませているところであった。
「団長のおかげで三分の一を返済できたっす……!!」
苦悶の表情を浮かべるエルト達にアドルフはドン引きしながらも労いの言葉をかける。
「た、大変なんだな、お前達も……。そりゃ優秀なはずだよな」
改めて自分とは格が違い過ぎる相手に嚙みついていた事にゾッとするのであった。そして、約束通りバッツを見送ったライラ達はロドリ家に挨拶を済ませると久しぶりに帝国へと帰還を開始する。
季節は初夏を迎えようとしていた。帝都カルダンに程近いルラン国南西でライラ達はゆっくりと野営をしているところであった。ライラとケディックは夜風を楽しみながら戦利品である白ワインを優雅に嗜み、そんな二人のためにベルは忙しなく軽食を用意し続ける。そしてその後ろでは親子を気にせず騎士達が酒盛りを楽しんでいた。充分お酒を楽しんだ後、ケディックが一通の手紙をライラへと差し出す。
「そういえば、アウレリアスから皇族主催の夜会を開くからぜひお前を連れて参加しろとのことだ。まぁ、夜会とは名ばかりで北方の対帝国連合を黙らせたお前に会いたいがために権力を行使して開く夜会だ」
呆れたように話すケディック。そして手紙の封を開け、内容を確認するライラ。
「面倒だが出るしかあるまい。だが、悪い事ばかりでもない。この先必要となる者達を一気にお前に会わせられるチャンスでもある」
「まぁ、うふふ。お父様が直々にご紹介してくださるとあっては参加しないわけには参りませんね」
楽しそうに笑うライラにケディックはもう一つと続ける。
「夜会に参加するお前に一つ贈り物を授けよう。屋敷に届けさせているから楽しみにしていてくれ」
その思いもよらなかった突然の父の言葉にまるで幼い少女の様に喜びを表すライラ。ペンダント以来の宝物になるであろう品物に心を弾ませる。
「嬉しいですお父様! うふふ。屋敷に帰る楽しみが増えましたわ!」
珍しく大きな声で喜ぶライラに酒に酔ったグランツが浮かれた様子で絡んできた。
「へぇー! お嬢がそんなに喜ぶなんて、よっぽど欲しかった物なのか?」
顔を酒で赤らめニコニコと上機嫌なグランツにライラは変わらず嬉しそうに返事をする。
「お父様がくださるのなら、道端の石ころもわたくしにとっては宝石以上の価値となりますわ!」
今にも踊りだすのではないのだろうかと思えるほど嬉しそうにするライラを見たあと、皆の視線がケディックへと集中する。グランツは酒に酔っていたことも忘れ真剣な顔でケディックに問いかける。
「……ケディック。お前普段からどんな教育してたんだよ。健気すぎておじさん心配になっちゃったじゃないか……」
何も言わずにワインを口にするケディック。騎士達はケディックがライラを溺愛する理由がまた一つ分かった気がした。




