第21話:夜会
ライラ達は久しく帰った屋敷で嬉しい再会を果たしていた。
「お義父様! ライラ! おかえりなさい! 無事なご帰還、本当に嬉しく思うわ……!」
「うふふ。ミリーナお義姉様もお変わりなくお元気そうで安心いたしました」
義姉妹が喜び合う姿を新しく入ったであろう従者達が微笑ましくその再会を見守っていた。優しく穏やかな顔を見せる従者達に、ライラはきっと優しいミリーナの為せる業なのだろうと心の中で感心する。
「旦那様、ライラお嬢様。度重なる戦勝、誠におめでとうございます。我ら従者一同お二人のお帰りを心より楽しみにしておりました。明日は夜会となりますがそのあとはどうぞ、暫くはごゆっくりと休養なさってください」
マイロが恭しく頭を下げると、その場にいたすべての従者もそれに倣って深く一礼した。そんなマイロ達に堅苦しいことを嫌うケディックはうんざりとした顔を見せる。
「そんなに深くかしこまらんでもいい。息が詰まる。そんなことよりマイロ、わしが頼んでいた物は届いているか?」
「もちろん届いております。どうぞ、こちらへ」
相変わらず息子ブライアンと娘アメリアを気にかける素振りすらも見せないケディックに苦笑するミリーナ。そしてそれを当たり前のように受け入れ、マイロも二人の近況を口にすることはなく着々と話を進め、ケディックを伴ってどこかへ行ってしまった。
ミリーナは気を取り直すと久しぶりに再会した義妹と交流を深めるためにお茶に誘おうとライラへと向き直ると思わずハッとする。そこには美しさに更に磨きがかかり、勇ましさも増したであろう美しい義妹が立っていた。真っ白にキラキラと輝く美しい髪にどこか空虚な青いガラス玉の様な瞳。まるで月に照らされる女神の様な神秘的な美しさを思わせる姿に思わず見惚れてしまっていた。
ライラは目が合った義姉に気がつくとニコっと微笑んだ。
「お義姉さま、お時間がありましたらぜひわたくしとお茶でもいかかがですか? 戦利品として頂いた茶葉がとても美味しいのでぜひお義姉様にも楽しんでいただきたくて」
「え!? あ、もちろんよライラ! 私も誘おうと思っていたの! 楽しみだわ! それにぜひ、戦場での武勇も聞かせてほしいわ」
一瞬自分の考えを見透かされているのかと思って焦ったミリーナだったがそんな事はもちろんなく、慌てながらも快く返事を返す義姉にライラは嬉しそうに微笑んだ。そんなライラにミリーナはやはりどこか昔のライラと面影が重なって見えたような気がして緊張が抜けていくと嬉しさからミリーナもクスっと小さく笑う。
美しい庭園で二人の女性が優雅にお茶をゆっくりと嗜んでいた。新しく入ったであろう従者達は美しき主ミリーナにはもちろん、初めて目にするもう一人の美しく神秘的な雰囲気を漂わせるこの家の息女であるライラに惚けたように見入っていた。ベルはそんな新人達をライラ達には気づかれないように自慢げに鼻息を荒くする。
「ライラ、あなたの武勇はこの帝都まで届いているわ。本当に良く頑張っているのね。あなたの噂が一つ、また一つと届く度に自分のことのように嬉しくて……。ふふっ! 自慢の義妹よ」
まるで幼い少女のように朗らかに笑うミリーナにライラも小さく微笑むと、普段は決して見せない穏やかな口調でミリーナを褒め称え始める。
「お義姉様、ありがとうございます。わたくしは、お義姉様のお喜びになられるお姿を大変嬉しく思います。わたくしにとってもミリーナお義姉様は美しく、そして誰よりもお強くお優しい、自慢の義姉なのです。お父様とお義姉様がいらしてくれたから今のわたくしがあると日々感じ入っています」
恥ずかしがることもなくそう口にし、優しさを携えながら嬉しそうに話すライラにミリーナは思わず頬に熱がこもるのを感じた。そんな様相を見せるミリーナをまた嬉しそうに目を細めて見つめると、ライラは本当に伝えたかったことを口にするために言葉を続ける。
「お義姉様、どうかこれだけは覚えていてほしいのです。確かにわたくしは戦場に楽しみを見出し、戦場へと赴くことを幸せに感じています。ですが、わたくしが戦う一番の理由はお父様とお義姉様、あなた様方の隣に立っても恥ずかしくない己でいるためなのです」
ミリーナの心臓が緊張と高揚感からドクンと一際大きく跳ね、顔が完全に熱を持ったように熱くなった。きっと今の自分の顔はみっともないかもしれないと慌てて下を向く。そんなミリーナの手にライラは自分の白魚のような手をそっと乗せるとまた柔らかく微笑んだ。
「わたくしは幸せ者です。最愛とも呼べる方が二人もいるのだから……」
その言葉に顔を上げると今度は目頭が熱を帯びていくのをミリーナは感じた。ミリーナは自分の手に置かれた戦場を経験しているとは思えない程美しい手を握ると、涙ながらに笑って自慢の義妹を見つめる。
「……嬉しいわライラ。私にとってもあなたは最愛の可愛い義妹よ。でも、でもね、ライラもこれだけは覚えておいて。絶っ対、生きて私のもとに帰ってきてね。約束よ?」
「……はい、お義姉様」
ライラが一瞬言い淀んだのをミリーナは見逃さなかった。戦場において絶対はありえないと義妹は分かっているのだろう。だがそれでも快い返事をしてくれた義妹を信じたくて思わずその華奢な体を力一杯抱きしめる。すると小さく反応した体は応えるようにミリーナの背に手を回し、優しくさすったのをミリーナは決して忘れないと目を閉じた。
美しき義姉妹の美しき絆を目にした従者達はあまりの尊さから目頭を押さえたり、耐える様に俯いたりしていた。ベルも声は出さなかったが、目から滝の様に涙を流しながら自慢の主達の邪魔をしないように必死に静かに見守った。
その美しくも異様な光景に、庭園を訪れたマイロは足を止めるといつ声をかけたらいいのだろうかと戸惑ってしまう。だが、義姉妹が体を離し、どちらからともなくふふっと笑い合うのを見届けるとマイロも小さく口角を上げながら義姉妹へと歩み寄る。
「ご歓談中、大変失礼いたします。ライラお嬢様、明日の夜会へご参加されるための正装を試着されるよう旦那様から言付かっております。どうぞこちらへ」
ライラはマイロに差し出された手に自分の手を添えると何かに気づいたように顔を綻ばせながら立ち上がる。
「まぁ! うふふ、お父様の贈り物のことですか?」
マイロはライラをエスコートしながら肯定するように微笑んだ。そしてミリーナも夜会という言葉にパッと顔を明るくさせると、きっと義父から義妹へのドレスの贈り物であろうと察すると同じく立ち上がった。
「私も! 私も見てもいいかしら?」
まさかミリーナも立ち上がるとは思っていなかったマイロは慌てながらもミリーナに手を差し出しエスコートする。ミリーナはマイロに感謝しながらも目を輝かせ、ライラへと詰め寄った。
「うふふ。もちろんですわ、お義姉様。ぜひ共に参りましょう」
美しい庭園をあとにし、マイロの先導に続きながらミリーナはワクワクと胸を弾ませる。美しさに磨きがかかった義妹にはどんなドレスが似合うのだろうかと想像を膨らませながら歩いていると、ドレスが鎮座されているであろう部屋の前まで辿り着く。
そして扉が開かれるとミリーナは驚愕から目を見開き、ライラはあまりの嬉しさから目を輝かせた。
ー・・
夜会当日、ミリーナは夫ブライアンから贈られた華やかだが華美過ぎず、どこか質素ではあるが上品な薄桃色をしたドレスに身を包み、目立たぬように壁際に立っていた。だが美しく気品も溢れるミリーナはやはり意図せず目立ってしまうようで、どこかそわそわとする男性陣と目を僅かに輝かせながらもチラチラと目をやる令嬢達に気づかれぬように小さくため息を吐く。
おおよそ煌びやかな開催地にはそぐわない暗い顔をするミリーナの隣にはいつも忙しそうに働き、あまり屋敷へと帰ってこれない夫ブライアンの姿もあった。あまりにも複雑そうな顔を見せ、小さく唸る妻にさすがのブライアンも放っておくことができず、ミリーナにさりげなく飲み物の入ったワイングラスを差し出す。
「浮かない顔だな。何か心配事が?」
「あ、いえ……。ライラのことでちょっと……」
珍しく自分を気にかけてくれる夫に思わず本音が漏れてしまい、更に気まずい気持ちになったミリーナは口を閉じるために差し出された飲み物に口をつけた。
「……妹は、随分と活躍しているようだな。……あの気弱な妹の事だとは未だに信じられない」
独り言のように呟くブライアンにミリーナは仕方がないことだと思った。なぜなら、ブライアンは人が変わったライラをまだ見ていないのだ。だがそんなブライアンに対してミリーナは、意外にも妹のことを気にしていたのかと少しだけ珍しく思った。
ミリーナは手にあるワイングラスを見つめながらブライアンについて思案する。夫をそれなりに近くで見ていて感じたのは、ブライアンは頭は良いが武術は苦手なのではないのだろうかと。
武勇に名高い両家の血を受け継いだにも関わらず、戦闘が苦手なブライアンにとって唯一の逃げ場が勉学だったのかもしれない。気弱ゆえに母から絶え間なく手酷い折檻をされ続ける妹を見て、無意識に自分を守ろうと無関心を装うしかなかったのではないかとミリーナは勝手にだが当たっているであろう推測に胸が痛くなった。
「ブライアン、あなただって帝国のため民のために昼夜寝る間も惜しんで働いてくれているわ。そんな夫のもとに嫁ぐことができて私は幸せよ。そしてあなたを心から誇りに思っているわ」
慈愛に満ちた目を向けるミリーナにブライアンは驚いた顔をした後、僅かに苦悶の表情を浮かべる。幼い頃から自分を守るために無関心を貫き、そして何も知らないミリーナにまでその無関心を向けていたのに彼女はその優しさからとっくにブライアンの苦しみと本心を見抜いていたという事実に申し訳なさが募っていく。
「……ミリーナ、ありがとう……」
笑顔というものの作り方を知らないブライアンだったが、どうしても感謝を伝えたくなって顔を歪ませながらも口角を僅かに上げた。ミリーナにはその不器用な顔がまるで泣き出してしまいそうな幼い子どもに見えて、また胸がぎゅっとなった。
二人は今までの時間を埋める様にそっと寄り添い合う。そしてこの先もっと歩み寄る努力をしていこうとそれぞれが心に決めた時だった。
「まぁ!見て、信じられない……」
「なんということだ」
「……素敵」
煌びやかなダンスホールの入り口からざわめきが聞こえだし、そのざわめきは徐々にミリーナ達のもとまで伝染していった。そしてブライアンはそのざわめきとなる正体を目に入れると珍しく驚きから目を見開き、ミリーナは思い出したようにまた大きなため息を吐くのだった。




