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40 凶石

 突拍子もない月夜の告白。


 それに対して驚き戸惑っていた俺だが、話を聞いていると次第に頭が冷えて落ち着いた思考が戻って来る。記憶喪失といっても、取り返しのつかない大事の類ではないということ。

 脳内を渦巻いていた不安は取り越し苦労だと、胸をなでおろして安堵した。


 で、その後。

 冷静になって真っ先に想起したのは、月夜と初めて会った日の出来事。


 実はあの時、俺は月夜に対して既視感を覚えていた。

 初めて出会ったはずの相手に、見覚えとは言えないものの、何処かの誰かに似ているような、日常生活ですれ違ったことがある気がしたのだ。


 だが、小麦色の髪に琥珀の瞳は特徴的すぎる。普通に考えて、昔に月夜と僅かでも遭遇していたのなら、覚えていない筈がないと断言できてしまう。それくらい個性に溢れているからだ。


 月夜の方も、俺とは初対面の体で自己紹介をしている。

 その為に、錯覚か勘違いだったのだろうと自分を納得させていた。


 そうして、夕焼けの交差点で出会ったあの日が、初めて出会った時だと思い込んでいた俺だったが、……しかし、記憶喪失の話を聞いて頭に浮上してきた考え。


 やはり、昔どこかで出会っているのではと、自分でも馬鹿馬鹿しい推論が脳裏を過ったのだ。


 月夜がほぼ初対面の俺に告白したのには、理由があるのかもしれない。


 屋上で告白した際、「一目惚れとはちょっと違うけど」と、月夜は言っていた。

 本来、一目惚れでもない限り、知人関係ですらなかった俺に好意を抱くはずがない。月夜の気持ちが本当ならば、そこには必ず理由があるはずだ。

 人格も人間性も、短所も長所もなにもしらない相手に告白する理由。それが一目惚れでないとしたらなんだというのか。


 俺はずっとそれが心の底で引っ掛かっていた。

 月夜と鹿目の気持ちを推し量ろうとした理由の一部はそこにある。


 恋愛漫画風に例え話をしてみよう。


 幼少の頃。街を散策していた主人公は、何かのトラブルで困っている女の子と遭遇する。

 見るに見かねた彼は、彼女を助けるために奔走し、見事トラブルを解消。助けたことにより感謝される主人公だが、口下手な彼は友達になろうとも、また会おうとも言い出せずにその場で別れてしまい、結局、女の子と二度と会うことはなかった。

 そのことを名残惜しく思う主人公。しかし、時が経つうちに女の子のことを忘れてしまう。こうして、時間は止まることなく過ぎていった。


 ――それから数年後、幼少の思い出などすっかり忘れて、高校生となった主人公。

 平凡な日々を送っていた彼のクラスに一人の美少女が転入してくる。誰もが彼女の美しさに目を奪われる中、主人公の姿を見つけた彼女は満面の笑みを浮かべて、「ようやく会えたね」と言い、教室のど真ん中の衆人環視の中、こともあろうに主人公に告白を敢行する。

  「実はあの時から好きでした。付き合ってください!」みたいな感じで。

 そのあまりの出来事にクラス中、いや、学年中が大騒ぎになる。こうして波乱万丈の高校生活が幕を開けるのであった。チャンチャン! 


 ――といった感じのストーリー。なんとも定番なラブコメ。


 この話の重要な点は、ヒロインは時を越えても衰えない強い恋心があり、反比例するように、主人公はヒロインのことを完全に忘れていたということ。対照的な二人の気持ち。そのラブコメ設定、この一点のみだ。他のことは忘れていい。


 何が言いたいかと言うと、このヒロインに記憶喪失の設定を付け加えたなら、今の俺と月夜のような状況になるのではないか? と、いうこと。


 恋心や愛情が記憶を司る脳の部位に依存していないのなら、記憶を忘れていても感情は残っているのかもしれない。

 これなら、「一目惚れではない」が、出会ってすぐに好意を寄せる理由になる。




 と、思ったのだが。

 ……うーん。

 ――まあ、なんだ。こうして頭の中で考えをまとめてみたら、なんか……


「うん。これはないな」


 流石にこれは発想が飛躍し過ぎている。矛盾点がありすぎるのだ。


 まず、ここまで考えているのに何一つ思い出さないということ。普通、意識したら思い出すだろ。女子と関わることの少なかった人生だ。そんな出来事があれば一生覚えている自身がある。


 それと、愛情は記憶喪失で失われないなどと、ラブコメ思考全開な解釈をしていること。

 ついさっき、「記憶喪失は恋愛ドラマなどでロマンチックに描かれることも多いが、決して笑い話にできるほど生易しいものじゃない」と評したばかりじゃないか。それを自分で曲げてどうする。

 現実はそこまで物語性があるものじゃない。


 デジャブがあるのは錯覚。月夜の好意も天然が入っている彼女なりの心境の変化。そう考えた方が、運命的な出会いを果たした説よりも、何十倍も可能性が高く、現実的だ。


「まだカミングアウトの衝撃が抜け切れてないのかな……俺。こんな考えが頭に浮かぶなんて……」

「ん? どうしたの天馬? ボクが目の前にいるのに独り言とは頂けないな」


 いつの間にか用意していた菓子を一人で平らげた月夜は、唇に付いたクッキーの欠片を摘まんで、口の中に放り込む。


 俺……。まだ菓子を一口も食べてないのだが……?


 俺は溜息をついて、展開していた思考を畳む。甘々な脳内恋愛シュミレーションとか、自分で出した推論を自分で否定したりとか、無駄な思考力を使った気がする。


 所詮は妄想。とりあえず、このことは忘れた方が良さそうだな。


 ――ん? あ、そうだ。


「そういえば。記憶喪失の詳しい説明は聞いたが、肝心な記憶喪失になった原因はまだ聞いてないぞ。事故で頭を打った場合の外傷性や、ストレスが原因の心因性とか。そういうの色々あるんだろ? 何があったんだ?」

「――ああ、そうか」


 月夜は一瞬ポカンとした表情の後、「そういえばそうだった」と、テーブルに置いてあったオレンジジュースを一口飲んで、はにかみながら事情を話そうとする。


「あはは、言い忘れていたね。ボクが記憶を失った理由は……」



 月夜が答えようとした、――その時。


 静かな空間を引き裂く異音が、絶叫の如く耳を突き刺す。


 尋常ならざる音量。聞くものを不快にする金切り声のような騒音に驚き、頭真っ白のままわけもわからず振り向いた先に在ったもの。それは歪に割れた掃き出し窓。

 外気のぬるい風が、隙間からヒューヒューと微かな音を立てている。


 物凄い轟音だったが、今のは窓ガラスが割れた音なのか……?


「え、えっと」

「――立たないことをオススメするよ天馬。ボクが調べるから座っていて」

「いや、しかし……」

「危ないから。冗談抜きで」


 珍しく真剣な表情の月夜に、しょうがなくソファに座りなおす。


 月夜の手にはいつの間にか室内用のほうきとちりとりがあり、派手に散らばったガラスの破片を手際よく掻き集め、鋭利に尖った手のひら大の危険な破片も、なんなく処理していく。眼を見張る仕事の速さだ。


 手伝いたいが、ここは抜かりなく愛用スリッパを履いている月夜に任せよう。


「しかし、びっくりしたな本当に。一体何が起こったのやら……」


 手持ち無沙汰な俺は、ガラスを割った原因を調べるために周りを見渡す。

 すると、意外にあっさりと問題の物は見つかった。


「これか」


 すぐ下で転がっていた石を手に取る。

 川原でよく見る丸い形の石。拳大よりも少し小さいが、窓ガラスを割るには十分な大きさだ。


「ハイ、とりあえず終了。もう立って大丈夫だよ。見える部分は片付けたけど、もしかしたら家具の死角に隠れているかもしれないから、十分に注意してね」


 忠告を言いながら、ちりとりに入れた破片類をちり袋に流し込む月夜。

 その横を通り、無惨に割れた窓をチラリと見てた俺はその悲惨さに眉を寄せた後、そのままバルコニーに靴下のまま出る。


 外はまだ掃除してないから危ない! と、騒ぐ月夜を尻目に、そのまま手すりを掴んで下界を望む。


「――」


 下には誰も居ない。


 マンション前の道路には人っ子一人いなくて寂しい感じだが、丸石が突っ込んできた以上、悪ガキないし、人間性に問題がある何者かが外に居た筈。そいつの影も形もないとなると、人の家に迷惑をかけた下手人はやるだけやって逃げたらしい。


 月夜の部屋は二階の一角。尚且つ、野球ボールとかではなくて石だ。偶然や何かのミスという可能性は限りなく低い。となると、狙ってやったと考えるべきだが、そうなると色々厄介な話になる。


 悪意のある何者かがいたのだ。今さっきまで、この下に。


「……」

「何時まで風景を楽しんでいるの? いい加減に戻ってきてよ。ガラスの破片が足に刺さって歩けなくなったら大変なことになるでしょ。家に帰れなくなっちゃうんだよ?」

「別に風景を見ていたわけじゃ……。ともかくわかった、戻るよ」

「破片に気を付けてね。――まあでも、天馬が怪我でボクの家にいつまでもいてくれるなら、それもありかもだけど?」

「勘弁してくれ。そんなつもりで来た訳じゃない。今日は大人しく帰らせてもらう……けど。しかし、このまま帰って大丈夫か? これは立派な犯罪だぞ。警察に通報とかするべきじゃないのか?」


 足元に注意を払いつつリビングに戻ると、割れた掃き出し窓に段ボールを張り付ける月夜の姿が。ガムテープで隙間をしっかりと埋めて、今度は反対側の作業に取り掛かった。


 ……し、仕事が早い。


「警察の前に、大家さんに相談するよ。今すぐ」

「お、おう」

「もしかしたら数分後には大家さんが確認に来るかもしれないし、天馬はもう帰っていいよ。この場に居ても気まずいだろうし、変に詮索されるのもいやでしょ? ボクは是非ともしてほしいけど。

 ほら。ボクと天馬が家でイチャイチャしてたと思われるかもね」

「――なら、言葉に甘えておいとまさせてもらおうかな」


 要らぬ誤解は互いの為にならない。頷いた俺は鞄を背負って、飲み物を出してくれた代わりに使ったコップをキッチンに持っていく。


 リビングに戻ると、さっそく月夜が固定電話で連絡をとっていたので、声をかける訳にもいかず、黙ったまま手を振って帰るジェスチャーをすると、月夜も笑みを浮かべて小さく手を振り返してくれた。


 このまま帰るのは名残惜しいというか、この状況で月夜を一人にするのは忍びない感じがするが、いま帰らないと帰り時を失ってしまう。


 さっき外を見たらもう辺りが薄暗くなってきていたし、天音は俺が帰るのが遅いと、何故か不機嫌になるからな。うちの癇癪持ちが暴れる前にさっさ我が家に帰るとしよう。


 家の窓に投げ込まれた凶石か。

 ……月夜の身に、何事もなければいいのだが。

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