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39 月夜の住まい

 腕一杯の夢と緊張を抱えて、月夜の部屋へお邪魔した俺だったが、何よりも先に驚きだったのは、月夜の借りている部屋が4LDKの立派な住まいだったことだ。


 通常、学生の一人暮らしなら1Kが一般的。4LDKは一世帯専用だと思い込んでいた俺は、月夜に案内された「自分だけの4LDK」を見て愕然させられた。

 そして、そんな驚く俺の様子を見て「なんで驚いているの?」と小首を傾げる月夜の姿に、経済的格差という社会の階級を痛感する。


 この家の家賃や電気水道に生活費もろもろ、一体いくらかかっているのやら。


 一学生が払えるわけもないし、全て両親が負担して娘にいい暮らしをさせていると考えると、月夜ってもしかしたら社長令嬢とか、そっち系のお嬢様なのかもしれない。


「そこに座っていて。菓子と飲み物とって来るから」

「お、おう」


 平静な態度を装いつつ、緊張のあまり俺自身でも分かるぎこちない動きで、指定されたソファにおずおずと座る。


 一見した感じ、よくある普通の家庭にある景観であり、女子のお宅にきたという感触はない。ソファ、液晶テレビ、箪笥、テーブル、カーテン、カーペット、観葉植物、ハンガーラック。

 どれも定番の家具とインテリアで、受ける印象は質素でシンプルなイメージ。見栄えは悪くないけど、どこか冷たく寂しい。


 そもそも案内されたのはリビングで、男子高校生が思い描く「女子の自室」とはだいぶかけ離れている。


 もっと月夜を象徴する個性みたいな奴を垣間見えることができると期待していたのだが、これじゃ不動産が見せるモデルルームと変わりない。

 ――期待していた分、ちょっとガッカリというか、拍子抜けだ。


 月夜は転校生だし、一人暮らしをしているところから察するに、ここには最近に引っ越してきたばかりなのだろう。生活感が出るのはまだ先の話。


 そう考えると、過度なイメージを押し付けていた俺が馬鹿だったというだけなのだけど……いいじゃない。夢くらい見たって……。


「いや、でも……」


 気を取り直してもう一度まわりを見渡して見ると、――ある。

 綺麗に整ったリビングの中に目立っていたものが、たった一つ。


 窓際に位置するリビングの隅。黒塗りのスタンドテーブルの上。

 そこにあったのは、小動物を飼う時に使う飼育ゲージ。鉄製のワイヤーで仕切られていて、中に回し車や給水機があることから、ハムスターを飼っていると想像できる。ペットだ。


 我が家ではペットなどを飼ったことは一度もないので、こういったものがリビングに置いてあるのは物珍しく、自然と視線がそれに吸い寄せられる。


 座っていろと言われたけど、好奇心に耐えかね、ちょっと見るくらいならいいだろうと、ゲージに近づいて中をのぞき込む。


「――へぇ。ネズミか」


 そう、予想を裏切り、中にいたのはハムスターではなく白ねずみだった。


 鼻をヒクヒクさせつつ、巣穴型のおうちから顔を覗かせる可愛いねずみ。

 小動物特有のキョロキョロして忙しない反応を見せた後、急に穴から飛び出して、給水機からチビチビ水を飲み始める。その愛らしい姿に思わず頬が緩む。


 俺を警戒している様子も見せないので、もう少し顔を近づけて観察。

 すると、動きを止めてこちらをジッと見るねずみ君。その反応すらも可愛い。


 ……ペットってこんなにも胸の内をくすぐるものなのか。

 両親が動物嫌いだから、今まで触れ合う機会がなかなかなかったが。これは癒されるわ。前にペットセラピーなるものが、テレビで紹介されていた時は胡散臭いと思っていたけど、うん、撤回しよう。なるほど、いいなこれ。


 何の動物が確認するだけのつもりが、予想以上の可愛さにうっとりとする俺。


 そこで、――気が付く。


 ねずみ君の毛並み、()()()()()。窓から入って来る日差しでわかりづらかったが、この子、()()()()()()()。それに……白目が見えないほどでかい瞳も、()()()()()()()()()


「……」


 恍惚としていた気分が冷め、背筋に何かよくない予感が走る。


 別に月夜のペットが、月夜と同じ特徴を持っていても不思議はないはずだ。むしろ、自分と似たねずみだったからこそ、ペットして飼っているとも想像できる。――だから、何も違和感を覚える理由はない。当然の辻褄。もしくはただの偶然の産物。

 そのはず。……なのに。


 ――どうして、見てはいけないものを見た気分になるのだろうか?


「その子はね、マーティって名前だよ」


 唐突な声に振り向くと、コップや菓子を乗せたお盆をテーブルに置く月夜の姿。

 飼育ゲージから離れて元の場所に座りなおすと、月夜も横の一人用ソファに腰かける。


「元々は研究所に居た実験用のハツカネズミだったのだけど、故あってひき取ることになったわけ。今ではボクの大切な家族さ。そう、寂しい一人暮らしを慰める大切な……ね」

「……そうか。元からこんな毛並みだったのか?」

「ん? 毛? ……どうだったかな。そこら辺はよく覚えていないや」


 顎に指を当てて思案する素振りを見せる。

 小首を傾げ、小麦色の髪が揺れる。


 ……よく覚えていない、か。先ほども帰り道で「まだ思い出せていない時期だから」とか言っていたし、やはり、月夜は何かを隠している気がする。それを教えてはくれるのだろうか?


「でだ月夜。帰ってきてすぐに問い詰めるのも忍びないが、さっきの話を聞かせてくれるか?」

「余談はなしみたいな? せっかちだね」

「女子の家に招かれて緊張しているんだよ。この精神状態で他の話題は思いつかないから、忘れないうちに本題に入っておこうと考えてな」

「あはは、これじゃ観念するしかなさそうだ」


 お盆に乗せていたクッキーを食べる月夜。

 俺も遠慮なくコップを手に取り、冷たい中身を喉の奥に流し込む。焼きつく日差し晒されて、カラカラになっていた喉の渇きをオレンジジュースが潤す。まさに至福の一時。生き返ったような心地だ。


「でも。そこまで身構えることでも、大した話でもないよ。実はボク、一時的な記憶喪失を患っているってこと。それだけだよ」

「へぇ、記憶喪失ねぇ……。……え゛っ!! 記憶喪失!?」


 え、なに? 思い出せないとか、覚えてないとかって、……誤魔化しとかじゃなくてマジなの!?


 予想の斜め上の答えに、反応できずにソファの上で固まる俺に対して、「いや、そんな深刻に考えないで」と、月夜が両手を振って安心させようとしてくる。


 その頬は微かに赤く染まり、視線はあらぬ方向へ飛んでいて、何だか恥ずかしそうにしているが、……正直、照れている場合じゃないだろうと言いたい。


「お、おお、お前……」

「今は大体のことは思い出しているから、問題ないよ。まったく日常生活に支障はないから。だから落ち着いて」

「し、しかしだな。記憶喪失なんて身近に聞いたことないし、慌てたくもなる。……一体全体、どういうことなんだ?」

「どういうこと、と言われても、言葉通りの意味としか言えないのだけど。

 まあ、要するに、色々あって2、3か月ほど前から以前の記憶がなかったわけだ。でも、天馬と出会ったあたりから急速に記憶が戻ってきたから、もう記憶喪失なんてあってないような物だよ。

 まだ思い出してないことは、もうどうでもいいことばかりだね」


 些細なことは気にしないと、月夜は平静な態度を見せているが、当事者でない俺の方がどう反応するべきか迷って仕方ない。

 いくら何でも、他人事のように笑って済ませるのは間違った対応だろう。しかし、かといって月夜が気にしていない以上。下手に俺が騒ぐのも違う。


 二人っきりでデリケートな秘密を話してくれたからには、俺のことを相当に信用してくれているのだろう。だからこそ真摯に対応したい。


 大した話じゃない……? そんなわけあるか。


 人生を揺るがす大事に決まっている。記憶喪失とはそういうもののはず。

 恋愛ドラマなどでロマンチックに描かれることも多いが、実際の体験談を聞くと、それこそショックで何日も泣き続けることや、アイデンティティを失って抜け殻のようになる人も多く、決して笑い話にできるほど生易しいものじゃない。


 記憶を失うことは、心の拠り所を失って人間として不安定になってしまうこと。

 今までの生きてきた人生の喪失。

 その苦しみを、悲しみを、他人が安易に理解できるなどと、のたまうことがどうしてできる? 


 ……きっと、気を遣い過ぎているのだろうが、こればっかりは俺の性分。


 ここで俺がとるべき態度は、決して軽々しいものであってはいけないはずだ。


「…………」

「ちょっと待ってちょっとまって! そこまで深刻にならないで! もうほとんど思い出しているって言ったよね。そんな暗い顔しないでよ。ボクまでひきずられそうになる」


 いつの間にか黙り込んでいた俺の肩に、月夜の手がポンと置かれる。


 俯いていた顔を上げると、月夜は手のかかる困ったちゃんを見る目で、俺を安心させようと精一杯の笑顔を浮かべていた。


 苦笑交じりの優しい笑み。それから視線を逸らして、熱くなった顔を見られないように顔を背ける。

 月夜はそんな俺の様子に「ホントにしょうがないな」と呟き、手を伸ばす為に浮かせていた腰を再びソファの上に戻す。


「ボクのは長期に及ぶタイプじゃない一過性のもの。

 忘れていることもその事柄に対する記憶の刺激があると、すぐに思い出すことができる。記憶喪失で思い出せない事柄があるとして、それに関係する場所や、人に会えば、ロックのかかっている記憶の鍵が開くってこと。……ね。 大したことないでしょ? 別に失ったわけじゃないんだよ」

「……まあ、確かに。すぐに思い出せるのなら、深刻な状態ではない……のか?」


 眉根を寄せる俺に、月夜が頷く。


「そう。――だから、厳密にいうと記憶喪失じゃない。ボクの場合は脳には何の損傷もないから、外的要因による健忘症だと診断されているよ。つまり物忘れだね。

 きっと後一ヵ月もしたら全ての記憶を思い出すことができる。それまでのハンディキャップタイムだよ」


 自身の状況をわかりやすくまとめた後に、俺に聞こえないほど小さな声で「いや、違うか」と呟き、月夜は明後日の方向を向いて、


「これはハンデじゃなくて、これはペナルティタイムかな」


 ――と、いつもの通り、意味深に独り言うのであった。


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