十月九日(水) -6-
「その前にお茶入れてくれる? すっごく喉が渇いちゃってさ」
「あんなに笑ったからですよ」
「そんなこと言わないでさ。沙耶が愛情込めて入れてくれたお茶が飲みたいんだよぉ」
「何を言うかと思えば、まったく」
大袈裟に溜息を一つ。
足を反転させ、壁際の収納ケースを開ける。
取り出したのは、愛用しているお揃いのマグカップ。
「紅茶でいいですか? それともコーヒーにします? 参考情報になりますが、前者は叩き売りのティパック、後者は特売のインスタント。どちらも安物ですね」
「じゃあ、紅茶でお願い」
ティパックをカップに入れる。
お湯は一階の給湯室から取ってこないといけない。
「沙耶」
重い声に視線を向けた。
彩音はキャリングホルダを覗き込んでいた。
「今日、持って来てくれたのは沙耶だったよね。中はチェックしてるよね」
深刻な顔に疑問符を浮かべながらも沙耶が頷く。
生徒会への意見や要望は、アカデミーのあちこちに設置された意見伝達ポスト、通称『目安箱』に入れる事になっている。
毎日昼過ぎに生徒会の担当者が回収、その宛名毎に分別し会議室に保管される。
今日も沙耶が会長宛の物を預かって持ってきたのだ。
「もちろんです。開封はしませんが、危険物や不審物がないかは確認しています。それも私の業務と認識していますから。今さらそんなことを聞くなん……て……」
キャリングホルダから出されたそれに、言葉が途切れる。
端的に表現すると異様だった。
乾いた血液を連想させる、黒に限りなく近い濁った赤色の封筒。
宛名は書かれておらず、また差出人も書かれていない。
沙耶の背筋を、ぞっとする何かが走り抜ける。
会議室で生徒会長宛の物をチェックしたのは沙耶自身。
空だったキャリングホルダに詰めたのも沙耶自身。
運んだのも、彩音に直接手渡したのも沙耶自身。
あんな物はなかったと断言できる。
では、誰かがこっそり入れたのか。それこそ有り得ない。
会議室からここまで数メートル。手に持ったキャリングホルダに忍び込ませるなんて、超能力者でもない限り不可能。
まさか、あの封筒が勝手に入り込んだとでも……。
「とりあえず開けてみるか」
「いけません!」
語気を荒げて、彩音に駆け寄る。
「誰かの悪戯に決まっています! 私が処分しておきます!」
「ちょっと、沙耶」
強引に奪い取ろうとする沙耶の手をかわす。
「早くこちらに! 危険物が入ってたらどうするんですか!」