十月九日(水) -4-
アカデミーは生徒達による社会。
もちろん、教師や治安官と言った必要最低限の部分は大人が担っているが、原則的には生徒の自治による擬似国家である。
自分達のコミュニティを自分達の手で構築し運営させる。
それが社会の一員としての自覚を早くから促し、優良たる人材の育成に繋がる。
極東アジアの小国でありながら、世界の大国と覇を競う経済力と軍事力を持つ『葵』が誇る教育戦略だ。
アカデミー自治の最高機関は生徒会で、頂点である生徒会長を中心に各委員会の役員から構成される。
生徒会長を大統領。役員を長官と置き換えると、その構造が解りやすい。
役員の中で会長の補佐を担当する副会長は最も特殊な役職になる。
会長は各役員に対し任命権を持つが、前任者の推薦を承認する形式を取るのが通例だ。
しかし、副会長だけは会長の独断による決定が許される。
最大三名まで副会長を任命できるが、彩音が選んだのは河原崎沙耶、ただ一人だった。
「そういうリアクションは大好きだよ。思い出すよ、初等部二年のバレンタイン……」
沙耶が力一杯に机を叩いた。
激しい音に続きを飲み込んだ彩音を、真っ赤になった顔でギロリと睨みつける。
数秒の沈黙。
「……えっとね。ほら神有祭が近いじゃん。目を通さないといけない書類が山のようにあるしさ。それで今日は仕事しとこうかなって」
「最初からそう言えば無駄に時間を掛けずに済むのです」
大袈裟に溜息をついた。
「確かに神有祭は、今期生徒会の最重要課題です。なんとしても成功させねばなりません」
「っていうか公約にしちゃったしね。止めときゃ良かったかな」
「会長!」
「うそうそ、冗談だよ」
生徒会長は春の選挙で選ばれる。
任期は一年。
会長選挙は中等部全員が参加する一大イベント、しかもアカデミー自治の頂点に立つ者を選出するとなれば盛り上らないはずはない。
今年も立候補者は十人以上。
各々が公約を掲げて、約一月の激しい選挙戦を行った。
入学したての彩音も立候補した。
公約はアカデミー財政の建て直し。
長いアカデミーの歴史の中、一年生で生徒会長となったのは五人しかいない。
誰もが彩音の落選は確実だと思った。
しかし、打ち出した独創的な数々のアイデア、会長らしくない外見、型破りな言動が爆発的な人気を生み、一気に選挙戦を制した。
当選後、各クラブ活動の部費分配の見直し、生徒会内部での経費削減など、公約通りの改革を推し進め、半年間で目に見える実績を上げている。
だが、公約のメインは神有祭の成功にある。
これを成し遂げない限り、アカデミー財政の建て直しは見込めない。