十月二十三日(水) -13-
「それを聞いて安心したわ」
その余裕溢れた態度に、ハチの、いや来訪者の顔に訝しげな色が浮かぶ。
「ホントは自信がなかったの。こんな遊びみたいなので、アンタを押し戻せるなんて。でも、そうやって喜ぶところを見ると、効果は十二分に期待できるみたいね」
「何が言いたい?」
「ちゃんと見てごらん。チョークの下に何が描かれているか」
そう言うと、床に描かれたチョークの線を大きく踏み消す。
足をどけたところに現れたのは、フローリングに近い色で引かれた線。
「これは!」
「そう。ペンキで六芒星を描いて、それをチョークでなぞったの」
ふふんと鼻を鳴らした。
「来訪者かなんだか知んないけどさ、アタシと知恵比べしようなんて百年は早かったわね」
「おのれぇ」
「後は蝋燭を消して終わりよ。風紀委員長、そいつが暴れないように取り押さえて」
展開に追いつけず、呆然としていた真樹が我に返った。
すぐに来訪者の背後に回り込み、後ろから華奢な肩口を掴む。
「おのれぇ! ガキどもが!」
真樹を振り解こうと、来訪者が身体を捻った。
咄嗟に踏ん張った真樹だが、その予想を遥かに超えた力に思わずバランスを崩してしまう。
その隙を逃さず、来訪者が真樹の襟首を掴んだ。
あっと思った時には真樹の身体は宙を飛んでいた。
そのまま背中から部屋の壁にぶつかり、床に落ちる。
「ぐううぅぅぅぉぉぉぉぉぉ!」
来訪者が獣を思わせる唸りを上げた。
首の後ろで三つ編みにしていた髪がほどけ、意志を持った生き物のようにぐねぐねと蠢く。
血走った目を吊り上げ、裂けんばかりに口を開いた。
「ぐううぅぅぅぉぉぉぉぉぉ!」
再びの咆哮。
その姿、その声は、誰もが心胆を奪われるほどの物だった。
リアルですら思わず後退ってしまう。
「火を! 火を消すの! 早く!」
恐慌に陥る寸前で、リアルが辛うじて声を上げた。
彩音と沙耶に続き純理も、残っている蝋燭、来訪者の前で揺れる火に駆け寄ろうとする。
火を消してしまえば、来訪者は去る。
それだけを考えての行動だった。
駆け寄って来る少女達を一瞥すると、来訪者がその瞳を大きく見開く。
次の瞬間、空気が揺れた。
少なくともリアルはそう感じた。
と、同時に頭蓋骨の中で何かが爆発したかと思えるほどの衝撃を受けた。
ぐわんぐわんと揺れる頭を押さえながら、遠のこうとする意識を懸命に手繰り寄せる。
歪んだ視界に蝋燭が見えた。
ふらつく足で進もうとするが、膝が抜けて無様に倒れ込んでしまう。
「なに、一体?」
腕をついて身体を起こそうとするが、力が入らずなかなか上手くいかない。
「我が力に抗するとはな」
頭上から落ちてきた太い声に、どうにか顔を上げる。
普段の気弱なハチからは想像すらできない、悪意に満ちた醜悪な顔があった。
「誰か、火を、蝋燭を、早く」
「くくく、無駄だ」
その言葉に、視線を動かす。
彩音達三人は蝋燭の近くでぼんやりと立ち尽くしていた。
その瞳は力なく宙空を彷徨っており、とても意識があるとは思えない。
「風紀、委員長」
一縷の望みを込めて、部屋の隅まで投げ飛ばされた真樹に目を向ける。
しかし、大柄な少女も立ち上がろうとしたところで止まっていた。
他の三人と同様に、生気の抜けた目だ。
「なにを、したの?」
「人間の意識は脆い。そこを衝かせてもらっただけだ」
来訪者がリアルの髪を掴んで、身体を持ち上げた。




