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26日の月  作者: 川島利宇
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奈緒 4

 五年前の咲ちゃんの誕生日、私は、そんなことを思い出しながら、窓の外から彼と咲ちゃんが踊るのを見ていた。


 ろうそくの灯りが部屋全体をオレンジ色に照らし出す中、ドリス・デイの「ケ・セラ・セラ」に合わせて踊る二人はすごく綺麗で、なぜだかわからないけど、私はひどく泣いてしまった。


 私が扉を開けて入って行ったら何もかも壊れてしまいそうな気がして、私は泣きながらしばらくそこで二人を見つめていた。





 その前の日、彼は、自分が作った上出来のハンバーグを咲ちゃんが残したのをひどく気にしていた。


〈咲ちゃん どうしたの? 具合 悪い?〉


 彼が手話を使ってそう聞いても、咲ちゃんはただ首を横にふるだけだった。


 彼は何も知らなかったのだ。


 私は見かねて彼に話しかけた。


「来生さん、ちょっといい?」


 その時、彼は咲ちゃんの残したハンバーグのお皿にラップをかけているところだった。


 私は彼を庭へ連れ出し、二人してラッキーの小屋のそばのベンチに腰掛けた。


「あのね、来生さん。明日は土曜日でしょう」


「ああ」


「ねえ、来生さんて、どうしてそうぶっきらぼうなの?」


「ぶっきらぼう?」


「咲ちゃんにはさ、『どうしたの?』とか『具合悪い?』とか言うくせに、私にはいつでも『ああ』とか『いや』とか『なるほど』とかばかりじゃない」


「ああ」


「ほらまた」


「いや申し訳ない。決して悪気はないんだ。どうしてもこういう口調になってしまう」


「ま、いっか。あのね、もうすぐお盆でしょう?だからみんなのお父さんやお母さん、明日みんなを迎えに来るのよ。いつもの土曜日だったら咲ちゃん以外にも誰も面会に来ない子が何人かいるんだけど、今年のお盆は咲ちゃん一人になっちゃうの。だから元気がないのよ。しかも最悪なことに明日は咲ちゃんの誕生日。せっかくの誕生日なのに咲ちゃんは一人ぼっち。来生さん、聞いてる?」


「いや、ああ、もちろん」


「どうせどうしようかって考えているんでしょう。私ね、いい考えがあるんだけど」


 そう言って、私はいたずらっぽく彼の目を下から見上げた。


「何?」


「そんな聞き方じゃ教えてあげない」


「その・・・いい考えというのはどんなことかな?」


「教えたら私のいうこと聞いてくれる?」


「いうことって?」


「それは後で言うから」


「わかった。約束しよう」


 そういう展開になることは最初からわかっていた。

 

咲ちゃんを喜ばせるためなら、どんな条件を出したって彼は言うことを聞くに決まっていたのだから。


「明日の昼はラッキーの小屋を作ってあげるの。咲ちゃんと一緒にホームセンターへ行って材料とか買ってきて。きっと咲ちゃん喜ぶと思うんだ」


「なるほど」


 そう言うと、彼はすぐにベンチを立とうとした。


「ちょっと待って。どこへいくの?」


「彼女に知らせてくる」


「待ってよ、まだ先があるんだから」


「まだ先があるのかい?」


「『あるのかい?』じゃないよ。だって夜はどうするの?」


 意味がわからなかったのか、一瞬彼はぽかんとした表情をしていたが、気がついたように、


「そうか。確かに夜は大事だ。何もないというわけにはいかないな」


 と言った。


「私、考えたんだけど、夜はパーティーしようよ。私と来生さんとお父さんと咲ちゃんで。ケーキとか作ってプレゼントも用意して」


 私がそう言うと、彼は私の目をじっと見つめた。私はなぜ彼がそんなふうに私を見つめるのかわからず、少しどぎまぎしてしまった。


 しかし彼は、


「君はある意味天才だ」


 と言うと、またベンチを立とうとした。


「来生さん、プレゼントはどうするの?ケーキは?」


「は?」


「『は?』じゃないでしょう。プレゼントはいつ買うの?来生さん、明日ずっと咲ちゃんと一緒なんだよ。咲ちゃんと一緒に咲ちゃんの誕生日プレゼント買いに行くの?」


 彼は再びベンチに腰掛け、ため息をついた。


「わかった。僕は今からプレゼントを買いに行く。今ならまだどこかやっているだろう。だから君はパーティーのことを咲ちゃんに知らせてくれ。そうしたらきっと彼女はお腹がすくに違いない。だって今日はろくに食べていないんだ。そうしたら冷蔵庫にハンバーグがある。電子レンジでチンして食べさせてあげてくれ。いや、食べさせてあげて下さい。それじゃ」


 彼は一気にそう言うと、バイクのところまで走り、エンジンをかけた。


 バイクのテールランプはあっという間に小さくなってしまった。


 私はそれが小さな点になって完全に消滅するまでずっとそこに座っていた。


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