奈緒 18
遠山奈緒様
君がこの手紙を読んでいる
ころ、僕はもうそこを離れ、ある場所へ向かっていることと思います。
本当は君にも咲ちゃんにもきちんとお別れをしなければいけないと思っていたのですが、どうしてもそれが出来ない意志の弱い僕を許して下さい。
いつか君に「事情がある」と言いましたね。
あの時、僕はクリスマスにそれを話すと約束しました。
だから、その約束を果たすべく、僕は今、こうして君に手紙を書いています。
僕の身体は癌に侵されています。
今はもう、身体中が癌のようなもので、実はこうして字を書くのも精一杯です。
約二年前、僕は自分がこの病気にかかっていることを知りました。
医師からはすぐに治療すれば完治も可能だといわれましたが、僕は治療しない道を選びました。
それは病気の力を借りて自分と一心同体である悪魔をこの肉体ごと葬り去ろうと決意したからです。
だからある意味、僕は癌を授かったといっても良いのです。
しかし一年が経ち、体に少しずつ痛みを感じるようになると、僕は、死を現実のこととして意識するようになりました。
するとこれまで誰からも愛されなかった自分が、そしてたった一人で少しずつ近づいてくる死を待っている自分の境遇がひどく惨めに感じられ、最期くらいは温かいぬくもりの中で暮らしてみたいと思うようになりました。
そうして僕はくすのきハウスへやってきたのです。
そこで思いがけなく君たちの温かい心にふれた僕は、予定通りにハウスを去ることが出来なくなりました。
そしてその挙句、自分の寿命が尽きかけているというのに、もう僕は君たちに何も与えることができないとわかっているというのに、君や咲ちゃんの気持ちを受け入れてしまったのです。
「事情がある」などと、君の気をつなぎ止めるようなことを言ったのは、僕の自分勝手なわがままです。
そのせいで君が結城さんと別れることになってしまったことについては、どうお詫びをして良いかもわかりません。
しかし二人のおかげで今年の春から今日まで、夢のような日々を過ごさせてもらいました。
熱のある咲ちゃんにりんごをすりおろしてあげた時、僕は、母親から忌まわしいこの血を受け継いだだけでなく、愛情も受け継いだのだということに気づきました。
その血を忌まわしい悪魔だと思い、自らの肉体と共にそれを葬るという選択をした自分が許されるのかどうかは、自分に課せられた最後の課題としてこれから考えていくつもりです。
最後に、君に何か頼みごとができる立場ではないことはわかっていますが、どうか僕を探さないで下さい。
モルヒネによって生ける屍のようになっていく自分の姿を君や咲ちゃんには見られたくありません。
咲ちゃんには、僕はどこか遠いところへ行ったと君から説明して欲しいのです。
君には最後まで迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思っています。
園長にはすべてを正直に話しました。
もうすぐ奥さんも復帰できるとのことで、それだけが唯一の救いです。
どうか咲ちゃんのことをお願いします。
来生晃




