4.波乱のパーティー会場
短いです。
「おい、お前、待てって言っているだろう!」
一番聞きたくなかった声が周囲に響いた。この騒音被害が出そうなくらいうるさい声の持ち主は、リリアナを陥れた内の一人、キースしかいない。
そういえば、彼と最初に会ったのは、このパーティー会場だったと思い出す。ここでリリアナとキースは出会い、婚約に至る。とてつもなく大切な事だが、人探しに夢中ですっかり頭から抜けていたようだ。
呼び掛けに対して振り返るべきか悩む。確かこの頃のキースはまだ可愛らしい所があった気がしなくもないが....ここに来るまでその存在に気がつかなかったのだから、無視してしまっても問題は無いだろう。万が一、何か言われたとしても、『気がつかなかった』で済ませれる。キースとは極力関わりたく無い。
第一、キースとの会話よりも、今は水分補給を優先したい。
よって、リリアナは、何も聞かなかったことにした。
「おいっ!」
一瞬止まり掛けた足をもう一度動かし、やっとのことでテーブルに辿り着く。この間に大分人混みの中を掻き分けて進んできたのだが、体力もギリギリだ。やっぱり体力作りを率先して行わなければ...と考えながら一人、テーブルをひょいと覗く。
リリアナの身長はまだまだ成長途中。ちょうど目線の高さにテーブルがあるのだ。断じて小さいからではない。平均よりも身長が小さいまま育つわけではないと断言しておきたい。
「待てって!」
それにしても今はレモンティーを飲みたい気分なので、キョロキョロと周りを見渡して、リリアナはそれらしいカップを見つける。
「ちょっ、む、無視するな!」
中を見ている余裕はない。早く飲みたいと思い、リリアナは一気にレモンティーを煽った.....と思ったらミルクティーだった。美味しいが、そういう気分では無かったので、なんか違う。と、リリアナはそっとカップを置き、空を見上げた。広がるのはどこまでも青い空。何も聞こえない。聞こえるのは小鳥のさえずりだけ。
「き、聞こえて、いるだろぅ!無視するなぁ!」
先程から後ろで喚いていたキースの言葉に、涙声が混じる。水分も採ったので、可哀想だからそろそろ反応しようかとリリアナが振り返ろうとすると、辺りに笑い声が響いた。キース以外にもリリアナを見ていた人物がいたようだ。
「...ふ、ふふ。ふははははッ!」
(な、何!?)
思わず、勢いよく振り返ってしまう。
「い、いやぁ、まさか、王子に声を掛けられているのにここまで華麗に無視が出来るご令嬢がいるとは....ふふっ。将来が楽しみですねぇ」
────ねぇ、リリアナ・ルーヴァルト嬢?
キースの後ろ、素晴らしい笑顔でリリアナを見つめるのは、この国の第二王子。見た目も美しく整っており、キースと同じ金髪碧眼である。将来は有望株。先月は七歳になったばかりだ。
名前は、『ラインス・ルドマンド』。大変頭の切れる男であり、将来、この国の頭脳となる予定だ。
喉から出そうになった悲鳴を何とか押し留めて、リリアナは丁寧にカーテシーをする。
「...本日は、私の為にわざわざこのような場所まで出向いていただき、とても光栄に存じます。ラインス・ルドマンド第二王子。このような小娘一人を記憶に留めて下さっているとは、とても嬉しく思いますわ」
そう頭を下げると、ラインスは更に笑みを深め、首を振る。
「いやいや、私も充分に楽しむことが出来ましたので。あぁ、そういえば、紹介がまだでしたね。貴女はもうすでにご存じのようですが、今一度。私は、ラインス・ルドマンドと申します。こちらが弟であるキース・ルドマンド。よろしくお願いしますね」
七歳とは思えない完璧で流暢な返し。話し方一つでも、彼が大変有能だということが窺える。
(ええ、ええ。知っていますとも。忘れたくとも忘れられない顔よ!キース・ルドマンド!)
荒れ狂っている心を一切表面に出さず、リリアナは再度頭を下げる。
「あぁ!そちらがキース様なのですか!先ほどは申し訳ありませんでした。てっきり、私ではない誰かを呼ばれているのかと思いまして」
そうリリアナが申し訳なさそうに頭を下げれば、まんざらでもなさそうに一言。
「ま、まあ、許してやらんこともない!」
今まで無視され続けてきたキースは、先程までの涙声はどこへ旅立ったのか。ふんぞり返ってそう声を張り上げる。
そして、今日一番の爆弾をこの場に落としたのだった。
「俺と婚約すればな!!」
( ̄¬ ̄)