6-06 かつては敵を見たら倒してたけど
最初にやって来た冒険者達は松明を手にしている。
まだ初級ということなんだろう。魔導士はどうしても攻撃魔法を最初に覚えるし、神官は治癒魔法が先になる。
そういう意味で、毒を持ったスライムは有効なんだが、ゴブリンの持つ矢にはすでに毒を取り去っている。
俺達のダンジョンは冒険者を殺すことを目的としていない。何らかの怪我を負わせて早期に引き返して貰うのが目的だ。
引き返した冒険者達が次にやって来る時には、怪我を負った状況に対する何らかの工夫をするだろうし、魔族も人間族との闘いについて経験を積むことができる。
とはいえ、魔族の損耗は痛いところだが、スケルトンであれば西で行っている魔族と人間族との戦でいくらでも作ることができるらしい。レベルを上げたスケルトンを引き抜き、その代わりに纏まった数のスケルトンをクネリさんが送ってくれる。
「全て配置済みにゃ。大広間まではスケルトンも少ないにゃ。今夜は大広間で休むこともできるにゃ」
「明日は?」
「西に誘い込むの。そうすれば、次のパーティは広間から北に誘導できるよ。なるべく合流させないようにするけど、場合によってはお婆ちゃん達に【転移】魔法を使ってもらうの」
回廊に足を不意踏み入れた冒険者達を眺めながら、俺達は対応を再度確認する。
ゴブリンの被災者達の来訪は一時中断しているが、あまり待たせたくもない。やって来た冒険者達が広間で休憩したなら、深夜に再開するのだろう。
魔族の方に余裕があるとも思えないし、ましてやあまり強くない種族だからねぇ。食料を少し持たせてこちらに送って来るんだろうな。
暖炉近くのソファーに腰を下ろして、仮想スクリーンを4人で眺める。
ダンジョン1階の平面図に、周辺の地図、それに大回廊の突き当りにある中途半端に開いた青銅の扉の上からの画像だ。
「全員が松明を持ってるでござる!」
「それだけ用心深いんだろう。このダンジョンにやって来るのは初めてじゃないってことだ」
「大丈夫かな?」
「大丈夫にゃ。松明があちこちに移動してるにゃ。あれは恐々という感じにゃ」
ダンジョンの入り口から大広間にかけての大回廊は横幅がたっぷりあるからね。馬車に乗って入ってきても余裕があるくらいだ。奥から見た映像には横に何度も移動する松明の明かりが見える。
途中にいくつか部屋もあるし回廊が延びているんだが、あんなに沢山ではなかっぞ。壁面を何度も確かめるように進んでいるようだ。
回廊にはいくつか明かりもあるんだが、その灯りだけではスライムを踏んずけてしまうだろう。
何かに懲りて、松明を大目に持っているということなのかもしれないな。
途中何度か歩みを止めたのは、回廊が左右に伸びている場所だった。
部屋があるのに中に進まないのは、やはり以前やって来た連中に違いない。やがて大広間に到着すると、ゆっくりとした足取りで広間に下りていくようだ。
「もう1つ、仮想スクリーンを作るよ!」
クリスがバングルを操作して4つ目のスクリーンを作り出す。モイライ像の上の方から大広間全体を映し出した画像だ。
大広間は明るいから、1個を残して松明の火を消している。
そんな慎重な冒険者がしていることは……、洞窟サボテンの熟して落ちた実を短槍の先で拾いだしている。
洞窟サボテンに生えた実やサボテンの幹には一切刺激を与えないようにしているのを見ても、新参ではなさそうだ。
「やはり新参じゃないね。そろそろ始めたらどうだい?」
「ミーナ姉さん、始めて!」
「それじゃあ、始めるにゃ……。ミーナにゃ。状況開始にゃ!」
大広間の北に延びる回廊からゴブリン達が現れて一斉に矢を放って引き返していった。
冒険者達にしっかりと逃走先を見る時間を与えているのも、打ち合わせ通りということだろう。
盾になった冒険者が矢を受けたようで、冒険者の1人が魔法を使っているようだ。少年達の弓はゴブリン弓兵の使う弓より弱いから、致命傷とはならないだろう。【サフロ】の魔法で事足りるに違いない。
「直ぐに追い掛けないようだ。少しは学んだってことか?」
「夜に動きまわるのを避けただけにゃ」
ゴブリンを追い掛けずに、小さな焚き火を作っている。大回廊への出口付近なら、襲うとしてもスライムだけだからね。バイパーもいるんだけど、あまり大広間には近づかないようだ。
「大広間で一泊ってことなら予定通りだ。もう一組は?」
「ダンジョンの前で一泊するみたい。いつもの場所で焚き火をしてるよ」
余った焚き木を置いていくから、あそこで焚き火を作るのかな? 鍋を吊るして食事の準備をしているようだ。
「予定通りに進んでいる。明日はもう1組も入って来るから忙しくなるぞ。俺達も2組が同時にダンジョンにやって来た時の対応は初めてだから、万が一も考えといた方が良いだろう。ゴブリンの少年達が囲まれそうになったら、ゴーレムだ!」
「ゴーレムで通せんぼをするの? なら、この辺りかな」
「石を転がせば、この通路に逃げ込めるにゃ」
結構、激しく意見を交わしているのはゴブリンの少年達の命が掛かっているからだろう。彼等は兵士ではない。元々は俺達に代わって狩りをして、スライムやホムンクルスの食料を確保するのが仕事だ。
兵士ならば覚悟もあるだろうけど、少年達の未来は不確定だ。魔族であっても少年達の未来は閉ざすことが無いようにしたいものだ。
「……やはり、ゴブリン弓兵が2個分隊欲しいにゃ」
「クリス達と相談して欲しいな。派遣時のマナが心配だけど、場合によっては1個分隊ずつ増やしても良いんじゃないか?」
まだ1階層のダンジョンだけど、冒険者に対する魔族の組み合わせは悩むところだ。
冒険者をしていたころは、向かってくる魔族を蹴散らすことが俺達の使命だと思っていたが、今考えると冒険者の仕事は魔族の装備を奪うことが目的だったんじゃないかと思えるんだよな。
単に魔族を倒すなら俺達ではなく軍隊を使うべきだ。だが、王国はダンジョン攻略は冒険者任せにしているし、ギルドが集めた魔族の武具は自分達でも使うけれど多くは王都の工房に運ばれている。
北の鉱山を魔族に落とされてからは、小さな鉱山が人間族に残されているだけだ。軍の消費する武具の多くが冒険者がダンジョンで勝ち取って来た魔族の武具で作られているのは周知の事実だからなぁ。
ふと、ミーナさんの視線を感じて顔を向けると、俺を見ながら首を傾げている。何を考えてるの? という感じなんだが、クリスには似合うけどミーナさんは卒業した方が良いんじゃないかな。
「ちょっと昔を思い出してた。あの頃は、魔族を見たら追い掛けてたな。今日は何体倒したって酒場で誇ってたんだ」
「似たことをしてたにゃ。私も偵察をしていたけど,小さな部隊なら血祭りにあげてたにゃ」
たぶん同じように、相手は危険な存在と教育されてたんだろう。
今では良い相棒になってるんだけどね。その変化は、俺達が一度死んでいるからなんだろうか?
クリスには俺達の戦いのようなことは聞いたことも無いだろうから、おとぎ話の世界に思えるのかもしれないな。
とはいえ、今はこのダンジョンの総責任者でもある。きちんとダンジョンを運営できれば天使になれるんだから頑張って貰わねばならないけど、ダンジョンの管理は綺麗ごとだけではない。どちらかというと血なまぐさいものなんだが、それで天使になれるというのに疑問を感じるな……。
待てよ、確か堕天使という存在もあったんじゃないか?
この状況下で、善の心を失うことが無いようにするのが天使となるための試験なのかもしれない。
冒険者達に対して、魔族を率いて皆殺しではやはり堕天使そのものだ。
少女の心は複雑だと聞いたことがあるけど、上手く誘導してあげないといけないように思えてきたぞ。
ダンジョン内の魔族の管理はミーナさんで問題ないから、俺の本来の目的はクリスを善の側に止めることになるんじゃないか?
とはいえ、全くの善ということでも問題があるんだろうな。いかにバランスを保ってあげられるかが肝になりそうだ。
「婆さん達から連絡が来たにゃ。ゴブリン達の移動を始める許可を求めてるにゃ」
「良いですよね、クロードさん?」
「そうだね。今ならできそうだけど、明日も冒険者達が動いている間は中断してくれと話しておいてくれないかな」
今夜も200人程が移動してくるようだ。
尾根の東はかなり込み合い始めただろう。冒険者達が去ったら、狩りのついでにミーナさんに様子を見てきてもらおうかな。
「移動してくる人数が少しずつ減ってきてるにゃ。その分、道具が送られてきてるみたいにゃ」
「農具かな? 家畜も欲しいところだけどね」
「今だと冬を越せないにゃ。来年なら……」
俺達が仕入れてきた子羊だって俺達が世話をするぐらいだからね。先ずは生活基盤の整備が大事ってことなんだろうな。
彼らの住み家づくりも気になるところだ。冬はもう直ぐそこまで来ている。




