5-08 掛った!
勇者と戦士の距離がだんだんと離れていく。
ゴブリン弓兵が矢を浴びせては奥へと逃げていくようだ。このまま進んでくれれば、いよいよ俺の仕掛けた罠ってことだな。
「魔導士の方も上手く行ってるのかな?」
「神官と同じ! 最後は大広間に追い込むの」
大広間に追い込むというのを聞いただけでは、逃げるチャンスを作って上がるように聞こえるけど、落とし穴が一杯だからねぇ。
案外、作った本人達も仕掛けた場所を忘れてるんじゃないかな。
撤去をどうするんだろう。いまさらながら大きな課題に気が付いてしまった。
「もうすぐにゃ。クリスの準備は大丈夫かにゃ?」
「勇者が通り過ぎたところでローリングストーンを押し出すよ。大丈夫!」
戦士と分断した後も、勇者が前に進んでくれることを祈るばかりだ。
やがて、その時がやって来た。
ゴーレム2体がローリングストーンをT字路から上手く押し出してくれたらしく、2人の歩みが止まった。
「仲間意識が無いのかな? 勇者だけで奥に向かってる」
「戦士は後ろに下がっていくにゃ。でもかなりゆっくりにゃ」
「たぶん、毒矢が利いてるんじゃないか? 戦士のこの後は?」
「とりあえず、固定罠があるだけだよ。魔導士がまだ頑張ってるから」
ホブ・ゴブリンのお婆さん達は、1人が魔導士の方で、残った2人が勇者の最後の仕上げに待機している。ゴブリン弓兵はこれから戦士を相手にするようだから、魔導士の方はゴブリンの少年達に頑張って貰わねばなるまい。
魔導士の放つ火炎弾は呪文の詠唱でワンテンポ遅れるから、素早い動きの少年達に当たることは無いだろう。
「戦士が倒れたにゃ!」
「平面図では分からないだろう?」
「動きが止まったにゃ。分かれ道も無い場所で止まる理由もないにゃ。それに、この辺りにも仕掛け弓を置いといたにゃ」
仕掛け弓に当たったということかな?
戦士の運命はここで絶たれたのだろうか。
しばらく、見ているとゆっくりとだが戦士が動き出した。解毒薬をまだ持ってたということなんだろう。
とはいえ、先は長いんだよな。戦士だから魔法が使えたとしても数は少ないだろうし、【転移】魔法が使えるのは魔導士と勇者だけらしいからね。
勇者がゆっくりと回廊を歩いている。
この先を曲がった先にある部屋が勇者を倒すための罠になる。部屋の中から監視できるようにしてあるんだが、扉を開けないと近づいてくる勇者の姿が見えないのが残念だ。
「ああっ! 逃げられちゃった」
「ん? どうかしたのか」
「魔導士が【転移】魔法を使ったの。この近くじゃないよ! ずっと遠くに行っちゃった」
「最後は?」
「お婆ちゃんの火炎弾をもろに浴びて、後ろから毒矢が数本刺さってた」
「それなら、十分に懲りたんじゃないか? こっちの戦士は任せたからね」
【転移】に伴う魔方陣が作動すると、ちょっとした物理的な結界ができるらしい。外からの攻撃は無効化できるんだが、中にいる者もそれなりの制約を受ける。
【転移】が終了しない間は動きが取れなくなってしまうのだ。
逃げるには追撃を防ぐ便利な効果なのだが、この場合は中にいる魔導士の動きが取れない時間が問題となる。
すでに回復薬は使い切っているのだろう。数本の毒矢を受けた状態では一刻も早い解毒薬の服用が必要なんだろうが、それを飲むことができるのかどうか……。
町か王都に行ったんだろうが、勇者達を快く思っていない連中だっているだろうからね。助かる可能性があるとはいえ、2度と冒険の旅に出ることができなくなってしまうんじゃないかな。
ミーナさんも同じ思いに違いない、視線だけを俺に向けて小さく頷いてくれた。
「戦士は絶対に逃がさないから!」
「この回廊伝いに先回りできるでござるよ。丁度横から攻撃できるでござる」
「そうだね。直ぐに連絡するね!」
クリスも狩りに連れて行った方が良いのかもしれないな。
ずっと、ダンジョン暮らしだから、いろいろと溜まってるかもしれないし。
「ちゃんと引っ掛かるかにゃ?」
「餌が餌だからねぇ……。大丈夫だよ」
鉄の鎧に金を塗布したものだ。まるで金メッキをしたようなんだけど、魔族の技術は人間族を遥かに凌いでいるようだ。これもドワーフ族を版図に納めた成果なのかもしれないな。
持ったら一発でバレるけど、鎧を手にした段階ですでに【転移】魔方陣の中なんだが、【転移】魔方陣を作り出す4つの石の1つを少しずらしている。
何処に繋がっているか分からない【転移】魔方陣の中に、進んではいるような者はいないからね。
このため、最初の【転移】魔方陣は人為的に作る必要がある。虎視眈々と2人のお婆さんがその時を待っているはずだ。
一端転移魔方陣が作動してしまえば、勇者の動きが封じられるから、石を元に戻しに行っても勇者は指を咥えて見ている外にない。
だんだんと最終地点に近づく勇者を固唾をのみ間で待つ。
突然、仮想スクリーンに映し出された部屋の扉が開け放たれ、笑みを浮かべた勇者の顔が見えた。
やはり噂通りということなんだろうな。
「いやらしい顔にゃ!」
「欲に眼がくらんだ……。というところだろうね」
部屋に足を踏み入れた勇者が、ゆっくりと金ぴかの鎧に近づいた時だ。
勇者を中心に【転移】魔方陣が組み上がり、魔方陣が回転しながら光を放ち始めた。
一瞬、勇者に驚愕が走ったが、すぐに下品な笑みを浮かべると鎧に手をのばして抱え上げる。
下品な笑みが消えて、首を傾げている。
いくら何でも、金の鎧なんて意味がないと思わないのかな? 目立つし、重い。その上に強度が無いんだから金で鎧を作るわけはないと思わないところが、つくづく不思議に思える。
しばらく鎧を調べていたが、やがて思い切り床に叩きつけたから、ようやく偽物だと気が付いたみたいだ。
その時、部屋にお婆さんが入って来た。
勇者の姿に笑みを浮かべて、問題の石を元に戻して去っていく。
【転移】魔方陣が一際明るい光を放った後には、勇者の姿が部屋から消えていた。
「掛ったのかにゃ?」
「ああ、これで勇者が助かることは無い。持って数日と言われてるけど、水筒を持ってるかもしれないからね。1か月後に部屋を見てみよう」
水筒を持っていても飲むこともできないんじゃないかな。一応の安全策ということで1か月後なら問題も無いだろう。
さて、戦士が残ってたな。どうなったんだ?
「こっちは何とかなったけど、クリスの方は?」
「もう少しかな? あま力が動かないから、こんなになってるんだけど」
どうにか大広間まで辿り着いたようだけど、鎧に矢がたくさん刺さってるぞ。ふらふらと酔ったような足取りで出口に向かって進んでいるがあのまま進めば、洞窟サボテンの林に入ってしまいそうだ。
「一応、最後まで確認してくれ。勇者の最後を確認するのは1か月後になりそうだけどね」
「やはりお婆ちゃん達は凄いんだね!」
「ああ、凄いぞ。さすがは魔族の魔導士だ」
現役復帰も夢じゃないんじゃないか? 半レイスのお婆さんだって何らかの報償を受けるに違いないな。
「戦士が片付いたら、お菓子とワインを持ってお婆ちゃん達を労ってくれないかな。ワインは3本いるだろうな。ゴブリン弓兵だって飲みたいに違いないからね」
「分かった。アビスと出掛けて来るね」
クリスの嬉しそうな言葉を聞いて、ミーナさんが腰を上げた。倉庫に行ってワインを持ってくるのかな?
戦士が洞窟サボテンの根に絡めとられたのを見たところで、クリス達はミーナさんが準備してくれた手カゴを持って管理室から転移していった。
魔族の武勇伝を、目を輝かせながら2人で聞き入るに違いない。
そんな光景を思い浮かべて俺達は笑みを浮かべて頷いた。
「終わったにゃ。1人逃がしてしまったけど、勇者があの状態なら問題ないにゃ」
「問題はこの後だ。ミーナさんには申し訳ないけど、明日にでも神官と戦士の持ち物を回収してくれないかな。たぶんお金をたっぷりと持ってるはずだ。俺達もお金は残り少ないからね」
「たぶん、10年以上持つに違いないにゃ。それに装備だって高価な品にゃ」
正直言って、勇者がやって来たことは迷惑な話だけど、残したお金はありがたいと思てるんだよな。
何せ、今年でほとんどお金が底をつく状態だったからね。
ある意味、勇者様様ということになりそうだ。
翌日。ミーナさんが装備を回収してくれた。
神官と戦士が残してくれた金額は、16万5千バイトを越えていた。やはり強欲パーティと言われていただけのことはあるな。
「かなりの金額だけど、俺達で全部使わずに、勇者達に迷惑を被ったダンジョンの管理者達に分けたいんだけど、どうだろう?」
「賛成、(でござる)!!」
いつものように暖炉傍のソファーでお茶を飲んでいる時、皆に提案してみた。
「その内に、クネルさんが来るだろうから、頼んでみるよ。まだ、勇者が残ってるけど、その装備を手に入れるには時間が掛かりそうだ」
「切りよく、15万バイトを渡しましょう。1万5千バイトあるなら2年は暮らせます!」
「勇者達の装備は私達で頂くにゃ。あれも色々に使えるにゃ」
場合によっては売れると、ミーナさんは考えたみたいだ。
売れるだろうけど……、いや、その手があるぞ。
「神官の槍は少し変わってたね」
「槍の根元に魔石が埋め込まれたにゃ。水の魔石のおかげで魔導士の杖と同じような効果があると、婆さん連中が言ってたにゃ」
「あれを持って、町のギルドに行ってみないか? ダンジョンで見つけたと言えば、少しおもしろくなるんじゃないかな?」
全員の顔に笑みが浮かぶ。
たぶん相当な騒ぎになるはずだ。うまく行けばギルドで槍を引き取ってくれるかもしれない。
それに魔族の軍に戻るゴブリン弓兵にも、何かお土産を持たせないとね。
クネルさんは必要ないと言ってくれるだろうけど、勇敢にも勇者達相手に矢を射てくれたことを忘れてはならない。




