5-02 勇者対策を考えよう
勇者はまだ王都の西にいるらしいから、やって来るとしても来春になるだろう。
その前に、対応策を考えないといけないし、ダンジョンの拡張だって進めなければならない。
まったく、迷惑な存在だよな。どうせなら、魔族と戦っている戦場に向かって欲しいところだ。
「時間はありそうで、意外と少ない。罠も大事だけど、現状で罠を作ったら冒険者の訪れる数が減りそうだ。罠は冬に作るとして、もう1つ緊急避難用の場所を作る。ホブゴブリンのお婆さん達や、ゴブリン達も避難させないといけないだろう」
「虐殺されてしまうにゃ。それで、どこに避難させるにゃ?」
ソファーに座っての作戦会議。小さなテーブルの上に仮想スクリーンを展開して地図を映し出す。
「この川沿いに作る。作ると言っても丸太小屋だな。地下室を作って見掛けよりも広くしたい。周辺の木々を切って焼き畑を作れば、他の連中が見つけても俺達が暮らしていると思うだろう」
「地下を広く作る必要があるにゃ。拡張工事が遅れそうにゃ」
「でも、お婆ちゃん達を安全な場所に避難させるのは、私も賛成です!」
クリスの言葉に、彼女に顔を向けて頷いた。
出来れば、尾根の東に作りたいけど、村に獲物を卸している俺達の生活の場があった方が良いだろう。将来的には尾根の東の開拓も進めたいけど、それはゴブリン一族の問題だからね。
「明日から取り掛かるにゃ。そうすると、この区画の工事が遅れるにゃ」
「十分に間に合うよ。地下室作りはホムンクルスを派遣しても構わない。なるべく大きく作らないといけないからね」
工事の遅れは、冬には取り返したいところだ。地下階への足掛かりについては、地下階のダンジョン作りと一緒になっても構わないだろう。
先ずは、勇者を何とかしなければ、人間族を擁護する神と魔族を擁護する神との間の取り決めに、大きな亀裂を生じかねないとケネルさんが言ってたからね。
「他のダンジョンの動きが、どうなってるか分かるかな?」
「ダンジョン間の会話は出来ないよ。直接天使様に聞くことになるんだけど、頑張りなさいと言われたの」
クリスなりに情報を集めようとしてたんだな。
本来なら勇者は神の祝福を受けるんだろうな。かつてはそんなこともあったんだろうけど、現在は神にも見放された存在らしい。
「ダンジョンを破壊したとアビスが言ってたにゃ。上級魔法をダンジョンの中で使ったみたいにゃ」
「自分達が生き埋めになるなんて考えないのか!」
「土魔法の【隔壁】、外に出るための風魔法の【転移】を持ってるのは間違いないにゃ」
生き埋めの罠は難しいかもしれないな。落とし穴もダメだと言ってたから、何か意表を突くような罠でないと引っ掛からないのかもしれないぞ。
そんなことで悩んでいる俺達の苦労も知らずに、冒険者達がダンジョンにやって来る。
お婆さん達に、魔族達の指揮を任せているから、ゴブリン達の食事作りの合間に適当にあしらってくれるのがありがたい。
基本は去年までの俺達と同じように、一撃離脱でいつまでも戦闘を継続することがない。
「クロード殿の、采配は見事じゃなぁ。ワシ等もそれを見習っておるだけじゃ」
そんな言葉を、お礼のワインを持って行くたびに聞かされるんだが、俺より効果的にスライムやスケルトンを動かしてるんだよなぁ。
「お婆さん達は魔族の古株なんですよねぇ。勇者のことで知ってることがあったら、教えてくれませんか?」
「ワシ等も、また聞きでしかないが、それでも良いかね?」
魔族に伝わっている勇者の話は、ダンジョンにいて、勇者達の襲撃から命が助かった者達から伝わったらしい。
それでも、俺には有益ではある。
勇者は一般の戦士から比べれば比類ない者のように思われているが、どうやらそうでもないらしい。
同行する戦士、魔導士、神官と比べれば、それ以下の力量ということだ。
力は戦士に及ばず、魔法は魔導士や神官が使えるものよりも効果が落ちるということだ。
「ある意味、超人ではあるが、1つの力量となれば、同行する他者よりは落ちるようじゃ。クロード殿は、勇者と同行者を引き離したいということじゃが、ワシ等も賛成じゃよ。とはいっても、残った勇者だけでも一通りのことができるというのが問題じゃな」
「勇者個人の戦闘能力は、魔族の種族と比較すればどれぐらいになるんでしょうか?」
「若いドラゴンじゃな。老いたドラゴンではないぞ」
即答だったけど、少なくとも俺がやられたミノタウロスよりは遥かに上ということなんだろう。それにしても、ドラゴンはちゃんといるようだ。俺は見たことすらないんだけどねぇ。
「頑張るんじゃぞ!」と励まされて、管理室に帰って来たんだけど、老いたドラゴンと若いドラゴンの違いが俺には分からないな。
クリスに頼んでキューブで調べてみるか。
「こっちが老いたドラゴンで、こっちが若いドラゴンだよ」
ご丁寧に、俺の目の前に2つの仮想スクリーンで2種類のドラゴンの情報を出してくれた。
力、魔法力ともあまり大差がないな。強いていうなら、若い方が素早さが勝っている感じに見える。
これだと、若いドラゴンの方が強いように思えるんだけどねぇ。
「お婆ちゃん達は勇者は若いドラゴンだと言ってたよ。本当にダンジョンを潰されそうだ」
「若い方が強いの?」
ん? クリスの素朴な疑問にどう答えたら良いのか一瞬迷ってしまったぞ。
確かに、若者は力もあるし素早く動ける。だけど、冒険者の若者と長く冒険者をしていたものとでは、ダンジョンの攻略に大きな開きがあることも確かだ。
若者は体力に任せて下階に行こうとするけど、ベテランはそうではないんだよな。
俺の現役時代はどちらかというと体力任せなところがあって、年上の冒険者達から呆れられていたこともあった。
彼らは決して無理をしない。それは……、経験の差ということか!
経験のないものは危機管理が出来ないってことなんじゃないか? 若いドラゴンと老いたドラゴンではわずかに若いドラゴンが能力的に優れているが、戦いに対する経験は未熟ということになる。
お婆さん達は、自分達の経験に照らし合わせてあの表現を使ったのかもしれないな。
そういうことなら、少しは対策の目途が立ちそうに思えるぞ。
「分断して、勇者を1人にする。その後は勇者が経験したことが無いような状況を作り出して、途方に暮れたところを襲えばいい」
「先ずは分断にゃ? 次はいろいろと試すということかにゃ」
「分断策は、ミーナさんとクリスで考えてくれないか? ホブ・ゴブリンのお婆さん達も協力してくれると思うよ」
2人とも頷いてくれてるから、何とかなりそうだな。とはいえ、お婆さん達の知恵を頼りにしてるという感じに見えなくもないんだけどね。
「殺しても良いのかにゃ?」
「クネルさんの言い方だとダンジョンの敵だからね。敵に同情はいらないぞ」
本当の敵は勇者なんだろうけど、勇者に加担しているなら同罪とみなしても良いだろう。ダンジョンは魔族と冒険者の戦いの場だ。それ以外の連中ならダンジョンが牙を向くことになっても問題は無いだろう。
それに、勇者と呼ばれている連中が勇者とは限らないからな。遥か西の地で繰り広げられている魔族と人間族の戦いに参入するということなら、俺達も心から送り出したいところではあるが、ダンジョンのお宝目当てというから、あきれ果てた勇者様だ。
このダンジョンにやってくるのは、少なくとも半年以上先になる。
それまでに、何とか良い案を考えないといけないな。
夏を過ぎたころ、東の川沿いにログハウスが出来たらしい。ミーナさんの話しでは2棟作ったということだから、ゴブリン達の避難は何とかなりそうだな。
現在は地下室を拡張中ということだが、スケルトンを避難させる場所だからねぇ。かなりの大きさが必要になるはずだ。
「場合によっては、尾根の東に避難させるにゃ。冬でも雪洞を作ればなんとかなるにゃ」
「来春以降だから、雪は残ってないと思うよ。それで、ミーナさんの方は良い案が浮かんだの?」
「バッチりにゃ。最初に勇者と他の3人を分けるにゃ。この回廊に誘い込んで……」
ミーナさん達はローリングストーンを使うらしい。その為に、半年契約でゴーレムを1体召喚するとのことだ。それだけで500マナを使うんだから、俺達では1体がやっとだな。
分断した後は、神官から始末していくと言っていた。
神官の【治療】魔法はかなりのものらしい。死んでない限り再生させられると言っていたから、瞬殺するしかなさそうだが、そんな方法があるんだろうか?
「傷薬や毒消しも持っているかもしれないけど、最初に神官を潰せば後は何とでもなるにゃ」
「勇者も【治療】魔法が使えるんだろう?」
「使えると言ってたにゃ。でも神官より効果がないにゃ」
神官の使う魔法と、魔導士の使う魔法の両方を使えるのも厄介な話だ。【転移】魔法も使えるらしいから、上手く罠に掛けないとダンジョンから出てしまいかねない。
待てよ、魔導士も【転移】魔法が使えるはずだ。その対策はどうするんだろう?
「【転移】魔法が厄介にゃ。でもダンジョン内での転移はたぶんやらないにゃ。地図を作るとも思えないし、転移先が不明確なら壁の中に入ってしまうにゃ」
「となると、転移先はダンジョンの外になるってことか!」
ミーナさんとクリスが頷いてるところをみると、お婆さん達の入れ知恵なんだろう。確か転移は土魔法と風魔法の組みわせの筈だ。足が地に着いていないとダメだったんじゃないか? その上、呪文を唱えなければならない。案外作動するまでに時間が掛かるんだよな。




