3-02 盗賊達の最後
夕暮れ前にクリス達が帰って来た。
夕食を取りながら、クリスが話してくれたところによると、ホブ・ゴブリンのお婆さん達はいろんな昔話を知っているらしい。
「3匹のスライムというお話を聞いてきたんです」
嬉しそうに話してくれたけど、クリスは貴族の病弱なお嬢さんだったから、いつも次女が本を読んでくれてたらしい。魔族の昔話なら、初めて聞いただろうから、嬉しそうに教えてくれるのも何となく頷ける話だ。
「良かったね。後で教えて欲しいな」
「良いですよ。でもお婆さん達のように目の前でお人形を動かせないのが残念です」
そんなことが出来るのか? 思わずミーナさんに顔を向ける。
「婆さん達は、魔導士にゃ。土魔法で作った人形をイエル婆さんが動かしてたにゃ」
イエル婆さんは亡くなった後はレイスとなって残った婆さん達と一緒にいるらしい。霊魂だけの存在だと聞いたけど、自分の望み次第で実体を取ることも出来るようだ。
人形を動かしてた時には半分実体を作ったんだろうか?不思議なお婆さん達だな。
「昔は魔族軍で活躍してたらしいにゃ。でも今はあんなだから害はないにゃ」
「クリスを孫ぐらいに思ってるのかもしれないな。クリスも、たまに遊びに行ってあげたらいいよ」
クリスが大きく頷いてるから、約束でもしてきたのかな?
なら今度行ったら、お婆さん達の欲しい物を聞いて欲しいな。それなりの見返りは必要だろう。
「それで、討伐隊はいつやって来るにゃ?」
「ギルド間の通信網を使えば、今頃は町のギルドに知らせが届いているはずだ。盗賊達が後ろを気にしていたところをみると、討伐隊も東へと移動しているんだろう。あまり遅くはならないと思うんだけどね」
「イヌ族がいれば、追跡は楽にゃ」
ミーナさんの言葉に思わず頷いてしまった。
人間族と簡単に言ってはいるが、その中には人間族、獣人族、それに妖精族が入っている。ある意味、魔族と対になる俗称に近いんだよな。
イヌ族は、獣人族の中でも特に追跡能力に長けた種族だ。
冒険者時代に、イヌ族の少年と一緒にダンジョンに入った時は、その卓越した嗅覚で危険を何度も未然に防ぐことが出来たからね。
「いないってことですか?」
「獣人族は数が少ないんだよ。辺境に住んでいたから、魔族にだいぶ刈られてしまったようだ」
ちょっと暗い話になってしまったけど、長く続く魔族との戦で多くの村が廃墟になってしまった。だけど魔族の方も同じことが言える。遥か西で行われている戦の場は、東西300km以上にわたり、幾度も戦線が北に南にと移動している。
「たぶん、偵察隊をいくつか放って移動してくるにゃ。でも、この辺りの兵士の練度はどうなのかにゃ?」
「戦場の兵士は交代してるだろうから、練度は悪くないんじゃないかな? 貴族の私兵は見掛け倒しだろうけどね」
所領を持つ貴族は20人ほどの私兵を持てるらしい。仕事は領主館の警護と、大きな町の治安維持らしいけど、私兵自体が治安を悪くしてるようにも思える時があるんだよな。とはいえ、冒険者とはあまり諍いを起こさないようだ。冒険者と争えばギルドが黙ってはいないからね。
地図上で動きが分かるのは10km圏内に入ってからのようだから、しばらくは管理室で待機することになるんじゃないかな。
盗賊達も安心してダンジョンの中でくつろいでいるようだ。
食料は十分に持ち込んでいるんだろう。狩りに向かうことも無く、たまに外に出るのは焚き木や水を運んでくる時だけだ。
盗賊がいるからなんだろうか? 数日待っても冒険者達がやってこない。
やはり早いところ出て行ってもらいたいんだが、自分達のアジトとして利用することを考えているのかもしれないな。
ダンジョンの奥からスケルトン部隊の突入をミーナさんと検討したんだが、スケルトン達のレベルが低すぎるとのことだ。10体程度ではヤバい橋を渡って来た盗賊の敵ではないと言われてしまった。
そんなわけで、ミーナさんはゴブリンの少年達を従えて狩に励んでるし、俺とクリスはキューブでダンジョンの周囲を警戒しつつ、ダンジョンの拡張作業の進捗を見ている。
結構暇だから、俺も手伝った方が良いのかもしれないな。一輪車を押すぐらいなら俺にもできそうだ。
「これって、討伐隊ですか!」
「ん? 確かにこっちに進んでるな。だけど、人数が分からないね」
「輝点の大きさで分かるんですよ。これだと10人以上ですね」
10人というなら、必ずしも討伐隊とは限らない。場合によっては盗賊の仲間ということもあり得る話だ。
しばらく注意を払っていると、輝点の西からさらに大きな輝点が現れた。
「30人を越えてる……」
「こっちが本隊だとすれば、こちらは先行部隊ということになるな」
森から荒れ地に出ずに、森の中をダンジョンの北に向かって進んでいる。ダンジョンの入り口に見張りがいることを教えておいたから、ギリギリまで近づいて一気にカタを付けるつもりなんだろうか?
ダンジョンの1kmほど北西で先行部隊が歩みを止める。それ以上進むと荒れ地に出てしまうからだろう。
輝点が1つ、後続の輝点を目指して移動しているから、状況説明と道案内をするのかな?
「上から見た画像を出せないかな?」
「ダンジョンが小さくしか見えないよ。もっと下がろうとしたんだけど上手くできなかったの」
「なら、入り口から見た画像と回廊の奥から見た画像でいいや。たぶん、こっそりと近付いて、見張りを倒すと思うんだよね」
「近づいたら、すぐに見つかるよ。まだ明るいもの」
クリスの言葉に笑みを見せながら頷いた。
確かにまだ昼を過ぎた辺りだからな。やるとするなら夕食時だろう。毎晩酒を飲んでるみたいだが、盗賊だからなのかな?
宴会が始まってからなら、襲撃するのも楽になるだろう。
「熱心に、何を見てるにゃ?」
俺達が同時に後ろを振り返ると、ミーナさんが腕組みしながら立っていた。
「やって来たの! クロードさんの話しだと、今夜だって」
「これにゃ?」
俺の頭越しにミーナさんがキューブが作った仮想スクリーンの画像を眺めている。
たまにミーナさんの胸が頭にぷにっと当たるんだよな。意識してやってるんだろうか?
「こっちが冒険者で、兵隊達はまだ森の中にゃ。ここなら焚き火をしても、盗賊の見張りは気が付かないにゃ」
「焚き火をするって?」
「襲撃は夜にゃ。毎晩宴会をしてるにゃ」
腹が減っては戦が出来ぬ、とは言うけどねぇ。
それまでは冒険者がジッと動きを見てるってことなんだろうな。
いつもより早めの夕食を取り、ソファーで成り行きを見守ることにした。ワインを飲みながらの観戦モードだけど、この後に起こるのは人間と人間の殺し合いだ。
クリスには少し早いのかと思ったら、盗賊の公開処刑を見たことがあるそうだ。
あえて凄惨な罰を民衆に見せるのも、因果応報を知らしめる領主に策なのかもしれない。
この世界での命が軽いということではないんだろう。俺達のダンジョン経営も、なるべくなら双方の被害を大きくしないように心掛けているぐらいだからな。
ミーナさんも、魔族の被害をあまり気にしていないようだ。本来ならもっと多くの命が失われていると思っているのかもしれない。それとも、魔族にとっての命は軽いものなんだろうか?
「動いたにゃ。たぶん弓兵を動かしてるにゃ。こっちは軽装歩兵に違いないにゃ」
「どこでそれが分かるんです?」
「射線を考えて、この5つが動いてるにゃ。崖の上にいるのが軽装歩兵にゃ。ロープで一気に下りて見張りの背後を取る気にゃ」
さすがは、元魔族の偵察部隊を率いていただけのことはあるな。
先行部隊の動きに目を取られていたら、本隊も動き始めたようだ。今夜は月が無いから暗いんだけど、ダンジョン入り口の左右に分かれて移動している。
「一気に突入するんだろうか?」
「見張りを倒したら雪崩れ込む気にゃ」
盗賊の見張りは、入り口よりやや中に入ったところにいるようだ。
あれじゃあ、見張りにならないようにも思えるんだが、何もない日が続けばいい加減になってしまうんだろうな。
平面図に映し出された画像に盗賊達がいる部屋から2人ほどが入り口に向かって移動している。
サボってないか確認するのかな? それとも酒でも持って行ってあげるんだろうか?
2人が入り口近くにやって来たとき、サボっていた見張りが慌ててダンジョンの入り口から出るのが分かった。その後で、2人が合流したから、やはり何かを差し入れにやって来たんだろう。
3人から2人が離れようとした時だ。討伐隊を示す5つの輝点が動いた。
崖の上の連中も動いたんだろうけど、平面図に投影された輝点ではまるで分からないな。互いの輝点が何度か接触したのは戦ったということなんだろうけどね。
「本隊が動いたにゃ。これで終わりにゃ」
「見張りは倒されたってこと?」
「輝点が消えたにゃ。すでに死んでるにゃ」
平面図では輝点の1つ1つが人や魔族になる。確かに接触した後では数が減っているから、ミーナさんの言う通りなんだろう。
「回廊の奥から見た画像に替えますよ」
もう少し派手な戦闘が見えるかなと思ったけど、ダンジョンの入り口から見た画像にはそんな光景はまるで見えなかった。
今度の画像には光球を3つも使って回廊を照らしながら進んでくるチェーンメイル姿の兵士が映っていた。
「回廊での斬り合いになりそうだね」
「ならないにゃ。兵士の後ろを見るにゃ。魔導士が揃ってるにゃ」
先頭を歩いていた兵士が右の通路に向かって盾を並べた。さらにその上にも盾が並ぶ。
次の瞬間。魔導士が一斉に火炎弾を通路の奥に向かって放ち始めた。
「木製の扉だから、いくらも持たないにゃ。2回目に放つ火炎弾は部屋の中で弾けてるはずにゃ」
「10個以上だぞ。あれだと……」
炎に包まれた盗賊が盾で作った壁に体当たりをしているようだ。何度か盾を持った兵士が押し返されそうになり、槍を持つ兵士が鋭く槍を突き出す姿が見える。
やがて力尽きたのか戦闘が終わったようだけど、部屋の中の盗賊はまだ残っているようだ。
ゆっくりと兵士が部屋に向かって進んでいく。
後は命乞いしか残されていないんじゃないか?
「終わったにゃ。良くて正規軍の懲罰部隊。悪ければ町で首を刎ねられるにゃ」
「懲罰部隊って?」
「私達の軍の前に棍棒1つで向かってくるにゃ。手柄を立てれば除隊させてもらえるみたいにゃ。でも私達の前衛部隊に来る前に罠に掛かってしまうにゃ」
体を使って罠を発見するのが目的の部隊、ということなんじゃないか?
罠の存在と分布が分かれば、正規軍の攻撃で亡くなる若者が減る、ということなんだろうな。
とはいえ、これで盗賊達もいなくなるから、また冒険者達がやって来るんじゃないか?
明日は、盗賊達が住処にしてた部屋を片付けなければなるまい。あれだけ毎晩宴会をしてたんだからな。さぞかし散らかし放題だったはずだ。




