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はじめに

生きる為には恐怖が必要である。

恐怖の存在こそが生を証明する唯一の方法だからだ。

日常生活で生きている喜びを知ることはあるだろうが、本当にそれが本物なのだろうか。

何かに怖れること、一般的に死が恐怖の対象だが誰しも必ず訪れる死を憂い生きてはいないだろう。

余命幾許か宣告されたのならともかく、明日が来ることを信じている人にとって死を感じることは難しい。

「何故人は生きているのだろうか」

誰にも答えは出せないけれど、生きているという実感を持つことは恐怖があってこそ感じられるのである。

生があって死がある。

私の言いたいことは死に掛けなければ「本当の生」を知ることはできないということ。


全てものがハッピーエンドで終わることが素晴しいことだと錯覚している映画を横目に、

後味が悪く終わる映画の方が死という無常な現実世界を表している。

確かに夢の世界なら良いほうがいい。

それは夢だから。

ハッピーエンドは物語の途中であり、その後には必ず終わりが来る。

だったら始めから最後の世界を描いたらいいのでは。

何故やらないのか。そこには何かしらの力があるから。

何かしらの力?それは「怖いこと」。

終わりの世界は死の世界。誰もが怖れること。

そんな怖いことが生を鮮やかにうつしてくれる。




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