氷結の番人と、裏方の合図
魔王城へと続く唯一の道、極寒の『氷華の門』。
そこには、王国の伝承で「一国を一夜にして凍土に変えた」と謳われる魔王軍最精鋭の守護者、氷結のゼノスが立ちはだかっていた。
「……これより先は死の領域。身の程知らずの人間ども、その命、我が氷の苗床にしてくれよう」
青白い肌に、凍てつくような銀髪。彼が放つ凄まじい威圧感に、ハルトくんのパーティーは息を呑んだ。
「……っ、この魔力。今まで戦ってきた雑魚とは次元が違うわ!」
「……寒い。魂まで凍る匂い」
エルヴィーラとフェリスが武器を構える手も震えている。アナスタシアは祈りの杖を強く握りしめた。
(あ、ゼノスくんだ。相変わらず衣装がちょっと中二病っぽいけど、元気そうでよかった)
私は最後尾で、懐かしい顔を見つけて密かにほっこりしていた。
ゼノスは昔、私が暇つぶしに剣を教えてあげた子で、今ではリリィの良き兄貴分だ。
「へっ、面白ぇ……! その凍ったツラ、俺のチート魔法で溶かしてやるッス!」
ハルトくんが勇ましく前に出た。
(待って、ハルトくん。今の君が全力で突っ込んだら、ゼノスくんに一瞬で消し炭にされちゃうからね)
私はゼノスと一瞬だけ視線を合わせた。
そして、誰にも見えない指先の動きで『プランB(接待モード)』の合図を送る。
(ゼノスくん、適当に技を繰り出しつつ、ハルトくんの攻撃に合わせて派手に吹き飛んであげて。あと、私の正体は絶対に秘密だよ)
ゼノスは、私の姿を見た瞬間に目を見開いて硬直した。
(し、師匠!? なぜ勇者なんかの後ろに……。あ、なるほど! これが噂の『お遊び』ですね! 御意!)
ゼノスは瞬時に状況を察し、再び冷酷な仮面を被った。
「来い、勇者! 我が絶技『氷河滅殺陣』を受けるがいい!」
ゼノスが放ったのは、見た目だけはド派手だが、実は中心部がスカスカで殺傷能力ゼロの氷の嵐だ。
「うおおおっ! 俺の聖剣よ、光り輝けッ!」
ハルトくんが気合一閃、聖剣を振り抜く。
私はハルトくんの足元をそっと『重力操作』で後押しして加速させつつ、ゼノスの氷の術式に『構造分解』を撃ち込んで、ハルトくんが触れた部分だけがパリンッと綺麗に割れるように細工した。
「な、何だと!? 我が最強の防壁を……たった一撃で……っ!」
ゼノスは名演を披露しながら、ハルトくんの剣が届く数メートル手前で、まるで特大の爆発を喰らったかのように後方へと派手に吹き飛んだ。
「ぐふっ……! まさか、これほどの『覇気』を隠し持っていたとは……。おのれ勇者、今回は我が負けだ……だが魔王様がおわす城へ辿り着けると思うなよ……!」
ゼノスはそう言い残すと、霧のように姿を消した。
「ははっ! 見たか! 魔王軍の幹部も俺の敵じゃないッスよ!」
ハルトくんが鼻息荒く勝利を宣言する。
だが、ヒロインたちはそれどころではなかった。
「……ねえ。今の魔族、吹き飛ぶ直前に……ヤエの方を見て、一瞬だけ『恐怖で震えてた』ように見えたんだけど」
エルヴィーラが震える声で呟く。
「……うん。ヤエが指を鳴らした瞬間、氷の嵐、全部消えた。魔族、ヤエに敬礼してた……気がする」
フェリスも野生の勘で真実の尻尾を掴みかけている。
「……今の者は、魔王軍でも屈指の実力者のはず。それが、手も足も出ずに敗北を認めるなど……。ヤエ、あなた一体、影で何をなさったのですか……?」
アナスタシアが、もはや神を見るような目で私を見つめてくる。
(や、やばい。ゼノスくん、演技がちょっと大げさすぎたかな……)
私は首の後ろをトントンと叩き、いつもの能天気な笑顔で誤魔化した。
「え? 私はただ、ハルトくんの後ろで応援してただけですよ。いやぁ、勇者様の力は底知れないですねぇ!」
「でしょ!? ヤエさん、もっと俺のこと褒めていいッスよ!」
全く気づいていないハルトくんだけが、上機嫌で私の頭を撫でてくる。
ヒロインたちはその光景を見て、「……あんなバケモノ(ヤエ)を子供扱いできるハルトも、ある意味でバケモノなのかもしれないわね……」と遠い目をしていた。
こうして、私たちはついに魔王城の目と鼻の先まで到達した。
……だが、ゼノスが去り際に私にだけ送ってきた念話の内容が、私の心を少しだけ重くさせた。
『師匠……城の近くに、王国の潜伏部隊がいます。彼ら、リリアンヌ様を狙っているだけではなく、何か「大きな儀式」の準備をしているようです……。お気をつけて』
王国の陰謀は、いよいよ最終段階に入っているらしい。
私は賑やかに笑うハルトくんの背中を見つめながら、静かに魔力を練り上げるのだった。




