深淵の迷宮と、裏方ギルド長のピタゴラスイッチ
魔王領のさらに深部へ進むための関所、『奈落の地下迷宮』。
数千年前の古代魔法文明が遺したとされるこのダンジョンには、一歩踏み違えれば即死する凶悪なトラップがそこかしこに仕掛けられている。
「はっはー! こんな薄暗い迷宮、俺のチート『光魔法』で明るくしてやるッス!」
ハルトくんは頭上に眩い光の玉を浮かべ、まるでピクニックのような足取りで先頭を歩いている。
「ちょっとハルト! 足元に気をつけなさいよ! ここの罠はエルフの歴史書にも『初見殺しの極み』って書かれてるんだから!」
エルヴィーラが声を荒げるが、ハルトくんは「大丈夫ッスよ!」と笑ってズンズン進んでいく。
(……やれやれ。歴史書に載ってるレベルの罠を、ノーガードで歩かせちゃダメでしょ)
私はハルトくんの影を踏むように歩きながら、静かに息を吐いた。
私の目には、通路に張り巡らされた無数の『不可視のミスリル鋼線』がハッキリと見えていた。触れた瞬間に肉体を細切れにする、極悪非道な切断トラップだ。
ハルトくんの足が、その鋼線に触れる0.5秒前。
「あ、ハルトくん。ちょっと待って」
私はそう言いながら、ポケットから取り出した『硬いビスケット』を、指先でピンッと軽く弾き飛ばした。
カキンッ! ギィィン……パラパラッ!
音速で飛んだビスケットは、壁に隠されたミスリル鋼線の『起爆装置の歯車』にクリーンヒット。
その衝撃で鋼線の張力が連鎖的に崩壊し、通路中の罠が一瞬にしてパラパラと床に落ちてただの鉄屑になった。
「ん? どうしたんスか、ヤエさん」
ハルトくんが振り返る。
「ううん、靴紐が解けちゃって。もう大丈夫ですよ」
「なんだ、気をつけてくださいよー!」
何事もなかったかのように進み始める勇者。
「……ねえ。今、ヤエが投げたお菓子で、見えない罠の術式が全部へし折れる音がしたんだけど」
「……うん。ミスリルの糸、切れた。おやつで」
後ろを歩くエルヴィーラとフェリスが、青ざめた顔でヒソヒソと囁き合っている。
さらに奥へと進むと、今度は巨大な広間に出た。
部屋の中央には、禍々しい魔力を放つ六腕の石像が鎮座している。
『侵入者ニ告グ……塵ト化セ』
石像の六つの掌に、ドス黒い『消滅の光線』が収束していく。喰らえば骨一つ残らない、古代の防衛兵器だ。
「おっ、中ボスのおでましッスね! なら俺は聖剣の『反射バリア』で跳ね返してやるッス!」
ハルトくんがドヤ顔で聖剣ルミナスを構える。
……が、彼のバリアの張り方は相変わらずガッタガタだ。あんな隙間だらけのバリアじゃ、光線が漏れて彼自身が黒焦げになってしまう。
「……ま、いっか」
私は誰にも気づかれないようにため息をつき、おもむろに愛用の『ピカピカに磨き上げたフライパン』をリュックから取り出した。
「いっけえええッ!」
ハルトくんがバリアを展開し、石像から六筋の消滅光線が放たれた瞬間。
私は「あっ、手が滑った」と棒読みで呟きながら、フライパンを空高く放り投げた。
クルクルと回転するフライパンは、ハルトくんのバリアの『隙間』にドンピシャの角度で入り込み、見事な鏡面反射で光線の軌道を上空へと逸らした。
跳ね返された光線は、広間の天井をドカンッと吹き飛ばし、陽の光をダンジョンに差し込ませる。
そして役目を終えたフライパンは、私の手元にスコンッと綺麗に収まった。
「おおおおっ!? 俺のバリア、天井ぶち抜くくらい反射したッスよ! すげえええ!」
ハルトくんは自分のチートの威力だと勘違いし、テンション爆上がりで剣を振り回している。
「……」
「……」
「……」
ヒロイン三人は、もはや言葉を失っていた。
「……ねえ、アナスタシア。わたくし、魔法の概念がゲシュタルト崩壊しそうなのだけれど。フライパンって、古代の防衛兵器を反射する神具だったかしら?」
「……神の奇跡ですわ。ヤエはきっと、お料理の女神が遣わした天使か何かなのですわ……」
「……ヤエ、フライパンで敵も焼ける。最強」
もはや彼女たちの中での私の評価が、「天才魔導士」や「暗殺者」を通り越して「概念的なバケモノ」に到達しつつある気がする。
「さあさあ、ハルトくんのおかげで道が開けましたね! 先を急ぎましょう!」
私はニコニコと笑いながらフライパンをリュックにしまい、ポカンとしているヒロインたちの背中を押した。
古代の凶悪トラップも、勇者(の裏方)にかかればただの余興。
私たちのドタバタ珍道中は、いよいよ魔王領の深部へと突入していくのだった。




