琥珀色のデバッグ
都留野さんを駅まで送り改札口でにこやかに別れると、私はスーパーへ寄って杉雄さんの好きなレンコンやらゴボウを買い、帰宅した。
杉雄さんにコーヒーのお礼を言うと、レンコンきんぴらを作り始めた。ごま油と鷹の爪の香りが鼻腔をくすぐる。
かつての嫉妬や絶望は、もうこのフライパンの中には入り込まない。杉雄さんのために料理をすることが、誰かに依存するためではなく、自分の生活を豊かにするための「プログラム」の一部である。
料理の合間に、ふとスマホを見る。
転職して新しい場所で戦っている三芳さんから短い報告が届いていた。そして、都留野さんからも今日のお礼のLINE。
べったりと会わなくても、彼女たちがどこかで「正しく動作している」ことを知るだけで十分だという感覚を覚える。
シャキシャキとしたレンコンの歯ごたえを楽しみながら、杉雄さんが「おいしいね」と笑う。
私は、都留野さんの幸せな横顔を思い出し、それから自分の手元を見る。
端末の修理も、契約書の捺印も、そしてこの夕飯の支度も。
全てが、私が私として生きるための大切なプロセスだ。
夕食を終え、杉雄さんがまたパソコンに向かう。
私たちは、もう同期しない。
それぞれの場所で、それぞれのOSが、独自のテンポで時を刻んでいる。
私はキッチンを片付けると、自分のデスクの電源を入れた。
暗い画面に、新しい世界を書き込むためのカーソルが、静かに、力強く点滅を始める。
『Error Not Found(エラー、検出されず)』
私のシステムは、今、完璧に正常だ。
今、この時、三芳さんもキーボードを叩いているかもしれない。
都留野さんは角田さんと穏やかな時間を過ごしているかもしれない。
私は、次の物語のタイトルを打ち込む。
私たちは、もう同期しない。
それぞれのOSで、それぞれの正解を走らせていく。
窓の外には、かつてとは違う、澄み渡った星空が広がっていた。
〘完〙




