気分転換って・・・。
バッティングセンター?
屋上は四方にネットが張られたバッティングセンターになっていた。
けっこう寒いのに、何人かバットを構えている人がいる。
泣いてのぼせているあたしには、冷たい風が気持ちよかったけど。
「左利きじゃないですよね?」
康太くんがそう言いながら、あたしを空いている打席に引っぱって行く。
バッターボックスに入ると、頭にヘルメットをかぶせられて、バットを渡された。
そのままネットから出て、あたしの後ろに立つと、おろおろしているあたしに声をかける。
「20球です。来ますよ。」
ヒュッ!
目の前を白いボールが通り過ぎて行った。
バットを振ることができなかった。
とりあえず、やってみようかな。
バットを握り直す。
あれ?もう投げてる!
また間に合わない。
悔しい!
よーし、次は。
今度は投げてくるのがわかった。
バットを振るけど当たらない。
なんで?
タイミングが遅いのかな?
次!
かすった!
ボールが目の前で跳ねる。
よし、行けそう。
タイミングを合わせてバットを振ると、ボールが気持ちよく当たった感触があって、ピッチングマシンの方へ飛んで行った。
「やった!」
嬉しくてガッツポーズをしながら、康太くんを見る。
康太くんも笑っている。
1球当たるとコツがわかって、次々と前に飛ばすことができた。
ホームランコースもいくつか。
ボールに集中していたら、気になっていたことが頭から消えてしまった。
「本当に初めて?あんなに打てるとは思わなかったよ。」
建物の中に戻って自販機で買ったジュースを飲みながら、康太くんが尋ねた。
あたしはすっかりゴキゲン。
「うん。でも、バレーボールではアタッカーだったし、ボールを打つのは得意かも。」
本当におもしろかった!
体を動かしてすっきりしたし。
「バッティングセンターがあんなに楽しいとは思わなかった。これからは、ストレス解消に来ようかな。」
「うん。僕もよくやってる。」
そうなんだ!
「学校の先生も大変そうだよね。」
「まあね。」
ちょっと間が空く・・・。
何を話したらいいんだろう?
「あのう、さっき、」
康太くんがためらいながら口を開く。
「さっき、2人とも春香姉さんをって言いかけたけど、あれって、椚さん以外の人も姉さんのことを好きだったってことかな?」
ああ、その話・・・。
あたし、ウソつくの得意じゃないから、訊かないでほしかったな。
「・・・うん。」
「もう一人って、あの人?佐伯さん・・・だっけ?背の高い。」
「・・・うん。あ、でも、春香さんは気付いてないよ。それに、あたしは別に春香さんに嫉妬してるわけじゃないから。」
「ああ、それはわかります。そうじゃなくて、佐伯さんと小林さんて・・・。」
「普通の友達。椚さんと同じような感じ。」
それこそ“ただの友達”だ。
「そうなんだ・・・。」
康太くんは少しの間、ぼんやりと考え込んでいたけど、ジュースを飲み終わると気軽に言った。
「プリクラを撮りませんか?」
うーん、唐突だなあ。
バッティングセンターにしても、プリクラにしても、あたしが思ってなかったことをする。
いいよと言うと、また手首をつかまれてエレベーターへ。
なんだか捕虜みたい。
そりゃあ、お友達だから、手をつなぐのは違うかもしれないけど。
でも、いやじゃないや。
プリクラは何十台も並んでいた!(何十台はちょっと大げさかもしれないけど。)
こんなの初めて見た!
康太くんが2、3列中にある1台を選んで一緒に中に入る。
カーテンを閉めると狭い部屋に2人だけでいるみたいで、ちょっと気後れしちゃう。
機械の声が説明を始めたけど、緊張してしまって頭に入らない。
しかも、昔のとは違って、なんだか手順がたくさんあるみたい・・・。
「あの、あたし、よくわからないけど・・・。」
「ああ、僕は生徒と一緒に撮ったことあるから大丈夫。」
康太くんが「じゃあ、行きますよ。」と言ってお金を入れた。
最近のプリクラはすごい。
何ショットも撮れる。
撮り直しもできる。
デコレーションも凝ってるし。
撮り終わって、絵やスタンプでデコレーションをしている康太くんの手元を感心して見ていた。
あれ?文字が・・・。
『また会えますか?』
え?
あたしに訊いてるの?
「カウントダウンです。早く!」
ペンを渡される。
えっと、・・・。
『はい』
あわてて書いて、はみ出しちゃった!
書きなおす時間はない。
失敗しちゃった・・・。
がっかりして康太くんを見たら、康太くんは笑って言った。
「今度の日曜日は部活が休みなんですけど。」
また会える。
日曜日はすぐだ。
プリントができるのを待ちながら、康太くんが話してくれた。
「結婚式のとき、春香姉さんから、小林さんは佐伯さんと仲良しだって聞いたので、てっきり恋人同士なのかと。お似合いだったし。」
そうだったのか。
まあ、誤解してる人、多いと思うけど。
だいたい、椚さんにまで訊かれたもんね。
それにしても、この話といい、この前の連絡先を教えてくれなかったことといい、なんとなく、あたしと康太くんの間に春香さんが立ち塞がってる感じがする。
「でもさっき、違うってわかったので、僕が立候補してもいいかなって。」
「はい!ぜひ!」
やだ!
こんなに慌てて言ったら、待ってたのがバレバレだ。
恥ずかしい!
困って下を向いたら、肩に手がかかって、おでこにふわっと・・・キスされた?
こんなところで?
いきなり?
頭がクラクラする。
今日はお酒を飲んでないのに。なんで?
大丈夫かな、あたし。
「あれ?大丈夫ですか?」
気付いたら、またしても康太くんに支えられていた。
こんなこと今までなかったのに!
やっぱり、いつもと違う・・・。
「小林さんは、十分かわいくて、女の子らしいですよ。披露宴で初めて見たときにそう思いました。」
「それって、外見だけのことでしょう?」
「それもあるけど、春香姉さんを見ていた小林さんの表情が、まさに夢見る女の子っていう感じで。」
そんなこと、初めて言われた!
なんか、照れちゃうな。
どうか、あたしたちがうまくいきますように!
<おしまい!>
* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *
春香 & 良平
「ねえ、りょうちゃん。今日、コバちゃん、デートなんだって。」
「ふうん。相手は誰だかきいた?」
「先週の合コンの人だって。りょうちゃんは合コンって行ったことある?」
「う・・・んと、まあ、何度かは。」
「そう。わたし、行ったことないんだよね。今度、1回出てみたいなあ。」
「結婚してるのに?」
「指輪をはずしちゃえばわからないでしょう?」
「俺に不満があるわけ?」
「違うよ!ただ、面白そうだなあと思って。りょうちゃんだって行ったことあるんでしょ?」
「別におもしろくなかったよ。」
「そうか・・・。じゃあ今度、居酒屋に行こうよ。」
「なんで、そこに話が行くのかわからない。」
「合コンをやってるところを見るの。」
「見るだけでいいんだ?」
「そう。どんな雰囲気なのか見たいの。あとね、お見合いパーティっていうのも出てみたい。」
「は?」
「それも、どんなものか見てみたいの。今度、一緒に申し込んでみない?」
「何を言ってるんだか。」
「だって、始まったらすぐに、りょうちゃんとカップル成立したことにしておけば安全じゃない。あとは食べながら観察するの。」
「もしもだよ、俺でも春でもいいけど、ものすごくしつこい人に気に入られたらどうするんだよ?」
「最終的にはあたしたちがくっついちゃえばいいんだから、大丈夫じゃない?」
「去年、あんなことがあったのに、懲りないね。」
「あんなことがあったから、自信持ってるのかも。ねえ。コバちゃんの相手って、どんな人だろうね?」
「話が急に飛ぶなあ。コバちゃんは何も言ってなかった?」
「うん。なんだか言いにくそうだったから、しつこく訊かなかったの。何を笑ってるの?」
「いや、別に。」
「でもさあ、佐伯さんよりもその人を選んだんだよ。きっと、すごく素敵なひとだよね。」
「あれ?春も佐伯よりも俺を選んだんじゃないの?」
「ん?ああ、そうか!じゃあ、・・・。」
「“じゃあ”って、何?」
「いや、何でもない。きっと素敵な人だ。」
「違うだろ。“たいしたことない”って言おうとしたよね?」
「そんなことない!わたしにとっては“素敵な人”だよ。」
「あわててフォローしても無駄だよ。」
「やだ。拗ねないで。ね?」
「・・・そんな顔で言われたら、怒っていられないよ。もう。」
『椚くんと橘さん』に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
読んでくださったみなさまが、HAPPYな気分になれたら嬉しいです。
またお会いできるといいな、と思っています。
どうぞ、毎日を楽しくお過ごしくださいね。