16話 深夜のお茶会誕生秘話 そして
これは、和カフェ まおりに悪役たちが集い、深夜のお茶会を開くようになる前のお話。
冬。 閉店した店内で掃除をしている結城。
背後が光に照らされ結城は、車のライトか? と窓の方を振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
「ああ、あんたか」
「なんじゃ、恩人に向かってその態度は」
「……ごめん。 で、またきまぐれとやらで俺の人生をどうにかしたいのか? なら勘弁してくれないか。 今の生活は性に合ってるんだ」
「そうみたいじゃな」
いたずらっぽく笑う女性に結城はムッとする。
「女神ならもっとこう、神々しい光を放って困っている人間に救いの手を差し伸べるもんじゃないのか。 あんたの場合は救うっていうよりかき回して楽しんでるようにしか見えないんだよ」
結城は手に持っていた箒を立てかけ、ため息をつきながらカウンターの椅子を引いた。
「ひどい言いようじゃな。 お主が魔王だった頃に勇者に討たれて黄泉路を彷徨っていたところを誰が助けたと思うておる」
「……その節はどうも。 だが、この店を軌道に乗せるまで俺がどれだけあんこを練り続けたと思ってる。 ようやく静かな生活が手に入ったんだ。 頼むから次は『異世界を救え』なんて突拍子もないことは言い出さないでくれよ」
「安心せよ。 お主に剣を振るえとは言わん。 ただ、お主の練るそのあんこがあまりに美味そうでな。 どうせならもっと寂しい者にも食わせてやってはどうだ、と思ってな」
女神が指をパチンと鳴らすと、窓の外の雪景色が一瞬だけ虹色に揺らめいた。
「寂しい者……?」
「そうじゃ。 自分の運命に絶望し、深夜に一人で泣いているような……物語の脇役にもなれん、哀れな悪役よ。 お主のお菓子なら、あの者のひねくれた心も少しは解けるかもしれん」
「俺に何をさせる気だ?」
「お主はいつも通り菓子を振る舞っておればよい。 まあ少し言葉遣いは柔らかくしたほうがよいな」
こうして、きまぐれ女神によって魔王から人間に転生した結城。
やがて和カフェ まおりをオープンさせ、またまた女神によって悪役令嬢をもてなすことになった。
「せいぜい徳を積んでおくことじゃ」
女神はそう言い、虹色の扉を出現させた。
「話はもうついておる。 ではさらばじゃ〜」
女神がスーッと消え「丸投げかよ」と一人ぼやく結城。
そこへ虹色の扉から一人の令嬢が現れた。
エレシャだった。
きらびやかなドレスに身を包み、キラキラ艶めく金色の髪。
その美しさに一瞬目を奪われる。
「ここがお茶会の場所かしら?」
凛とした声、気品ある佇まい。 貴族様だとわかる。
「あ、ああ。 ここへ、こちらへどうぞ」
緊張とぎこちなさから始まった深夜のお茶会。
一ヶ月が過ぎると、再び女神が現れ「追加2名じゃ」と言い残し、そこへ現れたのがナディルとティアだった。
エレシャ、ナディル、ティアは乙女ゲームの悪役令嬢。
しかし結城には乙女ゲームのことはさっぱりで、誰かわかる人をと頭に浮かんだのがバイトの唯奈だった。
きまぐれで現れた女神に唯奈を雇っていいかと聞くと「問題ない。 だが、深夜のお茶会の秘密はくれぐれも最小限に」と言われ、早速唯奈を雇った。
それから数ヶ月が経ち令嬢たちが、自分が作った菓子を食べて話に花を咲かせたり、その菓子が時空を超えてゲームの世界のキャラたちまで笑顔にしていることが結城は嬉しかった。
――そして今日も。
結城が静かに差し出したのは透明な寒天に艶やかな粒あん、色とりどりの果実が添えられたあんみつだった。
小さな器の中に、まるでそれぞれの世界を閉じ込めたような一皿。
令嬢たちは美味しそうに頬張りながら語り合う。
「公爵様、どうでした?」
「お、美味しいとおっしゃってましたわ」
ティアから恥ずかしそうに目を逸らして話すエレシャ。
ティアはナディルに、キラキラした目を向ける。
辺境伯とのことを聞きたいのだなと、少々俯いて話すナディル。
「美味い、と。 あんなに喜ぶとは思わなかった。 箱を開けた瞬間、彼は私の目を見て『君の持ってくるものは菓子でさえ私を驚かせるのだな』と笑ったんだ。 その後、金平糖を指先で摘んで『これはまるで冬の辺境で見上げる星のようだ』と、少し寂しそうに、でも愛おしそうに口に運んでいたよ」
ナディルは思い出すだけで顔が熱くなるのか、拳で口元を隠して視線を彷徨わせる。
「(ロマンチックが止まらない!! ガウェイン様、渋い顔してセリフが詩人すぎませんか!? )」
唯奈は心の中で激しくのたうち回り、危うくお茶をこぼしそうになる。
「あら、それはもうお菓子と一緒にナディルの心まで受け取ったようなものですわね」
エレシャが、公爵との進展は棚に上げて意地悪くも優しく微笑む。
「そ、そんな大層なものではない。 彼はただ、辺境の厳しい寒さの中で、こういう甘いものが救いになると言っただけだ……来週、お礼に辺境の特産品を持ってくると言っていたが、断りきれなくてな」
「(お礼の品! それってつまり、実質的なプレゼント交換じゃないですか!)」
「ティアは? 騎士団長様には告白なさったの?」
エレシャの言葉に背筋がピンッと伸びてあんみつを食べる手が止まるティア。
透き通った寒天の向こうに自分のこれまでがぼんやりと重なって見えた気がした。
苦くて甘くて、それでもこうして笑えている今がある。
他の皆もティアに注目する。
「し、したわよ」
「あら、そう」
肩をすくめて顔を赤くするティアを見て、これ以上は聞かなくてもわかるといったように扇で口元を隠し余裕の雰囲気を醸し出すエレシャ。
「え、それだけ!? もっと聞いてよ〜〜〜」
焦れてジタバタするティアの姿に店内は温かな笑いに包まれる。
かつて孤独に、あるいは絶望の中にいたはずの悪役たちは今や親友の恋路を笑顔で見守っている。
結城閑。
かつて「魔王」と呼ばれた店主の背中は今ではすっかり美味しい菓子で人を癒やす頼もしい職人のものだ。
「ま、なんだ。 うまくいったなら良かったな」
結城の言葉に令嬢たちは顔を見合わせてまた笑った。
虹色の扉が静かに明滅し、お茶会の終わりを告げる。
「来週も美味しいお菓子を楽しみにしておりますわ」
「私も、特産品を持ってくる」
「私は……あ、次はちゃんとのろけるからね!」
三人はそれぞれの「明日」へと、軽やかな足取りで帰っていった。
静まり返った店内で結城は窓の外を眺める。
かつての殺伐とした戦場ではない静かな街の夜景。
「結城さん、今日も最高の深夜営業でしたね!」
「……そうだな。 さて、来週は辺境の特産品に合う菓子でも考えるか」
空になった器の底に残る黒蜜を見て、結城はわずかに目を細めた。
物語の脇役ですらなかった者たちが自分だけの幸せを見つける場所。
深夜の和カフェ まおりの灯りは、今夜も優しく世界の続きを照らしていた。
そしてこれからも「深夜のお茶会」は続いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました!




