13話 水無月に込めた祈りと静かな誓い
「あのう……」
水曜日の深夜のお茶会。
令嬢たちが冷たい抹茶で喉を潤しているところへ、唯奈が控えめに割って入った。
「ご興味ないかもしれませんが一応……公式サイトにお三方の世界の新キャラが公開されてました」
唯奈が差し出したスマホを覗き込む令嬢たち。
「隣国の公爵様……私とは会うことはございませんわね」
「でも、セルヴェル王子の件もありますし……エレシャ様にどう関わってくるか……」
「どう関わってきても私は私のスローライフを死守するだけですわ」
「(ですよね……ロマンスは期待できないか。 この公爵様、けっこう年上な感じがするしエレシャ様のタイプじゃないよね)」
唯奈は続いてナディルの世界のページを開いた。
「辺境伯か……今度あの辺りに捜索に行く予定だ」
「(もしやそこでナディル様はその辺境伯様と運命的な出会いを!?)」
「まあ、たとえ出会ったとしても捜索の聞き込み以外話すことはないな」
「(ですよね……この辺境伯様も年上だな)」
最後はティアの世界のページを開く。
「あら、お菓子買い占め公爵様じゃない。 やっぱり追加攻略対象だったのね。 本当なら聖女にゾッコンになるはずなのよね。 なんとしてもくっつけなきゃだわ!」
「(ティア様、陰ながら騎士団長様との恋を応援しております!)」
「ナディル、辺境に捜索に行くとおっしゃってましたけど、何か手がかりがありましたの?」
「ああ、乗り合い馬車の男が三日前にある女性を乗せたそうなんだ。 必死に顔を隠していたが着てるものからしてどこぞの貴族様がお忍びで出かけでもと思ったそうだ」
「はやく見つかるといいわね」
ティアの言葉に唯奈も、はやく見つかりますようにとトレイをぎゅっと握る。
エレシャはこくりと頷くと抹茶を一口飲んだ。
「エレシャとティアのほうはどうなんだ? 召喚された聖女の影響はありそうか?」
「影響が出る前に文官と第一王子の目を聖女に向けさせてみせますわ。 今度、お茶会を開きますの。 そこで聖女が文官と第一王子に興味をもってくれればいいのだけど」
「私のほうは、聖女と第二王子が今度私のお店に来ることになったの。 そこで公爵様を紹介するつもりよ」
「第二王子って、ティアの元婚約者の弟か。 そういえば元婚約者はどうしてる?」
「国外追放になったわ」
ナディルの問にさらりと答えて抹茶を飲むティア。
「妥当な処置だな」ナディルが納得したように頷く。
「(ティア様、元婚約者の話なのに全然動じてない!)」
唯奈が感心しているとエレシャが口を開く。
「第二王子といえば、エレシャ様の世界にも元婚約者の弟がいますよね」
「ええ、第二王子が聖女をエスコートしてくるそうですわ」
「なんだか私、嫌な予感がするんです。 あまり考えないようにしてはいたんだけど……」
「私も予想はしておりましたわ」
「第二王子と聖女がくっつく、か」
ナディルの言葉に息を吐くエレシャとティア。
「まあ、公爵様とくっつくとまではいかなくても聖女に目を向けてくれさえすればいいのよね」
「そうですわ。 あの粘着質な文官や王子の愛を一身に受けていただくのが、異世界から来た本命である彼女の義務ですもの。 私はただ、その後ろで静かに紅茶を飲んでいられればそれで十分なのですわ」
「(……お二人共、聖女様を救世主というよりは『身代わりの防波堤』みたいに思ってませんか!?)」
唯奈は心の中で激しくツッコミを入れた。
「話がまとまったようだね」
結城が静かに盆を運んできた。 そこにあったのは、白い三角形のういろうの上にびっしりと小豆が敷き詰められた水無月。
「わあ! 小豆がたっぷりのってある!」
目を輝かせるティア。
「これは水無月。 三角形の形は氷を表して、上の小豆は悪魔祓い。 あなたたちの世界もその聖女様とやらが上手いこと厄を払ってくれるといいなと思ってこれを作ったよ」
「(さすが結城さん! 今日にぴったりなお菓子ですね!)」
令嬢たちが黒文字楊枝で水無月を口へ運ぶ。
「……美味しい。 もっちりした生地と小豆の甘さがなんだか心を落ち着かせてくれますわ」
エレシャが穏やかな表情で微笑む。
「本当。 これならどんな厄介ごとも綺麗さっぱり消えてくれそうね」
ティアも美味しそうに水無月を頬張った。
ナディルは静かに一切れを口にし「……私の世界の聖女ミオナも誰かにとっての厄を一人で背負わされていたのかもしれないな」と、消えた聖女を案じるようにポツリと呟いた。
「ナディル、きっと見つかりますわ」
「そうよ。 見つかったら結城さんのお菓子持っていくんでしょ?」
「ああ。その時は最高に甘くて涙の味を消してくれるやつを頼むよ」
ナディルは結城に視線を送り、わずかに口角を上げた。 結城は無言で、しかし力強く一度だけ頷いた。
「お茶のおかわりいただけるかしら」
「私も頼む」
「私も」
令嬢たちの言葉に「はい、ただいま!」と茶器に抹茶を注ぐ。
「では、来週またここでお会いする時はきっと良い報告ができるように」
エレシャが茶器を上に掲げると、ナディルとティアもそれに倣う。
そして三人の茶器がカツンッと涼しげな音を響かせた。
それはそれぞれが抱える厄介ごとに立ち向かい、平穏な日常を勝ち取るための静かな誓いの音のようでもあった。
「(きっと……最高の形でみなさんに幸せが訪れますように)」
唯奈はそっと目を閉じて祈った。
深夜の和カフェ まおり。
甘いひとときはほんの一瞬。
それでも彼女たちは知っている。
この場所がある限り自分たちは何度でも立ち上がれると。
静かな夜に、またひとつ小さな誓いが灯った。




