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【完結】悪役令嬢たちのお休み処〜バッドエンドを回避した令嬢たちが、水曜だけ現代カフェでひっそり集まる話〜  作者: 禾乃衣


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10話 運命が乱れてもお茶の時間は変わらない

 虹色の扉からエレシャ、ナディル、ティアが現れいつもの席に着く。

 三人共座るなり「はぁ……」とため息を漏らした。


「どうしましたか? 随分お疲れのようですけど……」

 唯奈が心配そうに伺う。

「……教育どころではありませんわ。 あの文官、私の執務室に居座っては『健康管理も仕事のうちです』と勝手に用意した激苦で栄養満点なハーブティーを勧めてくるのです。 私の好みの紅茶を淹れさせてくれませんのよ……」

「私のところの副団長もだ。 実力はあるようだが……ことあるごとに『団長、危ないですから私の後ろへ!』と魔物でもないただの野良犬相手に剣を抜こうとする。 過保護な新入りと張り合って私を挟んで剣を突き合わせる始末だ。 おかげで演習場は毎日私を守るための場所取り合戦場でな……本来の訓練がちっとも進まんのだ」

 ティアもテーブルに突っ伏した。

「……公爵様『この菓子は毒だ。 私の胃袋を蝕む甘美な毒だ』って言いながら毎日お店の在庫を全部買い占めていくの。 他のお客さんに売れなくて困っちゃうわ……それに騎士団長様と公爵様が店先で鉢合わせるたびに睨み合って……『この店の菓子はすべて私が買い取る』と言う公爵様に団長様が『民の楽しみを奪う暴挙は許さん。 私と剣で勝負だ!』って……お願いだからお店の前で決闘の準備をしないでほしいわ……」


「(なんだかナディル様もティア様も二人の殿方に挟まれて逆ハーレ厶みたいな展開になってる……エレシャ様は……あ!)」

 唯奈は思い出したようにスマホでリニューアル版の公式サイトを出した。

「あのう、昨日から公式サイトでリリースまで不定期で、新キャラ情報をアップするそうなんです」

 そこには『ウィング王国の華麗なる終焉』の新キャラがアップされていた。

「あら、私の世界ですわね。 でも……こんな方お見かけしたことなんてありませんわ」エレシャが首を傾げ、唯奈のスマホをじっと見つめる。

 画面に映し出されていたのは、眩いばかりの金髪をなびかせ自信に満ちた不敵な笑みを浮かべる美青年だった。


 紹介文にはこうある。

『隣国の第一王子、セルヴェル。 運命の乙女を求めてこの地に降り立つ――』

 ――一途に清廉な聖女へと想いを寄せる。 その恋路を阻む傲慢な公爵令嬢エレシャを退け、彼は真実の愛を掴み取ることができるのか。


「……私が恋路を阻む傲慢な公爵令嬢?」

 エレシャが自分の紹介文を読んで眉をひそめた。

「ええ。 リニューアル版でもエレシャ様はあくまで『ヒロインの恋を邪魔する悪役』として描かれているみたいです……」

「……けれど、私の今の世界にはもうその『聖女』はおりませんわ。 彼女、自分の不祥事で修道院送りになりましたもの。 今さら隣国の第一王子が現れて一体誰に想いを寄せるというのです?」

「あの、エレシャ様。 多分……ゲームの強制力が『ヒロインがいないなら、一番近くにいる重要な女性キャラをヒロイン扱いしちゃえ!』って暴走してるんだと思います。 つまり……」

「……つまり?」

「リニューアル版ではエレシャ様を『邪魔者』として追い払おうとする王子が、エレシャ様の今いる世界では聖女の代わりにエレシャ様を『運命の乙女』だと思い込んで猛アタックしてくるっていう……地獄のバグが発生してるんです……」

「な、なんですって……!? 私を排除しようとするプログラムが私を愛でる方向に書き換わっているというのですか!?」

「はい……私の予想ではおそらく今手こずってる文官様とエレシャ様の取り合いになるのではないかと……」

 唯奈の予想にエレシャは絶句した。


「……ということは」

 そばで聞いていたナディルとティアが顔を見合わせる。

「副団長と新入りが私を取り合うだと?」

「騎士団長様と公爵様が私を?」

 頭を抱える二人。


「……なるほど。 敵として現れるはずの男が求婚者になるわけか」

 結城が羊羹を運んできた。

 下層はしっとりとした本羊羹。 その上には厚みのあるプルプルとした透明な錦玉が鮮やかに重なっている。

 結城は三人のイメージに合わせて錦玉の色を変えていた。

「気の利いたことは言えないけど、これでも食べて次の一手を考えよう。 剣で斬り伏せられる敵より好意をぶつけてくる身内の方がよっぽど厄介だからね」

 結城が羊羹を並べてる間に唯奈がお茶を淹れに行く。


「あら……私のは透き通った白ですのね。 まるで冬の朝の空気のようですわ」

 エレシャがうっすらと白く色づいた錦玉を愛おしそうに見つめる。

「私のは緑か。 深い森の奥にある泉のような色だな」

 ナディルの羊羹の上には吸い込まれるような碧緑の錦玉が乗っている。

「私はピンク! 桜の雫が固まったみたいでとっても綺麗……!」

 ティアの羊羹は可愛らしいピンク色の錦玉の中で、小さな金箔が星のように舞っていた。

「……ん、錦玉のみずみずしさと羊羹の優しい甘さが尖っていた神経に染み渡るようですわ」

 唯奈が香ばしい湯気の立ち上るほうじ茶をテーブルに静かに置く。

「……本当だ。 この冷たさと甘さが熱くなった頭にちょうどいい」

 ナディルが碧緑の錦玉を噛みしめ、ほうじ茶で喉を潤した。

「正直、魔物を相手にする方が数倍マシだ。 悪気のない『団長をお守りしたい』という熱視線に囲まれてどうしていいかわからん。 以前の私なら情け容赦なく叩きのめして黙らせていたところだが……今の私には部下の忠誠心を無碍にするような真似はできないしな」

「私も……このピンク色の甘さに救われるわ」

 ティアも一口食べてふにゃりと頬を緩めた。

「でも、本当に困っちゃう。 公爵様が私の新作を『これは世界で私一人が味わえばいいものだ』って言って全部買い占めちゃうの。 私の目標はみんなを笑顔にすることなのに。 騎士団長様も『公爵にだけは渡さん!』って、お菓子を巡ってムキになっちゃうし」


「それにしても……その『リニューアル版』とやらの強制力は一体どこまで続くのかしら。 このままでは私のスローライフが、ただの『ドロ沼劇』にリニューアルされてしまいますわ」

 唯奈が少し気の毒そうに、でもどこか微笑ましく三人を眺めた。

「笑い事ではありませんわよ、唯奈。 このままではセルヴェル王子が私の世界に降り立った瞬間……文官との間で私の領地が戦場になりかねませんわ」

「ご、ごめんなさい。 大変な状況なんですけど、でもなんだか安心したというか」

「安心?」

「前バージョンのゲームでは悲惨な最後だったじゃないですか。 今回のリニューアル版の影響でお三方がまた悲しいルートを辿ることになったら……って考えるだけで夜も眠れなくて……でもまさかの逆ハーレ厶展開になって、とりあえず命に関わることはなさそうだなって安心しました。 私、みなさんにはどんな形であれ幸せになってほしいから」

 涙目になりながら話す唯奈に、三人は顔を見合わせた。


 先ほどまでの「ドロ沼劇」への憤りはどこへやら、店内には温かく少しだけ気恥ずかしいような沈黙が流れる。

「……唯奈。 あなたという人は、本当に」

 エレシャがふっと、いつもの気高くも優しい微笑みを浮かべた。

「私たちの身を案じて眠れぬ夜を過ごしてくださっていたのね……ありがとう。 そうね、確かにかつての『破滅』に比べれば、殿方に追い回されるくらい大したことではありませんわ」

「ああ。 こんなバグ、かすり傷にもならん」

 ナディルが照れ隠しのように残りの羊羹を口に放り込んだ。

「お前にそこまで心配させていたとは……ふん、案ずるな。 場所取り合戦だろうが決闘だろうが、私のテリトリーを壊すような奴はまとめて鍛え直してやる」

「唯奈さん……うう、唯奈さんが味方でいてくれるなら私、あのご慢心な公爵様に負けない! 胃袋をガッチリ掴んでお店の常連さんの一人に更生させてみせるわ!」

 ティアが唯奈の手をぎゅっと握りしめる。


「……しんみりするのはそこまでだよ。 宮下さん、お茶のおかわりを」

 結城が唯奈にお茶のおかわりを促す。

 唯奈はエプロンの端で目元を拭うと、ほうじ茶を淹れに行った。

「……食べ物を美味しく味わえてこうして笑い合える場所があるうちは、どんなバグが来ようと手遅れにはならないさ」

「ええ。 その通りですわ。 私たち、もうあの頃の『操り人形』ではありませんもの。 シナリオがどう書き換わろうと、どんなバグだってあしらってみせますわ」

 その力強い宣言にナディルとティアも力強く頷いた。


 やがて、淹れたての香ばしいほうじ茶が令嬢たちの茶器に注がれ、三人はふぅ……と落ち着いた雰囲気を醸し出す。

 宝石のように輝く三色の錦玉は、彼女たちの新しい物語を祝福するかのようにキラキラと透き通っている。

 温かなお茶と甘いひとときが彼女たちの明日を少しだけ強くしてくれる。


 ――ここは悪役令嬢たちのお休み処。 どんな運命に揺らされても、ひととき休める場所。

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