表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/25

最後の一族の長は未来を見つめて

 ケユウの母に当たるクアン・ロビン131代目首領の幼名はクツバと言った

彼女もまた一族の定めにより己の母を自らの手で殺め、その一族の呪を両目に宿した女であった。

しかしクツバはそれまでの首領とは異なる考えを持っていた。

近年生まれ急成長を遂げ、この世の魔法使いや魔女にのみ許されていた魔の奇跡が魔学という学問に定義されそれが魔機として人々に広がりを見せた生活を徐々に豊かにしていった時代であったのだ。本土から遠く離れた辺境の島であるア・メサア島であってすらもその時代の革新の波は徐々に到達していたのである。

自らの魔力を宿す魔女としての一面を持つクアン・ロビン首領であるクツバはこの時代の流れを鋭い感性と生まれもっての時代を感じる嗅覚でいち早く察知、【二千三百萬計画】と銘打って島の大改革を行った。それは島を大々的に開いて本土や様々な国、地域の人に開かれた場所としてこの島に沸き立つ黄金の光の柱を中心にした観光産業の開始と外貨の獲得、そしてそれらを元にした魔学の積極的な受け入れであった。

閉鎖された島の因習とも言える時代遅れの怨念がこびりついて離れないこの島であっても、その首領たるクツバは明らかに先見の明を持っていた。積極的に外部の情報を取り入れ時代の流れに埋もれない様とする危機感を常に抱いていた。132人の歴代首領の中でも最も異端な人物であったと言える。


「本土の人間は既に火打石等も使わずに、指先一つで火をつけている。湯を沸かすのに5分もいらないだろう。夜は柱の光等に頼らずとも明るく魔の光が暗闇を照らし、女の家事の負担は減る。冬の寒い中にて皸の痛みに我慢せずとも着物を洗えるのだ。船は帆を張らず、風の期限等に伺い立てるも無く自力の動力によって海を走り、冷気の術を応用した魔機を用いれば魚を無駄に腐らせる心配も無いのだよ。」


閉鎖的な島においてクツバの考えは中々に島民に受け入れられずにいた。

だがクツバはそれでも先頭に立ち続けて島の魔学近代化に努めた。

自費を用いて島のあちこちにエーテル式の街灯を立てると、それまで光の柱の黄金霧でしか夜の暗闇を照手段を知らなかった島民はその魔学の力にひれ伏すしかなかった。黄金の霧では足元の暗闇はぼやけてしまってはいたがエーテル街灯の力強い灯りはしっかりとそれを照らしてしまったのだから。


それまで異端の首領として島民から恐れられつつも陰口を叩かれ時に冷たい目を投げかけられていた彼女に対する視線の数々が、次々と和らいで尊敬の眼差しになるにもそれほど時間はかからなかった。

こうして本土の定期連絡船の確保も整うまでに至ったこの不思議な黄金の柱が立ち上り続ける神秘の島「ア・メサア島」が一大観光地となるのにもそう時間はかからず、やがてそれを元に手に入れた金と物資は次々と島の不便な暮らしを一変させる魔機による近代化を呼び込んでいく。


同時にクツバは内なる自らの左目に宿るクアン・ロビン一族の亡霊共の説得にも手を焼いていた。

島の風習と秘密を外の人間に暴きかねないこの行動は数々の先祖達の不満を買った。


(黄金竜の秘密を外の世界に晒すつもりか!)

(我ら2000年以上の願い踏みにじるとは!)

(この子は、この娘はっ!なんと不埒な出来損ない!!)

(貴様に我らクアン・ロビンを束ねる資質無し!)

(先祖代々の想いと命、踏みにじるか!!!)


肉体を持たないのに頭の固さが極まった魑魅魍魎共をクツバは…一切無視した。

毎日毎日市六時中、朝起きても夜寝る時も常に己の心で狂乱して吠え続ける怨霊共を一切合切完全に放置して彼女は島の改革に勤しんだ。所詮既に死んでいる阿呆共に今を生きる人々を縛り付ける権利なぞ無いのだ。自分自身に強く言い聞かせて彼女はこの心の唸りに耐え続けた。


だが、娘・ケユウは自分が気づかぬうちに年の近い男と出逢い、恋をしてしまっていた。

もう少しだけケユウが代を継ぐのに時間があった筈なのに。


「もしこの「両の眼」を継がぬまま子供等出来よう物なら…」


それは器にはならぬ。


それは首領にはなれぬ。


魔の力を継ぐ器として生まれるにはこの両の眼を、呪われた眼を引き継いだまま子を宿らせねばならぬのだ。その古代から受け継ぎ授法をもって子を受肉せねば時代の子は生まれぬ。そのまま継承する前に宿した子が生まれればそれはただの人の子、魔道を宿さぬただの島の民。そしてその次代を生んだ時点でケユウ自身も代を受け継ぐ資格を失う。その生んだ子に不完全に魔の器としての資格や能力が伝わり、その血は薄まったも同然となるからである。代々の遺伝子にその呪は既に組み込まれたいたのである。その忌まわしい呪の事実をクツバは身をもって体験している。子を産み終えた時に己の右目の力が彼女に移行したのをはっきりと確認した。そう、子を産んだ時点で力の一部を失ってしまうのである。


だが、両の眼を受け継がぬまま子を作ればそれは、その時点で島の歴史の終わりを意味する。

それはあの竜が解き放たれて島の終わりを迎えると言う事を意味するのである。



黄金竜、名をメルバーシ。それは実際する。

島全体では大昔の伝承・お伽話の一種として信じられ、大陸側にもそれは島に住まう一族の伝承として受け入れられて実際しない空想の産物、昔話ならではの存在として処理される筈であろう竜という存在。

だがハッキリとそれは存在する。

魔の眼を受け継いだ時にこの左目に飛び込んできた景色はかつての祖先達が竜と戦い次々に引き裂かれ、燃やされ、消し飛ばされた生々しい初代首領の記憶。それがなだれ込んできたのだから。

このア・メサア島の中心部に空く底に黄金竜は光の柱の霧に埋もれて今も眠りについているのだから。


島の為に新しい時代の改革に勤しんできたクツバではあったが、あの古の記憶の生々しさと恐ろしさ、竜の力の絶大さは嫌と言う程に伝わっていたのだ。


「もし…正常に代が継承されずあのア・メサアの網が突破され…竜がこの島から目覚める時が来るとするならば…この島は……。ア・メサアの網は我ら首領一族の命と両眼が造り、竜を封じ込めているのだから。……フフフフっ、つくづくと呪われた血だ事。フハハッ……ケユウ、お母さんを許してね……。」


この時にクツバはようやく己の左目に巣食う魑魅魍魎共の魂を受け入れた。

そして娘・ケユウの想い人であったイロバという若い男を左の眼、「遠の瞳術アツ・キィ」を用いて突き止めて彼に残酷な処分を下した。この決断にクアン・ロビンの魍魎達は大層喜び、己の心の中ではっきりと浮かれだっているのが確認できる程の喜びの宴を繰り広げていたのを…クツバは唇を噛みしめ血が垂れる程になるまで怒りに震えて聞いていたのである。


やがて怒りに震えて覚醒したケユウの赤き刃に倒れてその命もまた、先祖代々の首領の様に娘の左目に宿ろうとした時…精神体となったクツバの元へ、あらゆる資料でも見覚えが無い程の古い装いの男女の数人が囲み始めたのだ。





(その今までの蛮行の数々、我らと共になる資格無し)


うっすらとボヤけた形を取りつつも老人の男の様な形が、彼女を拒絶した。


(貴女に再び肉体を与える決断を我らは下しませんでした、シャクドの言う通りです。)


やはりボヤけた形ながら若い女がそう告げる。


(そうだろうグミン、私だって直に反対した。)


中年の男の様な背格好のぼやけた男の様な形も彼女を否定する。


(娘には中にいるとは言っておきますがね…。)


今度は年配の初老の気配が漂う女性の様な形にそう拒絶される。


(私は娘とその男の処理については理解は示しているんですがね…。)


中年と呼ぶにはまだ若そうな男の形がそう告げる。


(カンミニワは甘い!最初の体が逢った時からそうだ!)


先程のカンミニワと呼ばれた男と年齢の近そうな女の形が何やら言っている。


(まぁ…そういう事だ。我らお前を受け入れるつもり無し!貴様には出て行ってもらおう!自由に魂を天に昇らせるが良い!!!)





背の高そうな男の形がそう言いながらオアキッパの魂を弾き飛ばし、彼女の魂はケユウの左目に宿ったアツ・キィ体から追放された。



「私は!私はせめて傍で娘を!娘の心の中でも!!娘が苦悩する姿も受け入れてその罪を償おうと!それすらさせてもらえず!!私は娘に恐ろしい事を!!!!私はっ私は!!!ケユウっ!!ケユウウウウウウウウ!!!!!!」


母としての叫びが、空気を震わせずに音にならぬ精神体の心の叫びがケユウの体の外に語り掛けたが、それにケユウは気づかなかった。悲しみと決意で咆哮する娘の姿を、母の魂はその身が、その精神の魂の形が維持出来る限界まで見続けて、絶望を心に宿したまま完全に消滅するしかなかったのだ。



やがて…その「母だった」精神体の残骸は地這蝶の羽に吸収されて何処かへと消えでしまったのである。








……




………





「お、おい!お前ら!!」

同じ顔をした女の子二人の口喧嘩を10人の男で囲んで見つめる事になった代表の男の一人が痺れを切らして声をかけた。


「無暗に人を殺そうとするなー!このおじさん達にも家庭と生活があって自治権は与えられているとしてもここも本土本国の一部なの!!本土の刑法が適応されます!!人間のルールがあるのです!!あんたは本当に人間になるつもりあんの!?」

周りに人がいるというのに気にせずロンロはヒートアップして大声で目の前のメルバーシが少なくとも人外であるという様なニュアンスを叫んでいた。


「あーもう判った!判ったから!…でも目の前にあの忌々しい匂いのするクアン・ロビンの残党がいたら殺すかも。」


「だから殺すなって言ってるでしょ!腕一本だけなら良いでしょ~とかもダメですからね!!今度人間社会のルールと常識とマナーをみっっっちり叩き込んでやるから!!」


「ええ…めっちゃ面倒臭い感じがする…。」

滅茶苦茶に顔をしわしわにした残念な表情でメルバーシが答える。


「ったく!目の前であんたが本当に人を殺したらどうなると思う!?ア・メサアの網は永久にそのままですからね!!もうその時点で協力は止めます!!」


「いやだからもうしませんって…多分。多分ね。」


「多分って何よこの子は!人を殺すな!!殺して良い人なんてあんまりいません!!」


「…あ、殺して良い人も中にはいるんだ。」


「いやまあそれは心情的にというかよっぽど酷い事をした極悪人とか、ん~~~!いやだから殺しちゃダメ!絶対!!」


「おい!いい加減にしろ!!」

とうとう無視され続けて我慢の限界に達した男達の代表が二人の間に割って入ろうとした時にメルバーシが目にも止まらぬ速度で直にその男の後ろへ回り込んだ。


「あっ!こらっ!!」

反射的にメルバーシが男達に攻撃を仕掛けたと思い、青ざめたロンロが思わず声を出す。


「な、何…、何をした…?俺に何を?」

男が全身を見渡して外傷が無いか確認している。


「何もしていないよ、おじさんにはね。」

振り返ったメルバーシが左手に短刀を握っている。

それはさっきまで男が利き腕の右で握りしめていたひと振りであった。


「私はこんなのじゃ鱗の一つも傷つかないけどさ、普通の人間のロンロなら死ぬんじゃない?ね?」


それは男達には信じられない光景であった。

短刀をメルバーシが縦に握りつぶしてしまったのである。

まるで紙でも丸めてぐしゃぐしゃにしてしまう様にあっという間に握りしめて持ち手の木製で出来た部分と刃物の鉄が混ざり合った不思議な球体の物体にしてゴロン、と、足元に落とす。


「ね?危ない危ない。」


「メルバーシ、あんたねぇ…驚かさないでよ。」

てっきり目の前の男に手を出して殺したのだと一瞬誤解したロンロが安堵の溜め息を付く。

昨夜と今日でメルバーシの凄まじい力の一端を味わい、2度も投げ飛ばされて振り回された彼女はこれくらいは出来るだろうと特にその事について驚いてはいなかったのだが、周りの男達はその木と鉄のグズグズになった球状の物体の精製を見届けて驚愕の視線を向ける。


「覚えたよロンロ、人間は脆い、人間は儚い、人間は突いたり裂くとすぐ血が出るんだって。漫画でもそういうシーンあったよ。」


その言葉を言い終わる前にメルバーシは凄まじい速度で次々と男達の懐に潜り込んで10人全ての短刀と隠し持っていた武器や暗器を奪取してしまった。手に持ち切らずいくつかは口に咥えてまでいる。それら全部とガッシュ!ガシュ!と次々にその場の人間が今まで生きてきた中で聞いた事も無いような音を立てて次々と圧縮された鉄とその他の球状の物体に変えてしまい地面に転がしてしまったのだ。


パンパンと手を払いながらメルバーシは

「はいこれで安全、ロンロも大丈夫。これで良いんでしょ?安全安全。」

一仕事終えたとばかり少し得意げに呟く。圧倒的な力量差を見せつけられた、最早技量とか鍛錬とかではどうしようもない種族的な絶望的な力の差は男達の戦意を完全に消失させた。


「まぁ~…そうね、はいはい。殺さなかったし平和的な解決として30点ぐらい差し上げましょ……。」

人間から見るとあらゆる意味で非常識な行動にロンロは呆れつつ答えた。


「何点満点!?」


「100点満点!!こんな解決する人間が何処にいますか!?魔女でも中々厳しいっての!!…まぁでも助かったから一応はお礼は言っとく。ありがと。」


「うっへっへ!」

にっこりと無邪気にメルバーシが笑った。


「それと、首領オアキッパの命でここに来たと言っているおじさん達!最初の話を思い返すに当初の目的は首領様の元に私達を連れて行こうとしたんでしょ!?それを物騒に刃物を構えて殺そうとしてどうするんですか!島の閉鎖的な環境を盾に腹いせに私達を殺してどっかに処分でもするつもりでしたか!?言っときますけどこの非常識なメルバーシに頼らずとも私だって過去の仕事でけーっこう危ない橋渡っているんですからね!早々殺されませんし!!さっきみたいに返り討ちです!!ったく!!私みたいな女の子をこーーんな大勢の大の男で取り囲んで!!恥を知りなさいよ!!!ていうか普通に犯罪です!!!本土に帰りましたらしっかりそれなりの場所に訴えますからね!!ア・メサア島だろうが本土からの正式な客人をこんな目に合わせるなんて!!しーんじれらない!!!常識ってものが欠如しています!!倫理観が破綻しています!!男らしさの欠如です!!大人としての自覚がありません!!社会人失格です!!!真面な社会生活を送る資格がありません!!!何が鍛錬を積んだ間者でしょうか!?そんな職業はこの世の中には表社会に置いては存在しませんからね!!この時代に頭おかしいんですか!?良いですか!?最低でも3年は刑期を務める事になるでしょうから覚悟してください!!!現代社会の法治国家として定められた本国の人間として法の下で正しい制裁を受けなさい!ア・メサア島ではとかそういう理屈は一切通用しません!!あああああああ!!!もうどいつもこいつも!!!身内も周りもあああああ!!!!腹たってきた!!!」


目の前の放心状態の男達に頭に血が昇ったロンロは凄まじい勢いで言葉の数々をぶつけまくる。

更に再び親友の魔女と共同制作した拘束捕縛術式発動魔機のラッパ型銃を構えてその男達にぶっ放した。



パアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!




と何かが炸裂する音がして再び周りの空間を透明な膜状の拘束術法が男達を包み込んで拘束してしまったのである。



「私刑!!!!」



鼻がどうだとか目を代えようとか言われたロンロではあったが普段はそれなりに可愛らしい女の子の顔をしている。のだが、完全に頭に血が昇っていたので中々男らしい顔つきになっていた。



「うーわ、こっわ……。」

メルバーシが少し引き気味でそのロンロの様子を見ていた。

ロンロの勢いにもだが拘束捕縛術式発動魔機に包まれて力を出せずに縛られた先程の経験からも少し恐怖していた。ロンロ・フロンコ16歳(♀)は知らず知らずの内に神代の、その古の神話の時代の中の、神に次ぐ超生物「竜」を人間の身でありながら畏怖させていたのである。



「はーーー!!」

大きな溜め息を付くロンロ



「ね、ねぇ。このおじさん達どうすんの?」

再び拘束捕縛術式発動魔機から放たれた透明なエーテルで作られた捕縛術に縛られて悶える10人の男達を指さすメルバーシ。やっぱりごみ袋に詰められて縛られたネズミの様にもがき苦しんでいる。


「あーね!30分もすればエーテルが大気と溶け合って消滅するから元々捕縛する為の道具だからこれ!!息は出来る様になっているのもあるし!!このままこのおっさん達はほっときます!!そこで反省してください!!!!婦女暴行!!!殺人未遂!!!銃刀法違反!!!その他諸々!!!」


「う、ウッス…。」

ロンロの勢いに圧されてしまったメルバーシは漫画で覚えた後輩しゃべりを真似して下手に構えて返事をする。


「メルバーシ、オアキッパの屋敷にいきましょう。気になる事があるの。」

拘束されたおじさん達を無視してロンロはオアキッパの屋敷に向かって歩み始めた。

慌ててついていくメルバーシ。


「あ、自分から行くんだ。気になる事ってなあに?」


「こんな見晴らしの良い場所で…ね。やっぱり…。昨日まであった私達を監視していたあの遠の瞳術での監視が無いの。気付いていた?」

ロンロは懐から眼鏡式検査魔機を取り出してそれを装着し、辺りを見回しながら語る。

人の眼では可視化が難しいエーテルの流れをこの眼鏡式検査魔機でなら追う事が出来る。ロンロがこの島に来て二日目に石碑の調査で初めて使用したものである。


「すっかり忘れてた。ほんとだ、無いよ!あのきっもち悪い眼が無い!あの嫌味ったらしい気配もしない!なんで判ったのロンロ!?」


「最初から、今日の朝からおかしいと思ってたの。そもそもあんたも反応していなかったし。昨夜あれだけ騒ぎになって癇癪を起して己の住んでいる屋敷まで破壊した狂乱の首領様が…こんなに封の穴である島の聖地、まぁつまりアンタが眠る秘匿の場所に私達が近づいたのよ?私が竜の名を言っただけで秘密を知られたと感情を抑えられずに暴れ狂ったあの首領がこれを見過ごすなんて変ね。」

顎に親指を当てながらロンロが思考しつつ答える。


「タシカニ、そういや私って途中からあのうっとおしいア・メサアの網を突破する事しか頭に無かったよ。」


「んー…まぁ2300年以上も封印されてたからその思考に短絡的とも言えないけれど…。とりあえず敵の本拠地みたいな屋敷に入るにしてもメルバーシが護衛してくれるなら早々危なくないだろうし…。でもやっぱりなるべく殺さないでよ?さっきみたいに戦意喪失だけで大丈夫だから。」


「善処はしますけどねー?オアキッパを見て私って冷静でいられると思う?」

生意気そうな顔でわざと問いかけるメルバーシ。


「そうじゃかったら拘束捕縛術式発動魔機でまた縛るまでよ!メルバーシ事ね!」


「あ、嫌だ。あのね、それね、ほんとね、嫌だからね…。エーテルで縛られるのマジきっもちわるい…。」


「じゃあ先程の言葉通り善処してください!中々難しい言葉を覚えているじゃないの。私のタブレットの漫画から?なんだかんだで情操教育に役に立っているわね。」


「でしょう?フフン!!」

再び得意げのメルバーシ。


「期待しとくよ…程々にね。それにしても確認しておく必要があるのは確か。少し不安だけどこのまま真っすぐ屋敷にいきましょう。」


「りょーかい!飛んでいこうか?小脇に抱えて、ゆーっくり飛ぶから。」


「結構!歩いていくしあんたも歩きなさい!島に来ている観光客に撮影でもされたら大騒ぎよ!魔法使いや魔女だって早々人前で飛びません!!あのハルバレラでもその辺りは弁えているんだから!」

再び険しい顔になったロンロを後ろからメルバーシが宥めながら二人は歩んできた道を戻り首領オアキッパの屋敷に歩を進め始めた。








……




………




後ろで捕縛術のエーテル膜で縛り上げられ身動きを取れなくなった男達は情けなく悶えるしか無かった。中には少女に絶望的な力量差を見せられて獲物を壊され、もう一人の少女からは一方的に言いくるめられ恥の余り人生そのものに絶望し、舌を噛んで自害を図ろうとした者もいたが。口すら碌に動かせない拘束具合にそれも出来ずに更に心を闇の底に落とすしかなかった。命を奪おうとした自分らがこの様な処遇になり今や地面に転がるこの余りの恥さらしっぷりに男達全員が悔し涙と共にこれまでの人生を見つめ直していたのであった。


今まで代々、あのケユウからすれば忌まわしき左の眼。

「アツ・キィ」によって監視されたルールを乱す島の民を内密に処理してきた間者の歴史は、首領の懐刀としてこの島を光の柱の照す闇から縛り付けていた因習の一つは。

それは島外から訪れたロンロ・フロンコの怒りによって終わりを今ここで終わりを迎えたのである。


それは一つの敵討ちでもあった。

この間者達が代々この光の柱の穴底に生贄を捧げる「封の贄」の執行人でもあったのである。


ロンロ・フロンコと人の形を取ったメルバーシ。

この二人は知らず知らずの内にケユウ・ウンの敵討ちを成していたのである。

かつて15年前、ケユウの想い人であるイロバを黄金竜の眠る穴底に叩き落した張本人達でもあるのだから。この間者達も年若い内からその実行人として関係していたのである。

あの時の絶望を感じたケユウ・ウンの敵討ちを二人の女の子は見ず知らずの内にやってのけていた。


彼らは今、己の所業と見つめ合っている。


この封の穴の傍の大地に転がりながら、二人の女の子に数の上では圧倒的に勝っていながら。

言い様にされ拘束され罵詈雑言の数々を受けて挙句に無視して縛られ放置されるという最大限の屈辱の悔しさと苛立ちが彼らのプライドをズタズタに引き裂いた。自害まで考えている者もいる。

まだ高い日の光と封の穴から沸き立つ黄金竜の金色の光が、闇に生きた彼らの心と体を無残に照らし続けながらのその屈辱に、自我を保てるのは何人もいないであろう。


暖かな日の光とその島の黄金の霧。

それらは彼らにとって己らが葬ってきた多くの島民と、封の贄の生贄達の魂ににまるで見つめられている様であった。







……




………



「オアキッパ様、傷の床の中失礼いたします…。」


「……婆か。もう私はオアキッパでは無いよ。左のアツキィの術を授かった眼は無く、先祖の声も聞こえず。やがて首領一族としての力も無くなるであろうから、の。」

ケユウが目を閉じたまま小屋に入ってきた婆に返事をした。


「申し訳ございません。何年もこうしてきたものですから…。未だ信じられず。」


「まぁ良い、いずれ慣れるさ…。で、何用だ。」


「はい…遣わした間者はおりませぬが…昨夜この屋敷に参られた学者の娘、それに同行者の姉妹でしたか…揃ってこの敷地へ向かっているのを監視として出した他の者が確認しております。間者達がどうなったのかは不思議ではありますが。本来ならば彼らが先導してくる筈……。」


「フフフフッ…学者先生に言い包められたのでは無いだろうかな……。婆、髪を整えてくれんか。ようやく客人が参る様だからな。」

弱々しくも笑いながら、ゆっくりと体を起こしながら床の布団から体を出さずとも座った姿勢になったケユウが呟く。


「…かしこまりました。ですが私としても…オアキッパ、いや…ケユウ様の前にあの学者を立たせるのは今だに反対でございます。」

ケユウの髪を懐から取り出した櫛で梳かしながら婆が言う。


「あの学者は竜の名前を知っていた。何か真相を掴んだのであろう…流石本土から来た優秀な学者だ。それにの、婆…。」


「何でありましょうか?」


「もう一人の同行者、あの双子の妹と言ったかの?あの娘は…学者の家族情報まで事前に知らされてはいたがその様な双子の姉妹が存在する記述は一切無かったのだ。それにあの娘…双子という方便で姿形が姉らしき学者とそっくりという理屈だがどうも引っかかる。」


「というと…?」


「私が己の左目を握り潰す前まで己の心と頭と繋がっていた、あの【アツ・キィ】を。生身の眼で獲らえて睨み返してきおったのだ。」


「なんと!!…真で!?」

婆がそれを聞いて一瞬だけ、櫛を動かす手を止めた。


「ああ、真相はそこにある。あの学者の娘が黄金竜の真の名を知っていたその真相は。きっとな…。だから伝えねばなるまい。この島の未来の為にも。母が起こした【二千三百萬計画】を無駄にしない為に、島の近代化と未来の為にも……。」


「先代様の…当初は私も反対でありました……。ですが水道が整備されて蛇口からお湯が流れた時、冬の洗濯で私の手が温かいお湯で癒された時は。ううっ……先代様。いや、ケユウ様の前で申し訳ございません……。」

婆と呼ばれる女中の両目に再び涙が浮かぶ。

昨夜から苦労をかけっぱなしだなと、ケユウはまた心の中で頭を下げ申し訳なく思った。


「良いのだよ婆、私は母殺しの罪は一生背負うつもりだ。出来る事なら…母に直接詫びたいと今は思う。だがそれも叶わぬ。左目を自ら潰した痛み程度では償えぬこの罪は、せめて島の未来を守る事と母が夢見た新しい時代を切り開く最初の一端となる事で少しでも…。だからその為にもあの二人の女子(おなご)と逢わねばならぬ。」


「…何故でありましょう。確かに何かを掴んでいる様でしたが。」


「婆よ、この竜は実際するのだ。黄金竜メルバーシはあの封の穴に実際に深い眠りについているのだ…。だが今になって目覚めようとしている。ここ最近の、この島を揺るがす地震の原因は正に竜の目覚めが近づく時、かつて2300年前にクアン・ロビン一族と争いこの地に堕ちたという竜が目覚めれば、その子孫たる我々もあの時の恨みとばかりに次々と竜の爪と牙によって引き裂かれようよ……。そうなってしまえば母の目指した近代化の未来もいよいよ終わり。それだけは避けねばならぬ……。」


「り、り、竜が!この島の黄金竜が実際するですと!!?ここの務めで50年以上!!!そんな事はい、一度も!!!?先代からも!!!先々代からも!!!!」

あまりの驚き様に婆も思わず櫛を落としてしまった。

ご老体の両目に浮かんでいた涙すら引いてそのまま大きく目を開いて皴だらけの顔ですら驚きで伸びきってしまいそうな顔が出来上がったのである。


「嘘では無いよ、フフフっ、驚いておるの…。私はクアン・ロビン首領一族としてその記憶を左眼を潰す朝の時まで確かに受け継いでいたのだ、あの左目のアツ・キィと共にな。だから知っている、あの竜が実際した記憶と映像を。そもそもこんな光の柱が常に沸き立つ島なのだよ、竜が居てもそう不思議ではあるまいて。」

小屋の、うっすらと日の光と黄金の柱の光が差し込んでくる小さな窓を残った右目で見上げながらケユウは笑いながら呟いた。


「その竜が目覚めますと!?信じられませぬ…!!」


「フフフ…、私のクアン・ロビン一族としての力の半分は既に失われた。もう半分はこの右目。だがkの右の眼を潰す訳にはいかない。それは私が光を失う程度の理由では無いのだ…。それで全てから解放されるのなら当に左の眼と共に潰しておるよ。この右目には首領としての魔の力の根源が宿っているのだ…。それはあの竜を封じるア・メサアの網の発動、その全てを担っているのだから…。」


「なんと…おいたわしや…。左の眼を自ら潰して尚、その様な重責を……。」

婆の顔が再び曇りその両目には涙が再び浮かんだ。


「良いのだ。良いのだよ婆、ただね。私は終わらせたい、この島の古い因習の全てを。あの夜に内なる魂の狂乱の叫びを聞いて己の左目に過去のクアンロビン一族が宿っている事実を理解できた。だから潰した、あの魍魎達に意識を操られ、意のままに操られ様としていた己の中に最後の自我が芽生えた。再びケユウに戻る為に、そして気づいたのだ……。母様もまたこの内なる魑魅魍魎共の声と戦ってたという事を、ね。」

そう喋る内にケユウの右目にも涙が浮かんできた。

気のせいか、失った筈の左目からも涙の感触を感じてしまった。





「だから…私は……せめて母の命を奪った償いに…竜の目覚めによって封じられた恨みを晴らす為に島民全てが屠られる事から…守る、でもそれだけじゃないのだよ。その先さ、その先。母が見たその先。全ての島の古い習から解き放たれて、未来をこの島が歩めるように。自由で、何もかも。そう、首領の私の呪われた、代々と親殺しすらしてきた一族ですら自由に。もう生贄や監視の恐怖に怯える事の無い、新しいア・メサアの未来を母の想いを受け継いで、ね。だからあの学者達に逢わねばならない。」


ケユウの右目から大粒の涙が落ちて、手元の布団を濡らしていく。




「私は、彼女達と共に島の未来を切り開きたい。それをもって完全にクアン・ロビン首領としての役目を終える。未来を、未来を創る最初の一太刀となろうて…この身に変えても。」









132代目首領、ケユウ・ウンは己の言葉と共に再び決意を固める。





オアキッパ・インズナとしてではなくケユウ・ウンとして黄金竜の化身と、今は人の形を取るメルバーシと2300年以上の時を超えて、クアン・ロビン一族との代表として再開するまで。






あと少し。





あと僅かである。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ