ただ春の夜の夢の如し
「グランディア王の……名誉のためにッ!!!」
機械仕掛けの神と一体化し、神に匹敵する力を得た所長。
しかしながら王都神聖騎士団団長である、アーガイル・グレイトランドの一撃に大きなダメージを受ける。
「……え?」
「不思議そうな顔をしておるな。ゆっくり解説してやろう」
確かに魔王の援護があるとは言え、現状の所長の力は絶大。
同じく神の力によるバックアップがある俺でなければ、大きなダメージは与えられないはず……。
「とか思ってるんじゃろう」
「心を読むな心を!!」
そうしているうちにアーガイルさんに続き、魔術師団団長のパトリックさんも攻撃魔術を放つ。
通常ならダメージが与えられないはずのそれは、易々と機械仕掛けの神を切り刻む。
『グオオオオオオオッ!!』
「な……なんでだ……?」
「ふふ、あれは別に彼奴らがいきなり強くなったわけではない。グランディア王からエメリア王妃に代わっただけで、
突然謎の超絶強化が入るほど神の加護はお手軽なものではない」
「だったらどうして」
「奴の『願い』じゃよ」
「願い……?」
『グッ……何故、何故邪魔をする……!私はただ、この世界を……この世界を平和に導こうとしているだけだッ……!』
「願い……」
―機械仕掛けの神!我が問いに答えよ!我に絶対の力を!全ての戦争の根絶を!!―
「……まさか?」
「気づいたようだな、来訪者」
「魔王!援護はいいのか……?」
「おぬし本当魔王様に対して無礼な言葉遣いをするな」
「構わないよサルガタナス、こいつは特別だ」
「むう……そう仰るなら」
魔王は悠々とした足取りで空中を歩き、こちらへ降り立つ。
その様はおおよそ天使という言葉が生まれる理由を知るに足るほどには優雅だった。
「この場を用意する……そのためだけにお前を捨て駒として使おうとした。お詫びさせてくれ」
「いや、いいよ。結局この世界の危機だった訳だし、やらないとまずいだろ」
「……ははっ!やっぱり面白いなお前は。期待通りだ。この戦いが終わったら、是非十傑に入らないか?」
「いや魔人じゃないし!?いきなり大抜擢過ぎるだろ」
「ん?」
「そうか、まあ考えておいてくれよ。おそらく既存メンバーは大喜びで歓迎してくれるぞ」
「それはどうなんだ……?」
「お兄ちゃん!……あ、魔王様!?」
後から来たヒナ達が追いつく。
近辺にいた赤装束もあらかた片付いたようだ。
「え……機械仕掛けの神が押されている……?ただの人間相手に?お兄ちゃん、これって」
「……ああ、奴の『願い』の力だろう」
――そう。
所長が願ったのは大いなる力でも、世界の支配でもなく。
「戦争の根絶」だ。
赤装束を率い、人間・竜騎士連合軍と戦うその姿は――
「まさしく、戦争をする軍師そのものだ」
地下での俺達との戦いは、ある意味「決闘」のようなものだ。
特に俺との戦いを見ても、あれは戦争とはとても呼べないだろう。
しかし、今は違う。
機械仕掛けの神は様々な魔術兵器を搭載し、
逆に攻撃魔術を防護壁にて相殺、完全なる攻城戦のそれだ。
人間攻城兵器と呼ばれた男が、人である事をやめて城として攻められるのは、なかなか皮肉なものだ。
今まさに所長は「戦争の根源」となってしまったのだ。
機械仕掛けの神は『強制力』の魔術だ。
それはどうあがこうが変わらず、絶対の力を以って執行する。そういうものだと聞いている。
「……人、という生き物はいつも変わらないね」
「そうなのか?」
「ああ、いくつも見てきた。あるものを憎むがあまり、自我を無くし、自らもそれと同一になってしまう。
復讐が復讐を呼び、流れた血は血によって洗い流される。これはどの平行世界でも似たようなものだった。
知性ある人が現れるまでは良いが、自我を持ち、利己をもち、支配を始めると、いつもそうだ」
「……そういうもの、なのか」
「……だが、安心してほしい」
「何をだ?」
「どの時代、どの世界でも……お前みたいなお人よしはいた。そしてそいつらが、自分の利益を省みず、
こうやって世界を、終わらない方向に導いてくれていたよ」
「そう考えると、わざわざ魔王が出張ったり、俺が出なくても良かったんじゃないか?」
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれないだろ?この世界は、僕に残された最後の思い出なんだ。
ここが消えたら意味がなくなる。たとえ僕が平行世界へ移動できたとしても、だ」
「ふーん……」
魔王に人の心がわからないように、俺にも魔王の心はわからなかった。
しかし、彼も人らしい部分があるんだな、という気持ちにも同時になった。
『愚かな……愚かな人間ドモめッ!!神に、この神ニ逆らうとイウノか!!!』
―もはやその姿は人としての原型をとどめず。
大きな魔力の塊の存在として、その力を振るう。
「今だ!矢を射掛けろ!!」
後方から轟くような大声。ヴォルカニクスだ。
ここにいるという事は、彼は無事に勝ったのであろう。ディアブロウスとの戦いに。
少しずつ、少しずつ機械仕掛けの神から魔力が減っていくのを感じる。
無尽蔵、無限とまで謳われたものも、こうあっけなく滅ぶものか。
「……『たけき者もついにはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。』だったか?」
「え?何でそれを……」
「言ったろ、僕の眼は平行世界を見ることができる。お前の世界の言葉だろう、これは」
平家物語の一説だ。
勢いが盛んで激しいものも、結局は滅び去り、
風の前の塵のようにもろいものだと。
盛者必衰――、その言葉をあらわしたものだ。
ボロボロになってゆく所長へ、ゆっくりと歩み寄る。
「ローツレス殿!無事だったか!」
「先ほどは失態を見せてすまなかったね……!」
アーガイルさん達が戦いながらも俺に声をかけてくれる。
彼らが無事でうれしい気持ちもあるが、今はただ、滅ぶ前の彼に声をかけたかった。
「所長……いや、カンザキさん」
『キサ……マ……は!』
もはやボロボロになり、辛うじてゴーレムのような形を保ってはいるものの、
終わりが近い事はすぐにわかった。
『許さん……ゆる……さん、ぞ……!』
「……俺を、恨んでくれ。それで気が済むのならば」
彼がそうしたように、ゆっくりと剣を振り下ろす。




