激突、惑わしのリーゼフォン
『機械仕掛けの神は、更なるステージに到達する……!』
「これ以上強くなる必要があるのか!?」
『ふふ、神の力を得ておいてよくそんな事が言える。融合してみて理解したがね……「これ」は大変エネルギーを使うようだ。
安定動作のためにもさらなる動力源が必要なのだよ』
「さらなる動力源……?」
「まさか!」
ヒナがいち早く反応する。しかし機械仕掛けの神と一体化した所長は、
動じることなく、機械とゴーレムが融合したような右腕をかざす。
「ッ……ビームか!?」
が、かざした右手から何かが射出される事はなく、魔力の奔流のみが辺りを包み込む。
「お兄ちゃん!遅かったみたい……!この魔法陣、『王都まで続いてる』!!」
「何!?」
「そうか……!ローツレス君、一刻も早くアレを止めてくれ!」
「ハルさん、何かわかったのか……!?止められるものならそうしたいけども……!」
神の力を得た俺は、無尽蔵と言っていい魔力による高出力の攻撃が可能だ。
しかしそれは向こうも同じで、核融合炉による高出力の魔力を消費しながら顕現・防御している。
「奴はここから王都まで魔力のパスを作っている!つまり王都の住民達をエネルギー源とするつもりだ!」
「嘘だろ!?」
もうそこまでするのは人ではない―――、彼は、先ほどまでは俺達と変わらぬ人間だったはず、
確かにおかしいところはあったが、そんな事をするはずが―――。
『察しが良いな。だがもう遅い。既にパスは通された。ここを足がかりに、全ての国を侵略し!
私が統治する完全なる平和で!安全な世界を作り上げるのだ!』
言っていることがめちゃくちゃだ。
国を滅ぼして得る平和などありはしない。
彼はもう完全に、自らの野望に飲み込まれてしまったとでもいうのか。
「くぉんの……!『反抗せよ、反発せよ、全ての物事に敵対せよ!《絶対抵抗》』!!」
『ぬっ……!?これは……!』
ヒナが突然体に魔力を纏わせながら、四方八方に魔法陣を展開、くもの巣のような光が張り巡らされる。
それと同時に所長から迸る青白い魔力も、一定の方向から不規則に変化を繰り返し始める。
『貴様ッ……鬱陶しい!目障りだ……!たかだか一個の人間……いや魔族の分際で!』
「貴方だって!元々ただの人間のくせに!ちょっと大技使ったからって神様ぶるんじゃないわよ!!」
『ならばこうしてくれる……食らうがいい!!』
「……ヒナ!危ない!!」
すばやくヒナの前に出て、所長に立ちふさがる。
しかしながら頭上から現れた雷に反応するまもなく、ヒナは沈められる。
「ヒナ!」
「……あ……う」
辛うじて意識はあるようだ。外傷こそ酷いがヒナの回復力なら致命傷になっていないはず、
「おに……ちゃん…………」
「ヒナ!しっかりしろ、すぐ回復を―――」
「………よけ、て!!!」
「………ッ!?」
ヒナに駆け寄ろうとした瞬間、刃の形となった魔力が俺を掠める。
反応はもちろんできなかったが、聖騎士の職能が体をそらす。
あまりに無理な動きをしたため腰を痛めそうになる。
『まだ抵抗するか、魔人の小娘が』
「ふざ……けないでッ……く、っそ……!」
意識はある、おそらくこの表情ならば平気だ、しかし―――。
「……ッあ!!!」
またもや散弾のように魔力弾が射出され、赤装束もろとも俺達に降り注ぐ。
「……やっぱりか!ヒナ!」
「……そ、う!今、意識は、あるけど……体は、操られてるッ!」
その場で姿勢を正すのが精一杯という様子だ。
所長も抵抗に手を焼いているのか、先ほどから攻撃行動を行ってこない。
「おに……ちゃん!私を……!」
「ああ!なんとしてでも止める……!所長に攻撃すれば止まるのか!?」
「ううん……!私を……斬って……!」
散弾を撒き散らしながらヒナと対峙する。
その瞳にあるのは諦めではない。強い抵抗の力だ。
しかし―――。
「斬れって……お前!俺の力で切り捨てたらそれこそ死んじゃうだろ!」
「方法、があるの……!おね……がい!おに……ちゃ!」
無尽蔵にばら撒かれる散弾はおそらくヒナの魔力を食いつぶしているはず。
逆に長引かせてもヒナが危険になってしまう。
「くそ……!」
斬ろうとするも、迷いが出る。
今までの思い出が、頭をよぎる。
最初は確かに突然だったし、明らかに俺を始末しに来た相手。
しかしながら彼女と旅するうちに、特別な感情を抱いていく。
子どものようでどこか落ち着いており、
大人のようでどこか無邪気で。
いつも明るく、可愛く―――、どんな時も俺を助けてくれた彼女を。
「斬れ……ない……」
気がつくと、剣をおろし、棒立ちになっている。
火球が飛んでくることさえ反応できず、職能による防御反応を取ろうとする―――、
「おおおおおおっ!!」
俺を突き飛ばしたトーラスが、火球の直撃をもろに受ける。
「ゴホッ……!大丈夫、大丈夫だよウィード君。僕だってたまには役に立つ。そのためにパワーアップしたわけ、で……」
ずしゃり、とその場に崩れ落ちる。
「トーラス!」
流石に強化された鎧のおかげか、死んではいない。
しかしダメージ相当なもののようで、回復のために鎧が体を休めているように見えた。
「……クソッ!」
「……動きを止めた。長くは持たない、早く」
「エフィールさん!?」
重力制御はヒナにも効果があるようで、
もがくようにして動くが、ほとんど移動ができていない。
今なら十分、斬れる―――。
「……おにいちゃん、はや、く!」
「む、無理だ……俺には」
「お兄様!!」
「ユユ」
普段からおとなしいユユが、聞いたことも無い大声を張り上げる。
「ヒナちゃんの苦しみが聞こえないですか!?あの子はさっきからずっと、体を削られるような苦しみに耐えているです!
お兄様がやらないというなら!ユユがやるです!」
そういうとユユは手持ちの杖に光を集中させて―――、
「『大雷撃』!!」
「……ッ!!」
思わず雷撃をはじき落とす。
正確には、俺が避雷針となり、打ち消せなかった分はモロにダメージとなる。
「ぐ……あ……!」
「お兄様……!」
半分くらいしかダメージにはなっていないはず。
そこから更に守護の防御分を差し引いて、このダメージ。
ユユは本気で、ヒナの事を想って放ったのだろう。
「……すまん、ユユ」
いつまでもぐずっている場合ではない。
ヒナのためにも、ユユのためにも――――、
「クソ……!斬っても回復できるって……信じてるからな!?」
一刀両断。
掛け声こそ情けなかったが、その一撃は見事にヒナを真っ二つにし、
上半身が離れたところに叩きつけられる。
『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおッ……!?』
その瞬間、所長が苦しみ、もがきはじめる。
急いで俺はヒナにかけより、声をかける。
「ヒナ!!大丈夫か!?」
「えへへ……斬られる直前に、私の痛覚をリンクさせたの。たとえ神の力を得ようが……入ってるのは人間だもん。
体をまっぷたつに……ゴホッ!されて、耐えられるわけ無いよね……ゴホ!」
「ユユ!すぐに治して……く……れ?」
ユユはゆっくりと近づき、傷を癒すが、足が生えてくる様子はない。
出血がゆっくりになっただけで、それ以上の回復が見られない。
「ユユ、どうして……」
「お兄様、ヒナちゃんは覚悟の上でやったです。体を両断されて、治せる魔術は今ここにはないです。
生き延びても、彼女は上半身だけになるです」
「そんな……!?」
「おにい……ちゃん……ありがと、ね……」
「そんな……やめろ、そんな事を言うな!俺は、俺は……!」
血まみれの上半身だけになったヒナを抱きしめる。
体が軽い。軽すぎて気分が悪くなる。少しずつ、ヒナの体が溶けていくような感覚がある。
「お前……!」
「魔力を使いすぎたみたい、ごめんなさい、少し、おやすみ……」
「寝るな!おい!嫌だ……こんな、こんな所で……!」
ヒナの眼が、少しずつ閉じていく。
「ヒナ……ヒナッ……!!!」
俺のほほを伝う涙も、床に落ちて血と混ざり、
真っ赤な水溜りの一滴になる。
少しずつ広がるそれは、彼女という存在が溶けていっている象徴のようにも見え―――、
「いつまでやっとるんじゃ」
…………はい!?
「さ、サルガタナス!?」
「そうじゃ。はようリーゼフォンを蘇生せい。本当に消滅したらどうするんじゃ」
「お前どうして、いつから、蘇生って……」
「あーもう!お主は阿呆か!?リーゼフォンも何やっとるんじゃ!ドレインの話くらい言っておけ!本気で心配してるぞコイツ!」
いきなりのサルガタナスの登場に、俺もユユも「???」という顔をする。
「後で嫌というほど理解させてやる!さっさとリーゼフォンに口付けしろ!」
「はい!?」
「おにいちゃん、ちゅ~♪」
眼を瞑ってこちらに口を突き出すヒナ。
これで本当に、蘇生できるのか?
「ちょっと待ってくれ、状況が本当に理解できない、何で?え?ヒナ治るの?」
「あーーーーもうぐだぐだと!今の状況がわかっておるのか!?彼奴が回復するのは時間の問題!
さっさとヒナを蘇生してとどめにいかぬか!」
ぐっ!とヒナのほうに顔を近づけさせられる。
近くで見ると、本当に顔が小さい。そして、まつげが長い。
端正な顔立ちは、この状況下でもやはり端正なのだと改めて理解ができる。
「い、いくぞ……!?」
覚悟を決め、目を閉じる。
ふに、と唇にやわらかい感触。
これでヒナが蘇生されるなら―――、
と、その瞬間ヒナが体ごと覆いかぶさってくる。
正確には俺の首に両手を回した時、バランスを崩してこちらに寄りかかってきているようだ。
がっちりと頭をホールドされ、口が動かせない。
「………ッ!?」
ヒナの舌で口をこじ開けられる。
口の中を自由に動き回られ、丁寧に歯の間を磨くような動き。
舌の裏まで丁寧になめこそげ落とすような動き。
息つく暇もなく、蹂躙されていく俺の口内。
もはやここは、貴方の土地ですといわんばかりに、俺は自由を放棄した。
―――。
「……ぁい」
俺はほとんど言葉を発せなくなってしまい、辛うじて母音が二つ出た。
眼が覚めると、ヒナには綺麗な足が生えていた。
何も履いていなかったため、大変あられもない格好になっていたが、
俺がそれを目の当たりにしたのを確認すると、しゅるりといつもの扇情的な衣装に戻る。
ユユは横で顔を真っ赤にして固まっていた。
ツヤツヤ!という擬音が聞こえてきそうな程元気になったヒナは、おもむろに立ち上がり、軽くストレッチをし、
俺に向き直る。
「さ、お兄ちゃん!アイツにとどめを!」
「ちょっと心の整理させて」
時間は必要だ。
決戦にも。童貞のキスの後にも




